【21、心の闇】
カインの裏切りによって気を落としていたセシル達だったが、ひとまずドワーフの城に戻ってジオットにこのことを報告した。そのあと4人は会議室に集まっていた。
「クソッタレ!今度あったらあの野郎ただじゃおかねえ!!」
エッジは4人の中でもっとも腹を立てていた。セシル達はカインがゴルベーザにあやつられているとわかっているが、彼はまだ知り合って浅いために以前の事情もよく知らなかった。もっとも彼の性格柄、知っていたとしても怒らずにはいられなかったろうが。
「仕方ないよ。ゴルベーザの洗脳がそれだけ強力ってことだから。」
そうやってエッジをなだめるリディアの声もいつになく弱々しい。彼女にとってもそれは信じられないくらいのショックだったのだろう。それっきり考え込んであまり皆と話そうとはしなかった。
☆
ネフティは、封印の洞窟から帰ってきたセシル達の様子がおかしいことに気がついた。セシル達は、ゴルベーザの手にクリスタルが渡ってしまったことだけは彼女にも話したが、詳しいことは何も話さなかった。特にカインの裏切りについては、ネフティを不安にさせたくないので、リディアやエッジやジオットにも固く口止めしていた。
しかしネフティはカインが戻ってきていないことをまず不審に思った。それにセシルとローザが自分に気を使っている様子なのもすぐにわかった。それにネフティに対しては愛想のいいエッジがやたらに不機嫌であるし、それよりもいつも元気で明るいリディアもどことなく暗い顔つきをしていた。
「とにかく皆さんに話を聞いてみましょう。」
ネフティはセシル達が集まっている宿屋の前にやってきた。中から声が聞こえてきた。
☆
セシルとローザはエッジにカインのことをとりなしていた。
「エッジ、カインはゴルベーザに操られているだけだ!」
「ハッ、どうだか・・。案外奴に味方したほうが得だとでも考えて裏切ったのかもしれねえ。あいつ妙に頭の切れる所があるからな!!」
「ひどい!カインはそんな人じゃないわ。ああ見えても心の優しい人なの。操られて一番つらい思いをするのはカインなのよ!!」
「全くおめえらは人が好すぎるぜ!だから裏切られちまったとは思わないのか?!」
エッジはカインだけでなく、彼を信じきっているセシル達にまで腹が立ってきた。
「だいたい操られた理由はおめえらに対する嫉妬だろう?結局お前との友情も偽りだってことだろうぜ。」
セシルはさすがにこれには腹が立った。思わず手が出てしまった。
「何をしやがる?!」
エッジもやりかえした。元々セシルよりエッジのほうが激情家である。エッジはセシルを思いっきりぶんなぐった。ローザとリディアは止めに入り事なきを得たが、エッジの怒りはおさまらなかった。
「クソッ!どうしてそこまであいつのことを信じられる?たとえあいつが操られてやったことにしても、俺達を裏切ったことには変わりないだろうが!!」
エッジの怒りのこの言葉に皆沈黙した。セシルもローザもさすがに反論できず、リディアは困惑してしまった。
「あたしはカインを信じたい!だけどエッジが言うようにカインが裏切ったことは事実。あたしどうしたらいいのだろう?」
リディアはそれを口にすることができなかった。
☆
彼らの沈黙を破ったのはネフティだった。
「エッジさんは操られたことがないからそのつらさがわからないのですね。」
落ち着いた静かな、しかしどこか哀しげな声である。
「ネフティ、いつから話を?」
セシルもローザも、彼女にだけはカインの裏切りを知らせたくはなかった。彼女もカイン同様ゴルベーザに操られ、黒竜となってセシル達に襲い掛かったことがある。その彼女が、今度のカインの裏切りを知って平気でいられるはずがなかった。
「カインさんは私に必ず帰ってくるって約束したのです。そのカインさんが裏切るなんて・・?!」
エッジはさすがにネフティの穏やかな紅い瞳を見て怒りが解けてきた。しかしカインのことは別である。
「嬢ちゃんにこんなことは言うのは酷だが、あいつが俺達を裏切ったことは事実だぜ。たとえ操られたにしても裏切ったことには変わりない。それに操られるということは奴に隙があるからだ。」
