二律背反
人だからこそ課されるものがある。しかもそれは、相矛盾するもの同士の同居。そして人に成るというこは、この矛盾を内包することになるという----しかし、まだまだこの時の私にはそのことを理解しかねていた。
例えば、人は自分のことを相手に解ってもらいたいという気持ちがあります。
しかしそれとは裏腹に、自分のことを知られたくないとも思います。
うーん……。
人にはそれぞれ事情があり、また忘れたい過去というものももちろんあるものです。
そのような面を他人には話したくはないのです。
どうして二面性を持つのだろうか。ホイミスライムだった私にとっては、自分のことを隠す意義を見いだすことができなかったのである。しかし、確かに言われてみると、他人には知られたくないことがあっても当然ではなかろうかという気持ちも解らなくはないような気がしたのだった。
こんなことも言えるでしょう。
人の中には「自殺」をする人がいます----現状を脱却するために。
どうして死のうと考えるんだろう……。
ボクには信じられない。
あなたには理解できないかもしれないけれどもそういう人もいます。
ただ、これで終わっては二律背反の話にはなりません。
そうですね。
自殺未遂ーーーーつまり自殺しようとしたが死にきれなかった人は大勢います。
どうして死ぬことができなかったのでしょうか。
それは、どこかに「生への執着」があったからではないでしょうか。
「死にたい」と思う心があると同時に「生きたい」という心もあるのです。
自殺という概念そのものが私にとっては新鮮だった。今が厭だから逃げようとすることは解るのだが、そこに「死」を持ち出してくるという発想など、心の何処を探しても見つからなかったことだった。そしてそこにもまた、死にたいけれども死ぬことができないという矛盾する状況が見出されることを知る。人というものは決して単純ではなく、とても複雑且つ繊細な生き物であることを僅かずつ把握していくのだった。
ホメオスタシスとトランジスタシス。
何ですか、その2つは。
解り易く言えばーーーー
前者は「現状を維持しようとする力」。
後者は「現状を打破しようとする力」。
先の例ならば「生」が前者、「死」が後者に該当する……。
そう。
ただ、これは人だけではなく生きとし生きるものすべてが持っています。
そういう意味においては、生き物すべてに二律背反的要素があるとも言えます。
人だけが固有に持ち合わせているものではないのですね。
ええ。
ただ、人の場合は色々な----
いえ、あらゆる場面においてこの要素が作用していると言えます。
人だけじゃないということは、ボクにももちろんある……。
あなたは人になりたい。
でも心の何処かでホイミスライムのままでもいいと思っているのです。
そんなつもりはない……のですが。
歯切れが悪いですね。
それはおそらく無意識だからです。
そうかもしれません。
ただ、人になろうという意識があります。
そしてその実現に向けてライアン様と旅をしたりしました。
時を経ているのです。
実際にライアン様と共に過ごした時間があり、この事実を誰一人として否定することはできない。そしてこのように自己変革に向けて動き続けているということを、うまく表現することは出来なかったが、ルビス様はそんな私の意図するところをきちんと汲み取ってくれたのだった。
----時の不可逆性のことですね。