【第13話】

聖痕


 時計の音が、応接間に響く。

 ぼくと真理はソファーに座り寄り添いながらお互いの温度を確かめあっていた。真理のぬくもりがぼくが今まだ生きているということを実感させた。真理は目をとじてぼくによりかかり、手を握っている。真理だけは・・・・なんとしてもぼくが守る。

 静かに時を刻み、小林さんが出ていって10分がたったが小林さんは戻ってこなかった。遅い。さらに20分待ったがまだ小林さんは戻ってこなかった。

 真理は目をあけた。

「透」

「真理」

 ぼくと真理は目をあわせてうなずいた。小林さんに何かあったのかもしれない。ぼくと真理は手をとりあって応接間の鍵をあけて部屋を出た。あたりは薄暗く静かだ。しかし耳をすますと二階で何か物音がする。

 ぼくと真理は階段をあがっていった。すると先ほど美樹本さんの部屋の隣で香山さんと小林さんが扉をたたいていた。

「夏美、出てくるんや!」

「どうしたんだ、夏美さん!」

 二人は懸命に扉をたたくが、部屋の中からは何も聞こえない。ぼくと真理の姿を見ると、小林さんはちょっと怒った顔をした。

「ダメじゃないか、二人とも。なんでここに来たんだ」

「そんなこと言ったって、叔父さんの帰りが遅いんだもの。心配するわよ」

 真理は小林さんの無事な姿を見るとちょっと涙ぐんだ。

「それより、夏美さんが部屋から出てこないんだ」

「そうなんや」

 香山さんと小林さんは困った顔をする。夏美さんは応接間の外で口論していたあと、二人とも部屋に戻ったのではないだろうか。

「わいの足が遅いんで、夏美に追いつかんかったんや。扉がしまる音は聞こえたんやが。それで部屋の前で扉を叩いておったんだが、夏美、鍵をしめて出てこないんや」

 夏美さんは、ぼく達の誰かが殺人犯かと思い部屋を出ていったようだが、香山さえ部屋にいれないということは夫さえ信じられないのだろうか。

「夏美さん、いらっしゃるんですか!!!」

 ぼくも一緒にドアを叩いたが中からは物音一つしなかった。

「とりあえず香山さん、部屋に戻りましょう。私も一緒にいます。夏美さんの隣の部屋でしょうから、何かあればすぐ物音でわかるでしょうし」

「そうやな・・・・」

 香山さんは困った顔で、小林さんの言葉にしぶしぶうなずいた。

「真理と透君も部屋で鍵をかけてじっとしていなさい。二人までなら部屋に入れるだろう」

 ぼくと真理も小林さんの言葉にうなずいた。それが一番安全だ。

 扉の鍵をしめている以上、鍵を持つキヨさん以外は部屋の行き来は自分の部屋しかできないはずだ。

 しかし・・・・なぜ、美樹本さんは部屋で殺されたのだろう。美樹本さんが部屋の鍵を閉め忘れたのだろうか。それとも部屋の鍵を持つものがキヨさん以外にいたのか?管理人の我孫子氏ならそれは説明がつく。殺人者がマスターキーを持っていれば鍵などなんの意味もないのでは・・・そうとも思えた。

 ぼくはそのことを考えると部屋の中にいても決して安心ではないような気がした。それでも、他に身を守る方法もなくぼく達は部屋に鍵をかけた。

「これから・・・・・・どうなるんだろうね・・・・・」

 真理のただでさえ白い顔が、恐怖のためますます白く見えた。

「大丈夫さ・・・・鍵さえかけて、あとはノックがあったときに誰か確認すれば殺人鬼だって簡単には入って来れないさ。いきなり鍵を開けてきたらぼくが真っ先に戦って真理を守るから・・・・」

 この考えが充分甘いことはわかっていたが少しでも真理を元気づけたく、否定的なことは言いたくなかった。

「そうだね・・・・頼りにしてるわ・・・透」

 真理もこのことを気休めだとはわかっているだろうがかすかに微笑んだ。

「真理、少し寝てなよ・・・・疲れただろ?ぼくが見張っているからさ」

「うん、ありがと。でも大丈夫。今はとても寝る気にならないわ。それより・・・・・透」「なんだい?」

「透には・・・・・・」

そう言って、真理は言葉をきる。

「ん?」

「透には・・・・・・・アザがある?」

「どういうこと?夏美さんやみどりさんや可菜子ちゃんの手のひらみたいなアザがあるってことかい?」

「うん」

「手のひらにはアザはないよ。背中にはアザがあるけれど」

「・・・・そう・・・・」

 真理はそのことを聞いて何か考えているようだ。

「アザがどうしたの? 何か気がかりなことがあるのかい?」

「うん・・・・・・さっき、村上さんが話をしたかまいたちの話なんだけれど」

「キリストの処刑された像の写真が教科書に載っていたってことかい?」

「うん。キリストが処刑されたときの傷って腕だけじゃないの。手以外に、足とかにも杭にうたれたような傷があって。他にもお腹や背中の鞭の跡ができたんだって。きっと鞭で何度もうったんでしょうね・・・・」

 背中のアザがあるときいて、ぼくはハッとした。確かにぼくの背中のアザは鞭で打ったような細長い奇妙なアザだった。

「・・・実は私にもアザがあるの・・・・」

 そういって真理はサンダルを脱ぐと、足に大きなアザがあった。ぼくは真理を驚きの顔で見た。

「透・・・・”聖痕”って知ってる?」

「聖痕?いや、知らない」

「聖痕って、いつのまにかアザができていることがあるんだって。その傷が、さっき言ったように、キリストと同じ、手のひらや、足に杭を打たれたようなアザができたり、お腹や背中に鞭でうたれたようなアザが突然できることを聖痕現象って呼ぶの。実際に世界で何百人かいるという報告があるらしいわ。報告があるだけでそれだけの数いるのだからもっといるでしょうね。キリストと聖母マリアを受け入れると、激痛とともに、手に十字の焼けた傷跡が あらわれたり、消えたりという話しがイタリアに広がり、カトリックの信者がきて、病がなおると信じたという言い伝えがあるの。私は大学で、歴史を選考していたからその辺りとか調べたことがあったんだけれど・・・」

 たしかに真理は大学時代、歴史を選考していたような気がする。ぼくも一緒の学部にいたが、選考する学科が違ってその授業をとることはなかった。

「つまり、その聖痕を持つ者がこの館に集められた可能性があるってことか」

「うん、思いつきだったんだけれど私も食事のときにみどりさんと夏美さんと可菜子さんの手のひらのアザをみて思ったことがあったから、もしかして何か関係があるのかなと思って。それに私もキリスト信者だから、このアザも聖痕かもしれない」

 真理のいったことには信憑性があった。何より実はぼくもキリスト信者だからだ。ようやく共通点らしき点を見つけた。正岡さんの体と美樹本さんの死体を調べてアザを探そうとは思わないが今まで何の脈略もない無差別殺人かもと、もし彼らがキリスト信者であれば・・・思わぬところに共通点がありそうだ。

「しかし、もし聖痕をあるものを殺しているというだけだったらぼく達がこのアザを隠していれば、狙われないかもしれないな」

「それはわからないけれど・・・・だって安孫子氏はキリスト信者でアザがある人をここに集めたということだってあるでしょ?もし犯人が安孫子氏だったらきっとアザがあることを知っていると思う。でも他の人にも後でアザがあるか確認してみたほうがいいかもしれない」

「そうだね。とにかく日があがれば香山さんのクルーザーでこの島を脱出できる。それまでの辛抱だ」

 ぼくと真理は互いにまた寄り添った。