【第8話】

食事


 食堂にきたぼく達の目の前には、キヨさんの作った暖かいスープと焼きたてのパン、蒸かしたジャガイモの料理それと魚のソテーがが並んでいた。一見なんの変哲も無い料理だった。

 しかし料理の口につけると席についているみんなの顔色がかわった。

「おいしい!!!」

「ほんとね!」

 可菜子ちゃんと啓子ちゃんが感嘆の声をあげた。

「あぁ・・・・お世辞じゃなく・・・・うまいな」

 あの気難しそうな村上さんも、料理のことを誉めた。みんなはおいしそうに目の前の食事を平らげる。

「お口にあいましたでしょうか・・・・」

 キヨさんが、遠慮がちにみんなに声をかける。

「とってもおいしいわ」

「はい、ほんとうにおいしいです」

 真理とぼくも満足だった。

「それは、よかったです。このような無人島では、たいしたおもてなしもできなくて・・・・せめて、出来たてのパンを召し上がっていただこうと、今朝練りましたパンの生地を焼きました・・・・」

「この香ばしいパンの香りがたまらないわね」

 みどりさんはパンをちぎりおいしそうに頬張る。

「それとスープは、鶏を飼っておりますので朝、採りたての卵からつくったものです。ジャガイモは、ここで少量ながら栽培をしておりましたので 朝掘り起こしたものをふかしまして塩コショウで味付けをしました。塩は、三日月島でとれる天然の塩をつかっております」

「塩まで自家栽培か」

 俊夫さんが驚きの声をあげた。

「魚は、皆様が今日来ることがわかっておりましたので猟師の方に事前に頼み、分けていただきました。どこにでもあるお食事なのでみなさんのお口にあうか心配だったのですが・・・・」

「こら、ほんまにうまいで。これならわいのレストランも任せられるわ」

 香山さんも絶賛だ。みんなは満足気に食事をたいらげた。

「この島にはわたくし一人でいるものですから、時間だけはあります。普段は畑に手を入れたり鶏を育てたりなど気ままな生活をしておりますので、できれば自然のものを皆様におもてなしできればと思いました」

本当にキヨさんが作った料理はおいしかった。どこにでもある料理だが、ものすごく手間暇がかかった料理だった。この料理には真心がこもっていた。

 どんなにうまい料理人が作ったおいしい料理でも料理人が食べる人のことを考えなければおいしい料理はできないとぼくは思う。キヨさんは集まったみんなを精一杯もてなそうと真心の料理をつくった。キヨさんの真心がこもった料理は・・・・・とても暖かかった。何よりキヨさんの優しさを感じた料理だった。

 おいしい料理の前では会話もはずんだ。

「ご飯を食べたら、夜の海釣りにいきません?」

 みんなを誘う小林さん。

「いや、ここはカラオケ大会や。わいの歌を聞かせたる」

 自称しぶい声をきかせたがっている香山さん。夏美さんの陽気な笑い声が聞こえ、啓子ちゃんは目の前の料理を次々と平らげてぼく達は食事と会話とこの場のを楽しんだ。

 ふと、みどりさんが夏美さんのスプーンを持つ手を見つめていた。

「どうした、みどり?」

 それに気が付いた俊夫さんが尋ねた。

「夏美さん、右の手のひらにアザがあるのね」

 みどりさんの言葉でみんなの視線が夏美さんに集中する。確かに夏美さんのスプーンを持つ手のひらには大きなアザがあった。

「そうそう、ここ数年になってから急にこんなアザができたんよ。最初なんかの病気かと思ってびっくりしたん。病院に行ったんが、よくわからんと言われてしもうた。 ただのアザならいいんけど、女の手は白くきれいなのがべっぴんの証拠なのにねぇ」