「確かにその通りです。それでも私にはあの人を責められない!私はエッジさんがうらやましいです。あなたには迷いや憎しみなどがないのですね?だから操られることもなく裏切ることもない!人を傷つけることもなく・・。」
ネフティは泣くのをこらえてうつむいて言った。それがかえって痛々しい。エッジはネフティの事情を詳しくは知らなかったが、彼女が常人にはないような悲しみを感じていることを感じ取った。
「わかったよ。あいつを信じることはできんが、嬢ちゃんがそこまで言うなら、もうこの話はしねえ!それでいいか?」
ネフティはうなずいた。これで一応解決したかに見えた。その後セシルはネフティのことを心配して、カインはまた正気に戻ってくるからと、彼女を励まし、ローザはネフティの事情についてエッジに話した。しかしセシルもローザもそしてエッジですら、リディアが彼女らしくもなく悩みこんでしまったことに気が付かなかった。
☆
リディアはカインが裏切ったことも、もちろんショックだったが、彼がローザに横恋慕し、セシルに嫉妬や憎しみを持っていたことのほうが信じられなかった。
「カインがそんなことを思っていたなんて!!」
リディアにはセシルとカインはとても仲良く見えていたし、ローザのことも優しく見守っていたような気がした。カインはセシルに比べると、クールでスカしたところはあるけれど、リディアに対してはいつも優しかったように思う。リディアはふと幻獣王の言っていた言葉を思い出した。
「どんな人間でも必ず憎しみや驕りなどの醜い感情を持っている。それは人間である以上仕方のないことなのじゃ。だから我々幻獣は、人間に容易に力を貸してはならないことになっている。かつて人間に力を貸したために星一つ滅ぼしてしまった幻獣もいたのじゃ。そのために幻獣神は掟を作り、醜い闇の感情に負けない強い人間かどうか試さねばならないのじゃ。」
リディアは自分の中にもその醜い感情があることに気付いていた。そして自分もその感情を暴走させてしまったことがあった。
「あたしはセシルのこともカインのこともお兄さんみたいで大好き。でもまだあのことを本当に許したわけじゃない!お母さんが死んだのは確かにあの2人のせいだから。あたしもカインと同じように操られてしまったら・・。」
リディアは怖いと思った。もしかしたらカインよりも自分のほうがはるかにドス黒い感情を持っているかもしれない。そう思うとたまらなく恐ろしい。もし自分が操られたら、召喚獣が殺戮の道具となるかもしれないのだ。
リディアは一人、考え込んで震えていた。
☆
リディアの様子がおかしいと最初に気付いたのは、意外にもネフティである。食事の時にリディアがいつまでたっても現れず、呼びに行っても食べたくないと言ってなにやら元気のない様子であった。ネフティは、セシル達にそのことを話した。
「いつも元気なリディアさんが、食事もしないなんておかしいです。」
「そうね、言われてみれば元気がなかったわ。」
「ネフティ、君、それとなく聞いてあげてくれないか?」
「エッ!私が・・?」
ネフティはリディアと親しいわけではない。もっとも彼女はリディアにずっとあこがれているし、仲良くなりたいとも思っているけれど。
「リディアが一人で悩んでいるということは、僕らには言えないことかもしれない。でももしかしたら君になら打ち明けてくれるかもしれないよ。」
ネフティは、自信はなかったけれど、やってみることにした。 ネフティはどうやって声をかけようかとしばらくリディアの背中を見ていたが、ふと何を思ったのか、食堂まで行ってお茶とパンケーキを持って再び屋上に上がった。これで声がかけやすくなった。
「あまり考えすぎるのは身体に毒ですよ。一緒にお茶でも飲んで話しませんか?」
リディアは、最初は首を振っていたが、ネフティが自分に声をかけてくるなど珍しいと思ってつきあうことにした。
ネフティはやっと本題に入った。
「リディアさんがいつもと違うから何だか心配でおせっかいをしてしまいました。ごめんなさい、嫌ですか?」
「ありがとう。あなたに心配をさせるなんて思わなかった。」
リディアはネフティの気持ちをうれしく思った。だが、ネフティになら話してもいいかどうか考えてしまう。もっともセシルとローザには当然のこと話したくないと思う。何しろセシルは自分の憎しみを作った張本人であるし、恋人のローザもそれを聞いて気持ちが良い訳がない。また、何でも気軽に話せるエッジにも、このことだけは話す気になれなかった。聞けば実は正義感の強い彼のことである。セシルに対しても不信感を抱くことになるだろう。
