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【23、シルフとヤンと恋女房】

  セシル達はリヴァイアサンから聞いた情報によって北西の洞窟にやってきていた。内部の様子は幻界への洞窟と似ていたが、隠し通路が多かった。そして特殊攻撃を使ってくるモンスターが多かった。特に脅威だったのは、モルボルという植物とも動物ともつかない緑色の巨大なモンスターだった。その臭い息を吸い込むと複数の異常状態に陥ってしまうと言われている。
「あのモンスターだけは苦手だぜ、出くわしたらとっとと逃げるに限るぜ!」
 ここでエッジが大活躍であった。彼の得意な忍術、煙球によって彼らは速攻で逃げることができた。
「でもエッジがいてくれて本当に助かるよ!この洞窟隠し通路が多くてわかりにくいからね。」
 セシルはこの時エッジの存在をとてもありがたく思った。また明るい性格の彼はこのパーティにとってムードメーカーとなっていた。何かと深刻に悩むセシルは、彼のおかげで、気がまぎれた。表には出さないようにしていたが、セシルはやはりカインのことが頭からはなれず、眠れないこともあった。そんな彼のことをエッジもさりげなく気を使っていて夜には楽しい話などを聞かせてくれていた。ローザやリディア、ネフティも彼にはずいぶん勇気付けられている。
「エッジって軽い性格だけど、実はかなり気が利くし、大人ね。」
「ちょっと調子に乗りすぎだけどね。」
 ローザとリディアもそんなエッジを時にはけなしながらも認めていた。
                    ☆
 洞窟の奥にやってくると羽を生やした小さなかわいらしい幻獣がたくさんいた。彼女たちはセシル達が来ると、嫌そうに顔をしかめ、警戒した。
「キャー、人間だわ!あっちへ行って!!」
 セシル達が困惑していると、リディアが私に任せてと言わんばかりにその幻獣たちに近寄っていった。
「シルフさん、あたし達は人を探しにきただけなの。大きくてちょっと変った髪形をした男の人知らないかな?その人ヤンって言うの!!」
 シルフ達は、お互い顔を見合わせていたが、リディアの様子を見て、ようやく警戒を少し解いた。シルフは平和的な種族だが、それだけに臆病で人間に対して警戒心が強いのである。それでも彼女達はセシル達を奥へと案内してくれた。
 館の奥のベッドには確かにヤンが眠っていた。そしてその傍らには、ひときわ美しいシルフの女王がピッタリと寄り添っていた。ヤンは、ひどい爆撃を受けたであろうが、傷のほうはそれほど残ってはいなかった。シルフの女王ベルが一生懸命手当てしてくれていたらしい。
「ヤン、大丈夫かい?僕だよ!!」
 セシルはヤンに呼びかけた。しかしヤンが目を開ける様子はなかった。ヤンを今までずっと見守っていたベルはセシルを不快そうに見て言った。
「ヤンはここでずっと私達といっしょにいるのよ。あなたたちに渡さないわ!!」
 他のシルフ達もヤンが連れて行かれるのを嫌がっているようだった。どうやらシルフの女王ベルはヤンに恋しているらしい。そして他のシルフ達はベルに従っているのである。
「セシル、私のエスナで目覚めるかどうかやってみるわ!!」
 ローザは様々な状態異常を治す白魔法エスナを唱えたが全く効き目がなかった。
「おい!おっさん、起きろよ!!」
 エッジがゆすっても全く反応すらしなかった。
「そんな・・。せっかく会えたというのに!」
 セシルががっかりしていると、リディアはそんなセシルを励ました。
「生きていてくれたから良かったと思わなきゃ!!ヤンを起こす方法だってきっと何かあるよ!!」
 前向きなリディアのおかげでセシルは気を取り直して考えた。ヤンを起こすことのできそうな人物が一人だけ思い当たった。
 ヤンの妻ランである。いかにも彼の妻らしい肝っ玉の据わった女性だった。ファブールではゆっくり話す機会がなかったが、どことなく幼馴染のニコラが年齢を重ねた感じのする女性だったので、親しみを覚えたのを思い出した。
