ゼロムスを倒し、青き星の平和を取り戻したセシルたち。
当然セシルとローザはこの後、めでたく婚約し、皆から祝福され幸せいっぱいのはずだったのだが・・・。
「ふぅ・・・。」
うかないため息の主は、月や太陽よりも美しいと評判のバロン一の美女、
ローザその人である。
ずっと一途に思い続けた相手と相思相愛になり、
もはや誰もが認めるほどのベストパートナーとなるというのに、
いったいどうしたものだろうか?
なんとなくブルーな様子のローザに、夫となるセシルは、
心配になって、彼女にどうしたのかと尋ねる。
「何か元気ないようだけど、悩み事でもあるのかい?」
セシルがこう尋ねると、ローザは慌てて笑みを浮べる。
「な、なんでもないわ。」
ローザだって、自分がなぜ憂鬱なのかわからない。
彼女がセシルを心底愛しているのは確かなのだから。
「そうか。何かあるんなら、遠慮なく僕に話してよ。
僕らは夫婦となるんだ。
どんなことでも君の力になりたいからね。」
ローザは優しい婚約者の言葉に、今度は、本当に嬉しそうに笑顔を浮べた。
だが、嬉しいのは確かなのに胸の奥がどこか痛い。
ローザのそんな複雑な感情に、何となくセシルもひっかかるものがあった。
セシルはかつての仲間たちに相談する。
やってきたのは、エブナーナの恋する若き王と、
そのひそかな想い人である召喚士の美女。
そして父親のような技師と、
ダムシアンの若き王、
そして双子の幼い魔道士たちである。
彼らは話を聞くと顔を見合わせた。
「ははぁ、あれだよ、あれ!!」
一番最初に口を開いたのは、生意気な双子の魔道士の弟のほうである。
「何思わせぶりなことを言い出すのかしら?」
姉の魔道士がたしなめるように言った。
「あの何ていうか・・・。」
「ガキが無理に知ったかぶってしゃべんなよ。」
エッジはおとなげなくパロムをからかうように言った。
「なんだとぉ!!」
「ダメだよ、エッジ!!こどもをからかっちゃ!!」
リディアは、自分がつい一年ちょっと前まで子どもだったことを棚に上げて言った。
リディアにこう言われて赤くなったエッジを無視して、
姉の魔道士のほうはシドに話をふった。
「シド様は、おわかりになりまして?」
「ああ。多分結婚前の落ち込みってやつだろう。
女というのは本当にめんどくさいわい。」
さすが人生の先輩であるシドは、女性というものをよく理解している。
しかしポロムは、大人ぶったしゃべり方に似合わず、
実は納得できないことについては徹底的に反論する性格である。
「まぁ、それは女性というものに対する暴言ですわ。ねえ、リディア様?」
「本当、ひどいわよ、おじちゃん!!」
ポロムと一緒になってリディアも反論する。
それを見ていたエッジはシドにぼそりと耳打ちした。
「本当に女ってめんどうくさいな?」
エッジは今度はパロムを味方につけて、ポロムとリディアをなだめにかかった。
物静かな砂漠の国王ギルバートは、しばらく何も言わずに様子を伺っていたが、
セシルにそっとささやいた。
「僕らよりもヤン夫婦に聞いてみるといいと思うよ。
あの夫婦はもう10年近く連れ添ってるから、そういうことはよくわかるだろうし。」
「あ、そうか・・・。」
セシルはそれを聞き、ここに集まってくれた仲間たちに、自分の婚礼の日取りを教えて、
礼を述べた。
セシルとローザは婚前旅行と称して、ファブールにいくことになった。
ローザはとつぜんセシルが婚前旅行に出かけると言い出したのかわからなかったが、
何となく元気のない自分を気遣ってくれたセシルに感謝した。
しかし妙な憂鬱感は相変わらず消えなかった。
セシルは、ローザにわからないように、彼女の様子がおかしいことをヤン夫婦に伝えてあった。
2人はセシルとローザを快く出迎え、もてなした。
やがてヤンの妻は、「女同士少し話でもしよう」と、ローザをそっと連れ出した。
ヤンの妻は、ローザに言った。
「セシルさんは男前だし、優しいし、人望はあるし、本当にいい男だよ。
それに剣の腕も確かだし、イザという時は勇敢だし、あんたは男を見る目があるね。」
「あ、ありがとう。」
ローザは彼女の言葉にうなずきながら、何かが心に引っかかっているのを感じる。
確かにセシルは申し分のない男だと思うし、だからこそ彼に惹かれているのだ。
だが、セシルを好きなのはそういう理由ではないような気がする。
そしてこの不安も・・・。
「あんたは本当に幸せだね。ああいう男と結婚できるんだから。
ずっと好きだったんだろう?」
ローザはうなずきながら心でつぶやく。
『そう、ずっとセシルが好きで、今もその気持ちは変らない。
でもこの気持ちは私が年をとっても続くのかしら?
