【4、謎の美少女 】
一方、カインは地割れに巻き込まれかけた所を一人の少女に助けられていた。少女は恐ろしいほどの飛翔能力で飛び上がり、半ば気絶した状態のカインを抱え込んで着地した。
幸いすぐ側に村があると少女は喜んでいたが、その村が燃えていることに気が付き驚いた。
「何てこと!村が燃えているわ!!」
少女はカインを草むらに寝かせてから、すぐに消火活動に加わった。幸い彼女は体力には自信がある。人々が1つのバケツに水を汲んで運んでいるところ、彼女は両手と口を使って、3つのバケツに水を汲んで運んだ。しかもこの炎の中だというのに動きもかなり敏捷であった。やがてどうにか鎮火され、村は焼け野原になりながらも人々は全滅を免れた。
「ああ、しかし女子供は皆死んでしまった。」
「ミストの召喚士の歴史もこれまでか・・。」
ミストの村人の中で、生き残っているのは皆男ばかりであった。
「ところで、娘さんは無事だったのかい?この村の娘じゃないみたいだけど。」
小柄ながらしっかりした身体つきといい、浅黒い健康的な肌の色といい、この村の少女でないことは明らかである。何よりも、頭に2本の角が生えていることや、お尻にかなり太目の尻尾が生えていることが奇異である。しかしひどく整った顔立ちといい、優しげなまなざしといい、村人達はたいして警戒心を抱かなかった。
「私はカイポの村から薬草をもらいにきました。こちらに腰痛に効くという薬草があると聞いてきたのですが・・。」
「悪いけど薬草は火事で燃えてしまったよ。無駄足だったね。」
少女はがっかりしていたが、ひとまず礼を言った。素直な心の持ち主のようである。
「そうですか・・。残念ですが、帰ります。どうもお世話になりました。」
絶望に打ちひしがれた村人たちは、少女のほうをそれっきり見ようともせず、口々に言った。
「今さら騒いだ所でどうにもなるまい。」
「どうせ私達は滅びる運命だったのだ。」
少女は悲観する村人たちの話を聞き、悲しげな表情を浮かべて黙って立ち去ろうとした。しかし宿の主人らしい男は、村の全焼を防いでくれたこの少女に感謝し、声をかけた。
「あんたには世話になった。何もかも焼けてしまって、充分なもてなしはできんが、せめてゆっくり休んでいかれるがよい。」
少女はそれを聞き、顔を輝かせた。
「実は倒れている戦士を1人見つけました。部屋を貸していただけませんか?」
宿の主人は快く承知した。少女はそれを聞き、カインを部屋に運び込んだ。
☆
カインは見知らぬ少女に介抱されて目を覚ました。
「ここはどこだ?君は・・?!」
「ここはミストの村の宿屋さん。私はネフティ。」
カインは起き上がってネフティと名乗る少女の顔をまじまじと見つめた。年は15、6というところだろうか。頭に角が2本生えていてお尻には尻尾のようなものが生えていたが不気味な印象はない。髪は濃い藍色をしていてサファイアのようにきらめき、紅い瞳はガーネットさながらである。小麦色の肌は琥珀を思わせ、まるで全てが宝石でできているような印象である。着ている服装は粗末なものだったが、その顔立ちは幼さが強く残るものの、どこか気高さを感じさせ、小柄ながら均整の取れた身体つきをしている。一瞬女神の化身ではないかと錯覚するような美少女である。
「俺が倒れていた時、近くにもう1人黒い甲冑の戦士が倒れていなかったか?」
「さあ、わかりません。ものすごいゆれで周りがよく見えてなかったものですから。」
それにカインを助けるだけで彼女は必死であった。
「そうか。ありがとう。君には感謝している。俺の名はカイン。バロンの竜騎士だ。」
「私はカイポの村に住んでいます。祖父のために腰痛の持病に効く薬草をもらいにこの村に来たのですが・・。」
カインはそれを聞き、心が痛んだ。この村を焼いたのは自分とセシルなのだから。しかし目の前の少女はそんなことは露ほども考え付かない様子だった。
☆
2人は次の日行けるところまで行こうと村の東に行ったが、すぐに行き止まりになってしまった。セシルもミストの幼い少女もいなかった。
「どうしましょう?私もカイポの村に帰れないですし・・。」
「仕方がない、一緒にバロンへ来ないか?」
