七月二十三日

魔界についた。母上が魂を通じて語りかけてくれた。賢者の石を託された。見守られているのを感じる。

おかしな世界だ。これが魔界か。

七月二十四日

うんざりするようなくすんだ空、黒くよどんだ海。世界の造りはそれほど変わら ないのに、すべてが異様に見える。
戦っているときだけが生気を感じる。
七月二十五日

たった三日で、心が闇に沈んでいくのを感じる。戦いに明け暮れ、神経が苛立つ。
モンスターどもが手におえない。
七月二十六日

母マーサが魔力をふりしぼって守る最後の町ジャハンナで態勢を整え直している。

魔界を少し甘く見過ぎていたようだ。仲間をモンスターどもと呼ぶまでに堕してしまった。二度とこんなことがあってはならない。
心を強く持たねば。僕らには賢者の石が唯一の支えになる。

息子は本当に強い。この魔界においても、少しも動じることはない。気のせいかもしれないが、息子の近くにいると、わずかだが体が澄み渡る気がする。自身は気づいていないようだ。


ここジャハンナは改心した元魔物が住む町という。母さんは捕らわれの身ながらも力を尽くして、何とかこの世界を浄化しようとしているのだ。 この町の住人は皆、母さんによって魂の平安を得られたと口をそろえる。

しかしそれでも大魔王のミルドラースと言うのを尊敬する声は強い。僕らはそれを倒しに行くというと、反対はされなかったが複雑な葛藤を与えたようだ。

毎日が陰謀と裏切りの連続だったと、元魔王軍のものが言う。味方を信用することすらできなかった、と。
ではなぜ魔王軍が成り立ちうるのか、と訊ねると、「あれは軍じゃない、飼われているだけだ」、と言う。

魔王ミルドラースの由来について、結局詳しいことは分からなかった。史上現れてきた魔王たちと同じく、だ。

ただ、別れ際にこんなことをつぶやくのが聞こえた。「悪には悪の救世主がいるんだ。」(c)荒木飛呂彦 1991


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