そしてセシルの気持ちも・・・。
私今、とても幸せだけれど、だからこそ怖い。
このしあわせがいつか壊れてしまうんじゃないかと・・・。』
ローザの不安な表情がヤンの妻にも伝わった。
「それなのに、どうしてあんたはそんな浮かない表情をしてるんだい?
好きな男と結婚できてこんな幸せなことはないだろう。
ましてや今では誰も反対する者もいないんだろう?」
「あ・・・。」
ローザは気持ちを見透かされていることでうろたえる。
かつては母や死んだ父に反対されていたが、
今では2人の結婚を反対する者は誰一人としていない。
それなのに、自分が迷っていてはいけない。
だが・・・。
ヤンの妻はそんなローザの気持ちまでくんでいた。
「ま、あんたの気持ちもわからなくはないよ。
幸せに結婚した2人が、全く変らずにいるってわけにはいかないからね。
あたしだって、ヤンが結婚当初と違って古女房扱いしてきて、時々怒鳴りたくなるよ。
ま、あたしも若い頃と違ってずいぶんふてぶてしくなったからねえ・・・。」
ヤンの妻はそう言って陽気に笑った。
ローザはやっと気分が少し晴れるような気がした。
「でもヤンとあなたは今でも素敵な夫婦だわ。
どうやったら、そんなふうにいつまでも仲良くいられるの?」
「そんなことは口では上手くいえないね。
でも、相手を丸ごと受け止めて、信頼しあえたら別に問題はないからね・・。
頭で考えて理解するんじゃなくて、心で相手を理解して・・・。
言葉にすると難しいね。
でもあたしもヤンも色々変ってしまったけど、
お互いに愛しているっていう点では変らないよ。
人間は変る部分もあるけど、変っちゃいけない部分もあるんだよ。
その変っちゃいけない部分ってものさえ変らなかったら大丈夫だと思うよ。」
ヤンの妻は、上手く言葉には出来ないながらも、
ローザに「夫婦の愛」というものを一生懸命伝えようとした。
ローザのほうも、ヤンの妻が言おうとしている言葉はわからないながらも、
大切なことを言ってくれているというのは伝わったようだった。
「ありがとう、奥さん。私なんだか元気になれたわ。」
ローザは今までとは見違えるほど、明るい表情となって笑顔を浮べた。
一方セシルのほうは、ローザがいなくなって落ち着かなかった。
その様子を見たヤンはフッと笑った。
「セシル殿が愛する女性のことでは平然としていられぬとはな・・・。」
「そ、それは・・・。」
「まあ、仕方あるまいな。セシル殿は若い。」
セシルはヤンの落ち着きようが気になった。
「ヤン、あなたは奥さんがもしそんなそぶりを見せたらどうするんだ?」
「若い頃なら、今のセシル殿以上に、そりゃあみっともなくうろたえたものだ。
でもまあ、長いこといっしょにいればお互いのことはわかってくるものだ。」
ヤンの落ち着いた様子に、セシルはただただ感心するばかりだった。
「それにしてもローザの気持ちを理解できないなんて、僕は夫として失格だろうな・・・。」
セシルの自嘲気味のセリフを聞き、ヤンは首をふった。
「そんなことはない。
夫婦と言っても一心同体ってわけじゃない。
私だって女房の気持ちを全て把握しているわけじゃない。」
「ヤンと奥さんでも?
10年近く連れ添ってるのに?」
セシルは驚いたようにヤンを見た。
「全てがわかるってことはありえないことだ。
だが、私はあいつを信じている。
そしてあいつも私を信じている。
100%相手を理解しなくとも、お互いに信頼できれば夫婦はやっていけるものだ。
とにかく今はローザ殿を信じていれば大丈夫だろう。
今までさんざん苦難を乗り越えてきたのだ。
今回のことはそれほど心配することではあるまい。」
ヤンの言葉にセシルはうなずいた。
『僕はローザを愛してる。
そしてローザも僕を。
それだけで充分だよ。
きっと幸せにするからね。』
セシルはいつのまにか落ち着いていた。
そしてセシルとローザは結ばれた。
永遠の愛を誓う二人の姿は、美しくもゆるぎない強さを感じさせるものだった。