                     ☆
 セシル達は赤い翼に乗ってドリルで穴を開けながら地上へとやってきた。セシル達はまっすぐファブールに向かった。ファブール王はすっかり元気になっていた。さすが自らもモンク僧だっただけある。セシルがパラディンになっていたので、驚いていたが、そのほうが良いと心から喜んでもくれた。
 ランも元気だった。セシル達はランに今までのことを神妙な顔つきで説明すると、ランはさすがにショックを受けたものの、すぐに笑ってフライパンを差し出した。
「エッ!これは?」
「全く情け無いったらありゃしない!!これで一発なぐってやったらいいさ!!」
 それを聞きセシル達一同真っ青になってしまった。
「じゃ、じゃあこれ道具袋に入れさせてもらいましょう!」
 ローザがフライパンを道具袋に入れようと袋を開けたとたん彼女は悲鳴をあげた。
「キャー、何これ?!」
 中から何かの動物のしっぽのようなものが出てきたのだ。確かに気持ちの悪いものである。
「ああ、それなら幻界へ向かう洞窟の宝箱に入っていたよ。何かの役に立つかと思ったから袋に入れておいたけど嫌なら捨てようか?」
 セシルがそう言うと、ランはそれをつかんでまじまじと見つめた。
「ネズミの尻尾だね。捨てるくらいならここから南にあるアダマン島っていう所に行ってみなよ。しっぽを集めている風変わりな小人族の親子がいるらしいよ。」
「そりゃいい!何かくれるかもしれないぜ!!」
 セシル達はランのすすめに従って、シルフの洞窟に行く前にアダマン島によることにした。
                    ☆
 アダマン島にはアダマンタイトというものすごく頑丈な金属があるという。単に硬いだけでなく、魔法にも強く酸にもとけないらしい。あまり丈夫すぎて普通の人間には鍛えられないとのことだった。
 セシルはこの島に行く前にエンタープライズ号に乗り換え、ホバー船を運ばなければならなかった。小さい島なので飛空艇をおけるだけのスペースがないのだ。しかしそこに言ってしまえば、島に住む親子にネズミの尻尾を渡すだけだった。
 島に住む小人族の親子は、ネズミの尻尾をみてたいそう喜び、それを渡すとかわりにアダマンタイトという金属をくれた。
「地下世界に有名な鍛冶屋がいるそうだけど、これを渡したら何か強力な武器を作ってくれるかもしれないよ!!」
 子供のほうが親切にも教えてくれた。セシル達は親子に礼を言ってこのアダマン島をあとにした。
                    ☆
 再びシルフの洞窟に行ったセシルは、ランの言う通りにヤンの頭をこのフライパンで思いっきりなぐった。ヤンは妻の愛のこもったフライパンでなぐられ、目を覚ました。
「おい、こんなものでなぐるなといつも言っているだろう!!」
 ヤンは妻のランにいつもこれでなぐられて目を覚ますらしい。ヤンはフライパンを持っているのが愛妻ではないとやっと気が付いた。
「まあ、こんな物騒な物でヤンを殴るなんてひどいわ!人間って本当に野蛮なのね!!」
 シルフの女王ベルは顔をしかめていた。
「セシル殿?ここは?」
「ごめんよ。これでなぐらなきゃ起きそうになかったから。」
 セシルは今までの自分達のことと、ベルがヤンを助けてくれたことを彼に説明した。
ヤンはベルたちに礼を述べた。ベルはヤンにすがって良かったと泣いて喜んでいた。
「ヤンが目覚めないから私たち心配していたの!これからもずっと私のそばにいて!!」
 どうやらベルはヤンに恋をしているようである。ヤンはモンク僧に似合わず穏やかな人格であり、ストイックで清い心の持ち主である。ベルはそんな彼にかつて救われたことがあるのだった。
                    ☆
 ベルはとても好奇心の強い性格で、外の世界に行ってはならないというのに、一人で地上に遊びに行ったことがあった。地底世界と違って地上はとても面白い。ベルは遊びに夢中になってすっかり時間のことを忘れてしまっていた。