「私あなたに憧れていました!だからこうやって話ができてうれしいです。」
ネフティは澄んだ紅い瞳を向けてにこやかに笑った。リディアもネフティとは仲良くなりたいと思っていた。
☆
リディアは少し気が和んでネフティに話してみることにした。
「あたしは子供のときミストの村に住んでいたの。幸せだった。でもある時バロンから2人の兵士がやってきて、あたしのお母さんは、村を守るためにドラゴンを召喚した。でもドラゴンはその2人によって倒されてお母さんは死んでしまった。それから村も焼かれてあたしはその2人の兵士を強く憎んでしまった。あたしはあの2人を憎むあまりタイタンを召喚して強い地割れによってその2人は離れ離れになってしまって・・。あたしは気付いたらその兵士の一人に助けられていた。その人本当はとても心の優しい人だった。あたしのお母さんを死なせてしまった償いとしてあたしを守るといってくれて本当に守ってくれたの。でもあたしは悲しいことにまだその人を許せずにいる。とてもいい人なのに、信頼できる人なのに・・。」
「リディアさん・・。」
ネフティはリディアに何と言って声をかけたらいいのかわからない。リディアがその2人の兵士を憎むのは当然だと思うが、それを口にした所で彼女が納得しないのではとなぜか彼女にはそう思えた。ネフティは少ししてからやっと声をかけることができた。
「リディアさんもつらい思いをしてきたのですね。あなたは強くて正しくてうらやましかったけれど、あなたにもそういう感情はあるのですね?」
ネフティはつとめて明るくそう言った。
「がっかりした?」
リディアは少し不安そうに言った。必要以上に自分がいい人間のように思われるのもつらいが、自分の嫌な面を他人に見せたくないのは当然のことである。
「いいえ、安心しました。」
ネフティはにっこり笑ってそう答えた。そんな彼女たちの後ろに、いつのまにかエッジがやってきていた。
「憎しみや妬みや嫉みがないような人間なんかいるわけねえ!そんなことで真剣に悩みやがって!!」
エッジはそう言ってリディアの頭をくしゃくしゃとなでた。
「な、何よ、その言い方?!」
「え、エッジさん、いつからそこに?」
「悪いが、話は全て聞かせてもらったぜ!」
リディアは少し心配だった。名前は伏せておいたとはいえ今の話でセシルとカインが自分の母親の仇とばれたかもしれない。
「その2人のことはこの際どうでもいいが、おめえがそいつらを恨むのは当然だ。そんなことで悩むな!おめえのそんなツラ見たくねえ!!」
「エッジ!!」
リディアはエッジがいつになく真剣な顔つきをしていることに気が付いた。
「俺だってエブラーナをめちゃめちゃにした奴らを憎んでいるが、それを当然だと思っている。俺のほうがおめえや嬢ちゃんよりはるかに薄汚れた心を持っている!仕方ねえ、俺はこういう奴だから。けどそれに負けなきゃいいと思うぜ、違うか?」
リディアはうなずいた。エッジの言っていることはよくわかる。そう言えばリヴァイアサンが言っていたこともそんなことだったように思う。リヴァイアサンはどんな人間にも醜い感情はあるが、それに負けないような強い人間に力を貸すと言っていた。つまり心の闇を消すためではなくそれに打ち勝てということだったのではないか。
「ありがとう、エッジ。なんか元気になったらお腹がすいてきた。一緒に食べようよ。」
「ああ。」
エッジはリディアの笑顔を見て思った。
「やはりこいつには笑顔が一番だな。俺はその笑顔を見たいからおめえが2度と哀しまないように戦って平和を取り戻すぜ。」
エッジは心でそう思いながらリディアの笑顔を見つめていた。そしてその優しいまなざしを見たネフティは思った。
「エッジさんは自分の心が薄汚いなんて言っていたけれど、そんなことない!だってあんなに優しい目でリディアさんを見ているもの!!」
ネフティはそれを見ながらそっと、2人からはなれていった。
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