「エッ?バロンへ?!」
ネフティが警戒するのも無理はなかった。近頃のバロンは近隣の国にとって、かなり評判が悪い。カインは知人に飛空艇を操縦できる者がいるので、それでカイポに向かったらどうかと提案した。ネフティはしばらく考え込んでいたが、他に方法はないので、カインの提案に従うことにした。
☆
カインとネフティはバロンに向かっていた。カインは少女であるネフティを気遣っていたが、彼女は意外にも、カインすら驚くほどの強い力で敵を圧倒していた。彼女が武器として持っていたのはかなり大ぶりの木槌であった。ネフティはそれを器用に操って敵を気絶させた。
「君はすごい力を持っているな。」
「ええ、まあ・・。」
ネフティは、しかし敵と戦うのはあまり気が進まないようだった
地上に出てからのことだが、カインとネフティは、怪我をしたゴブリンに出会った。カインは槍をむけようとしたが、ネフティはそれを止めた。
「カインさん、やめて!」
ネフティは布を取り出してゴブリンを手当てしていた。ゴブリンは人間から見て醜悪な魔物である。しかし彼女は人間だろうが魔物だろうが怪我をしたものを見過ごすことにはできず、ましてやそれに武器を向けることなどできないというのだ。
「君は甘いな。怪我が治ったらあのゴブリンはまた人を襲う。堂々巡りだ。」
「そうですね。魔物は自分の身を守るために人を襲い、人は襲われまいと魔物を倒す。どこまでいってもその繰り返しなのですね・・。」
ネフティはどこか哀しげにそう語った。
☆
カインとネフティはバロンにつくと、シドの家を尋ねた。しかしシドはそこにはいなかった。そのうえ間の悪いことに飛空艇でカイポに行ってしまったとのことだった。カインはなぜシドがカイポなどに行ったのかニコラに聞き出した。バロンからの命令ならともかくシドが砂漠のへんぴな村にどんな用があったのか解せなかった。ニコラはカインの後ろの少女が気になったが、とにかく言われるままに説明した。
☆
セシルとカインが行方不明になったことは、なぜかバロンに伝わっていた。話をきいたローザは、シドに飛空艇でカイポの村に届けてもらった。あの辺りで探していたらセシルに会えるのではないかという彼女の必死の希望だった。これに対してシドは、あんな砂漠で女性が1人で歩き回るのは危険だと言ったが、ローザはそれには耳を貸さず、強引にシドに飛空艇を出動させた。
「やはりセシルのことをそれほどまでに・・。」
カインのつぶやきをニコラは聞き逃さなかった。
「本当に熱い娘よね。それも彼女の魅力なのよ。」
「言っている場合か!こんなことをしたら陛下が何とおっしゃることか。シドだって勝手に飛空艇を動かしてタダではすまないぞ!!」
冷静沈着なカインにしては珍しく声を荒げている。ニコラは逆に落ち着いたものだった。
「だったらうまくとりなしてよ。あんたはちゃんと任務を遂行したのだから、陛下だって頼みを聞いてくれるでしょ。」
カインはここでニコラと議論している場合ではないと、ハッとした。
「俺は陛下に色々と聞きたいことがある。城に行かねば!!ネフティ、すまないが君はこの家で待っていてくれ!」
バロンの真意をとにかく探らねばとカインは急いだ。
☆
カインは城内に入り、かなり雰囲気が禍々しいことに気づいた。謁見の間には背の高い暗黒騎士がいる。兜で顔は見えないが、それまでカインが見たことのない男である。
カインは異様な気がしたが、とにかくバロンに任務を遂行したことを報告した。それが済んだらネフティをカイポの村に届けてもらうようバロンに頼むつもりであった。
「ご苦労だったと言いたい所だが、セシルと召喚士のチビを取り逃がしたであろう。おまけにローザとシドが勝手なことをしているのを止めなかったそうだな。お前も竜騎士隊長の任を解かせてもらおう。」
カインはバロンの勝手な言い分に内心腹を立てたが、ひとまず取り成すことにした。
「私のことはかまいません。けれどせめてローザだけはお許しください!彼女はただ愛しいセシルのことを思って・・。」
それを聞きそれまで一言も話をしなかった暗黒騎士が口を開いた。