「大丈夫よね。この世界と違って私たちの住んでいる世界は時間の流れがゆっくりですもの!!」
 幻界は時の流れが地上世界よりも速いが、どこでもそういうわけではない。幻界が人間界よりも時の流れが速いわけは、速く一人前の大人になって力を発揮しなければならないからである。しかしいつまでたっても少女のような姿のシルフ達は、成長する必要などないので、ゆっくりとした時間の中で生活しているのだ。
 それはさておき、ベルは思う存分川の水浴びを楽しみ、鳥たちと戯れたりして悪い人間が彼女に近寄ってくることに気が付かなかった。
「おい、見ろよ!あれはシルフじゃないか!!」
 やってきたのは妖精を捕らえて見世物にしているハンター達であった。ベルは捕らえられ騒ぎ立てた。
「離してよ!誰か助けて!!」
 ハンター達は暴れる彼女を離すはずがなかった。しかしそこへ現れたのが、まだ少年であるヤンだった。ヤンはベルを助けるようにハンターに頼み、かえって怪我を負ってしまったが、その間にベルは逃げることができたのだった。
 ベルは地上の恐ろしさを体験し、怖くなって自分の世界に帰ってしまったが、ヤンにはいつか恩返ししようと思っていた。しかし他のシルフ達が軽はずみな女王を許すはずもなくそれはかなわないまま時間が過ぎていたというわけである。そしてその恩返しはヤンがこの年になってやっと実現したのだが、まずいことに、ベルはヤンが妻帯者だろうが、若くなかろうがかまわず、ずっとヤンに恋心を抱いていたのだった。
                    ☆
 ベルはヤンにかつてのことで礼を言い、ここで一緒に自分と暮らしてくれるように頼んだ。
「ヤン、私あなたが好きなの。ずっと私たちと一緒にいて!!地上は危険な所よ。あんな所にいたらあなたはまたこんな大怪我をしてしまう。お願い、ずっとそばにいて!!ここは安全だし、歳をとるのも遅いし、あなたのきれいな心を汚されることもないのよ!!」
 ベルは必死に恋心を訴えた。しかしヤンは彼女の愛を受け入れるわけには行かなかった。彼が愛しているのは、美しくもはかなげなシルフの女王などではない。決して美人とはいえないけれど、強くてたくましくて温かい自分の妻だけなのだ。
「ベル殿、申し訳ないが私はあなたの言葉を受け入れるわけにはいかない。あなたの恩義には感謝するが、私には愛する妻がいる。妻のために私は帰らねばならぬ。」
 ヤンの口調は穏やかだったが、その気持ちはどんなことがあっても揺らぎそうになかった。やがてベルはあきらめて言った。
「わかったわ、ヤン。もうここにずっといろとは言いません。でもまだあなたは動ける身体ではありません。もう少しここで静養してください!!」
「しかしセシル殿が・・。」
 確かにベルの言うとおりである。かなり容態は良くなっているとはいえ、まだ起き上がれる状態ではなかった。しばらくはシルフ達の手当てを必要としているようである。
「女王の言うとおりだよ。ヤンはもう少しここで静養したほうがいい!」
「無念だ!私もセシル殿と共に戦いたいが・・。」
「無理するな、おっさん。あんたの分は俺に任せろ!!」
 ヤンは自信にあふれるエッジを見て首をかしげた。妙になれなれしいが、見覚えのない若者である。
「そなたは・・?」
「エブラーナの王子エッジ様とは俺のことだ!!」
「なるほど、忍者か。確かに心強い!!私のかわりに頼む!」
 エッジは任せておけと胸を張った。
「リディアさん、私たちもヤンの代わりに力を貸すわ。必要な時には呼び出して!!」
 女王ベルをはじめ、他のシルフ達もリディアの力になってくれることを約束した。リディアはよろしくと挨拶し、ベル達との別れを惜しんでいた。

第24話 「鍛冶職人ククロ」
第22話 「幻界へ」に戻ります
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