【37、死へ誘う者】
セシル達は地下7階までやってきていた。さすがにあまりにも長く続くこの谷の深さにセシル達もうんざりし、さすがに疲労を感じてきていた。
「少しここらで休もうか!!」
セシル達は腰を下ろしかけた。しかしエッジは何かこの階には邪悪な気配が感じられると言い出した。
「おい、こんな不吉な臭いがするところでゆっくり休めるのか?」
確かにひどい死臭が感じられる。血の臭い、腐敗した死体の臭い、さらに凶悪な闇の臭い。それはだんだん強くなって近づいてくる。
「何か邪悪な者が・・!」
「皆立ち上がって戦うぞ!!」
セシル、カイン、エッジ、そしてローザは何とか立ち上がった。しかしリディアはそのまま立ち上がろうともしなかった。
「おい、しっかりしろ!」
エッジがリディアをゆすり起こそうとするが、リディアは全く動こうともしない。
「無駄だ!そいつはもう死を待つばかりだ!!我の死の宣告を受けて生き残った者などいない。そしてお前達も同じだ。」
「クソ!視界がかすんできやがった。」
「貴様は一体?」
敵は正体を現した。ギョロリと血走った大きな目玉の醜悪なモンスターである。死に神の目玉から生まれたといわれるアーリマンというモンスターによく似ているが、そのほとばしるような殺気はアーリマンの比ではない。
「我が名はプレイグ!死へ誘う者との異名を持つ。さあ死ぬがよい、命ある者よ!!死すればもう苦しむことも哀しむこともない!!生きていればつらきことも多かろう。」
「うう!親父、おふくろ!!」
エッジはすでに幻覚を見始めていた。そしてセシルも動きが止まってしまっていた。
「2人ともしっかりしろ!!どうしてしまったのだ?」
こう言っているカインにも幻覚が現れた。
☆
カインの前には戦死した父の死体があった。そしてそのかたわらで女性が1人泣いていた。その女性はカインによく似ていた。
「ああ、ウィリアム!どうして私を置いて逝ってしまったの?あなたは死して英雄となったけれど、私はあなたにはただの男として生きて欲しかった。お願い、あなた目を開けて!!」
「母さん・・。」
カインは女性に呼びかけるが、女性はカインが見えていないようだった。女性はまだ生まれて数日もたたない赤子をその腕に抱き上げた。
「ああ、いっそ私もこの子と共に!!」
女性は赤子を抱いたまま崖から身投げをした。女性は命を落としたが、赤子は奇跡的に助かり、元気に産声をあげていた。急に周りからがやがやと声がした。
「お前は偉大なるウィリアム・ハイウィンドの忘れ形見だ!!」
「父に似た立派な英雄となるがよい!!」
「騎士とは孤高な者。どんなつらいことにも孤独にも耐えねばならぬ!!」
姿を見せない声はカインに命令ばかりしてくる。カインはたまらなくなって叫ぶ。
「勝手なことばかり言うな!俺は名誉などいらない!!俺が本当に欲しかったもの、それは・・愛だ!!俺も母上も愛が欲しかった!!貴様らに何がわかるというのだ?!」
カインの叫びに対してもう誰も答えてくれなかった。カインは心身ともに疲れて立てなくなった。
「このまま死を迎えるのもいいかもしれない。あの世には尊敬する父と優しい母が待っている。この世に残ってもつらく哀しいことばかりだ・・。それに俺は許されないことをしてしまった。このまま生きて帰ったとしても誰にも受け入れてはもらえまい・・。」
カインは目を閉じかけた。しかしそのカインを起こすものがいた。
「カイン、しっかりしろ?!生きるのだ!!」
「俺はもうどうでもいい!!このまま安らかに逝かせてくれ!!」
しかしカインは無理やり起こされた。彼を起こしてくれたのは見知らぬ竜騎士であった。しかしカインはこの男が何者であるかすぐにわかった。
「ち、父上?!」
「お前に言わねばならぬことがある。私はお前を愛している。我が息子よ!」
「だったら俺もそっちに行こう!!」
「来てはならぬ!!」
ウィリアムはカインの頬を叩いた。その痛みは同時にひどく温かかった。
「まだ死んではならぬ!!我が愛する息子よ、お前にはまだまだやらねばならぬことがあろう。精一杯たくましく生きるがよい」
その声がひどく遠くから聞こえてきた。
☆
カインが気付いた時は、皆しっかりとした足取りで立っていた。カインの頬がなぜか痛い。セシルが心配そうにカインの顔をのぞき込んでいる。
「俺はどうしていた?」
「ローザが皆にレイズをかけてくれたけど、お前は起きなかったから悪いが一発叩かせてもらった。痛むかい?」
カインは苦笑した。
「まだまだ甘いな。俺がやれば血が出ていただろうからな!!」
カインはセシルに心の中では感謝の気持ちでいっぱいだったが、それはまだ口にしないでおいた。まだプレイグは倒れていなかった。カインは思いっきりジャンプしてプレイグに槍を向けた。プレイグは目玉の真ん中を槍で直撃され、凄絶な叫び声をあげて絶命した。
☆
カインはプレイグを突き刺した槍を引き抜くと、それはホーリーと呼ばれる聖なる魔法がかかっていた。
「父の形見の槍が!不思議なこともあるものだ!!」
カインは愛槍にホーリーランスという名前をつけた。その名の通り清浄な輝きを放っている。
「カインよ、よくぞ死への誘いに打ち勝つことができた。私はお前を誇りに思うぞ!!」
ホーリーランスはカインにそう語りかけた。その声は亡き父に似ている気がした。
・第38話 「死へ誘う者」
・第36話 「闇の幻獣神」に戻ります
・小説目次に戻ります
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