「ほう、それほどまでにあの女が好きか?ならばセシルからあの女を奪うがいい!!」
カインはその暗黒騎士をにらんだ。顔はわからないが、兜から垣間見えるその目は冷たく、そして憎しみに満ちている。カインはその目を見ているうちに、異様な感覚に襲われた。
「な、何だ?このどす黒い感情は・・!?」
セシルへの嫉妬やローザを奪いたいという欲望、そして自分の力への驕りなど、カインが心の奥底に押し込めていた負の感情が、大きく膨れ上がって沸き起こってくる。
「く、苦しい!やめろ!!」
カインは頭を抱えて苦しみ出す。暗黒騎士は、クククッと不気味な笑い声をもらした。
「カインよ。自分に正直になれ!そうすればそんなに苦しまずにすむぞ!!」
こうしてカインはこの暗黒騎士の操り人形と化していた。
☆
一方ネフティはニコラとすっかり打ち解けていた。ニコラはネフティの奇異な美しさに少々驚いていたが、話してみると、礼儀正しく素直ないい子である。ネフティのほうも、サッパリとして気さくなニコラが気に入ったようである。
「ニコラさんはもしかしてカインさんが好きなのですか?」
「まあね。でもあいつには言わないでよ。あいつが好きなのは別の女だから。」
2人は城でどんなことが起こっているのかも知らず、たわいのないおしゃべりをしていた。しかしどれだけたってもカインが帰ってこないので、ネフティは心配になった。
「ニコラさん、私城へ行って様子を伺ってきます。」
「そうか。じゃあ、余裕があったらまたおいでよ。」
2人は和やかな気分で別れた。
☆
ネフティは、バロンの城にやって来ると、どういうわけかそこには門番がいなかった。ネフティは入るべきかどうか迷ったが、思い切って入ってみた。用事があって入ったのだからそんなお咎めを受けることはないだろうと彼女は甘く考えていた。しかし彼女は王の間からとんでもない会話を聞いてしまった。
「セシルの奴がミストの召喚士の子供を連れて北へ向かっています。」
「召喚士は全て焼き殺したのではなかったのか?」
「はあ、そのはずだったのですが・・。」
鍵穴から覗くと、王冠をかぶった者と、近衛兵と、背の高い暗黒騎士がいた。しかも命令を下しているのは、暗黒騎士である。
「詰めが甘すぎる!!今度のダムシアン戦は見ておれ!!抵抗したら城ごと破壊してくれよう!!」
ネフティはとんでもない話を聞いてしまったと思った。ミストの大火事はこの3人の仕業だったと知り、彼らを許せないとも思う。しかし今はこれから襲撃にあうダムシアンに知らせを送るべきかもしれない。ネフティが行こうとすると、その前に暗黒騎士が立ちふさがった。
「人の話を立ち聞きしてどこへ行こうとするのだ?行儀の良くない娘だな!」
「!!」
ネフティは木槌を手にとって構えた。相手が強敵なのはわかっているが、このまま抵抗せずにやられたくはない。だが、相手はネフティが角と尻尾を持っていることに気が付き、様子が変わった。
「ほう、お前は人間ではないな?」
暗黒騎士は剣のかわりに、ネフティに指先を向けた。そのとたん彼女は動けなくなってしまった。暗黒騎士はカインにしたように彼女にも術をかけたのだ。心優しい彼女にもわずかながら負の感情があるようだった。異形のものとして生まれたために、忌み嫌われた哀しみと憎しみ。心の片隅においていて彼女自身も気づかずにいた醜い感情が沸き立つと共に、彼女の姿が変わっていく。
「い、いやー・・!?」
目がみるみる釣りあがり、口は裂け、牙が生え出した。なめらかな肌は見る見るうちにうろこに覆われ、彼女は一匹の竜と化した。しかし変化はそれだけでは終わらなかった。暗黒の力できれいな藍色のうろこがどす黒く染まっていく。
「お前の正体は半竜だったのか?!その力我のために使うが良い!!」
「嫌、こんなのいや!!」
「何を嫌がることがある?愚かで弱い人間どもに復讐できるのだぞ!!」
「やめて!!」
ネフティの最後の叫びは声にならなかった。それは禍々しい邪竜の咆哮となっていた。暗黒騎士は邪竜をまるで猫でもあやすかのように愛撫した。竜はすっかりこの男になついていた。
・第5話 「愛する人(前編)」
・第3話 「幼き召喚士」に戻ります
・小説目次に戻ります
|