<勇者という存在>
by オリーブドラブ
(”時は勇者の旅立ちの直前。あるラダトーム兵士の視点から辿る一幕。”) |
俺は何も考えなかった。
何も考えずに、静けさの募る墓に花束を添える。
活気溢れるこの街のど真ん中に位置する、この小さな墓地に訪れる者は数少ない。
この墓地はかつて竜王に挑み、命を散らしていった者達の冥福を祈るために作られたからだ。
竜王に挑むなんて、無茶だ。
誰もがそう思っている。そう言っている。
だからこそ、それを聞いていながら敢えて立ち向かっていく者達は、俺達戦士にとっては武者の鏡のようなものに見えていた。
戦いを知らず、今世界を襲っている脅威を知らず、客観的にしか竜王の猛威に目を向けない人々に憤った戦士は数多い。
かく言う俺もその一人だ。
「いつかロトの血を引く勇者が竜王をやっつけてくれる。」
そんな他力本願な事をほざく行商人に会ったこともある。
その人物に会ったことも、まして存在すら確かめたこともないのに、何故そんな事が言えるのか。
勇者ロトを知らないわけでは無い。
彼がいかに偉大な人物なのかは解っているつもりだ。
そんな偉人の子孫なら、期待されても不思議ではない。それは認める。
だが、その血筋だけが竜王に勝てるという根拠に繋がるのかについては疑問が残る。
もし、人々の言う「ロトの子孫」がラダトームで勇者としての英才教育を受けていたというなら、俺はその人物に賭けてもいいと思う。
だが実在すら不確かとなると、疑う気持ちのほうが強くなる。それが自然だ。
そんなところまで追求せず、不確かな存在でしかない勇者ロトの子孫に全てを押し付ける人々の姿は、俺にはどうしようもないほどの憤りを与えた。
竜王が光の玉とローラ姫を奪った半年前の事件から、「勇者ロトの子孫」の説があったわけではない。
あの事件の直後の頃は、人々は竜王の存在と猛威に恐れていた。
ラダトーム城に現れたある予言者が、「勇者ロトの血を引く勇者が、竜王を滅ぼすだろう」と言い放ったことがきっかけで、今の世論に至るのだ。
それは確かに、人々の緊張を和らげるいい効果を与えていた。
しかし、それが勇者ロトの子孫に対する過信に変わったことは看過出来ない。
俺はラダトームに仕える戦士として、この墓地を囲むこのラダトーム城下町を魔物の手から守り抜いて来た。
考えてみれば「勇者ロトの子孫」に疑いをぶつけていたのは、そういった自負がきっかけで生まれた戦士としてのプライドが原因だったのかもしれない。
「頭を冷やそう…勇者は勇者。俺は俺だ。」
自分に言い聞かせる様にそう呟いた俺は腰を上げ、墓に背を向ける。
その時、自分の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
「ダグマ!急いで城に戻れ!」
「ロナルド…どうした?」
俺はぶっきらぼうに返すが、同僚のロナルドは全く空気を読まずに俺の手を掴み、ラダトーム城に向かって走り出した。
俺は最初はダラダラと引きずられるようにあるいていたが、ロナルドの奴が全力で走るので、こちらも早く走る事を余儀なくされてしまった。
「お、おい。なんだよ。魔物が襲って来たのか?」
「何言ってる!予言通りに勇者様が来たんだよ!」
「…!?」
その瞬間、俺は自分でも解るくらい目を見開いた。
ロナルドは「やっとわかったか」と言わんばかりの呆れきった顔をしている。
しかし、その顔を長く見ている余裕すら、俺にはなかった。
俺はさっきまでダラダラしていた態度を変え、ロナルドを蹴り飛ばし、ラダトーム城目掛けて疾走した。
今は鉄の鎧を着ているし、身に纏っているマントも多少の空気抵抗にはなったが、俺の急ぐ気持ちの歯止めにはならなかった。
「いよいよ予言にあった勇者様のお出ましか…会う価値あり!」
俺は鎧の重みやマントの空気抵抗をものともせず、ラダトーム城下町を一気に駆け抜けた。
道中、凶暴性の高いおおさそりに襲われるが、目が合う前に奴は俺の鉄の斧に切り裂かれていた。
息を切らしながらもラダトーム城にたどり着き、すぐに俺は慌ただしくうろうろしている後輩の一人を捕まえた。
「おい!例の勇者様が来たってのは本当か!?」
「あっ、ダグマさん!い、いま国王様と謁見中で…」
「…ん!?」
後輩が言い終える前に、俺は異質な気配を感じ取った。
ここの兵士達とは比にならないプレッシャーだ。
どこか力強く…揺らぎの無い気配。
後輩の話は半分程度しか聞いていなかったが、その気配の出所は王室から発せられていた事が解る。
俺の戦士としての第六感が警報を鳴らしている。
俺はその異質な気配を勇者によるものだと判断した。
…徐々に近付いてくる。
というより、「王室から出て来る」というほうが正しいだろう。
「…来たっ…!」
俺は息を飲み、自分より前に立っていた後輩を押し退ける。
「わわっ!もう、ダグマさんは乱暴だなあ…」
後輩が小言を言うが、俺は全く気にしていなかった。
その時、俺の眼前に最も確かめたかった「存在」が現れた。
外見から察して、俺より少し年下。
一見すると優男に見えなくもないし、中には肩を落とす兵士もいた。
だが、俺の目はごまかせない。
「あの戦意の募った目…厚い鎧に隠された筋肉…あいつは正しく…!」
俺は、さっきとは違う意味で息を飲んだ。
こいつならなにかやってくれる。
奴の揺るぎなき信念を形容したその瞳が、俺の心にそう言わせていた。
同時に、俺は心臓をわしづかみにされたような痛みに襲われた。
これが、期待感というものなのだろうか…
俺は奴の信念の瞳に戸惑いながらも、奴からは決して目を離さなかった。
もう、疑念や不信感は残っていない。
あいつになら、全てを賭けてもいい。
何故なら、あいつのあの瞳はロトの血筋だけによるものではない。
あいつ自身が持つ信念の現れなのだから。
…俺の心が、そう叫んでいたのだから…
~The Fin~
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