 夏美さんは食事の手を止め苦笑いをした。

「実は、私も手のひらにアザがあるんです。左の手のひらなんですけれど」

 といってみどりさんも手のひらをみせる。すると、みどりさんの左の手のひらにも大きなアザがあった。

「ほんま、久保田さんとおんなじや」

と二人がお互いの手のひらを見せあう。みどりさんと夏美さんの手には同じ大きさの丸いアザがあった。そのとき、一瞬キヨさんの肩がぴくっとした。一瞬のことだったので誰も気がつかなかったようだったが、アザに何か思い出でもあるのだろうか。

 ほくろなど手のひらに出来ることはあると思うけれどこんなに大きいアザが手のひらにできることもあるんだ。ぼくにもアザがあるが、背中に細長いアザがあるだけなので人からは見えない。

「私もここ数年前に急にアザになってしまって怖くなったので病院に行ったんです。でも私も原因がわからないって言われて。病気じゃないみたいなんですが、でも気味が悪いわ」

 みどりさんは、左の手のひらをとじたりひらいたりを繰り返していた。

「ほんとに!?」

 驚きの声をあげたのは、可菜子ちゃんだった。

「わたしも右の手のひらにアザがあるの」

 そう言って、可菜子ちゃんは右の手のひらを見せたら、同じく手のひらにアザがあった。

「ほんまや!」

「こんな偶然あるの!?」

「3人一緒なんて信じられない!」

 本当に驚いた。手のひらにあんな大きなアザがある人間自信ぼくは見たことがない。それが、三人もこの場に集まるなんてことがあるのだろうか。みどりさんも可菜子ちゃんも以前シュプールにいたときは手のひらのあざには気がつかなかった。女性はこういうことは気にするだろうからきっとそれとなく隠していたのだろう。そのとき、突然村上さんが席を立った。

「・・・・・・・悪いが失礼する」

 唖然とするみんな。和んでいた食事の雰囲気が急に静まり返る。

「突然どないしたんや?」

 香山さんの問いにも答えず、村上さんは部屋をでていった。

「村上さん、どうしたんだろうね」

「ほんと、逃げるように出ていっちゃったけれど・・・・・」

 取り残されたぼく達は残った料理の手を止めた。

「もしかして・・・・料理の味がお口にあわなかったのでしょうか・・・・」

 キヨさんが縮こまって申し訳なさそうにうつむく。

「そらないで。村上はんもおいしいって絶賛してたやないか」

「そうですよ、キヨさんの料理はすばらしかったですよ」

 香山さんと小林さんもキヨさんを元気づける。

 暗くなった雰囲気をかえようとぼくは話題を変えた。

「そういえば、みどりさんも夏美さんも可菜子ちゃんもみんな緑色のマニキュアをしているんですね」

 三人が手のひらを見せていたときに気が付いたのだがこれも驚いたことに全員緑色のマニキュアをしていた。

「あぁ・・・それはね、ここ1ヶ月くらいはやりのマニキュアなの」

 真理が三人のマニキュアを見ていった。

「そうなの。もともとあまり知られていなかったマニキュアなんだけれど芸能人が使ってから急にはやりだしたの。女性雑誌にもよく載っているのよ」

 可菜子ちゃんが真理の言葉に付けたすようにいった。

「そういえば、美樹本さんどうなったのかしら」

 俊夫さんが思いだしたように言う。

「そうね、ご飯も食べないでずっとがんばっているんだもの。あとで夕食届けてあげなくちゃ」

 真理も美樹本さんのことが気になる様子だった。

 そのとき食堂のドアが開かれてちょうど美樹本さんが現れた。

「あっ、美樹本さん」

 真理が声をあげた。

 美樹本さんは少し薄汚れた格好で帰ってきた。

「美樹本さん、ご苦労様です。どうでした?」

 ぼくは美樹本さんに聞いてみた。

「困ったな・・・・電話回線がどこで断線しているかわからないんだ。最初館内で断線しているのかなと思ったのだが、何箇所か入れない部屋があるんだ。キヨさんもそこの鍵は持ってないそうでね。屋敷の外で断線している可能性もあると思い、外も少し見てきたがわからなかった」

「そうですか・・・・・」

みんな少し落胆した顔をしていた。

「しかも雨が降ってきたよ。まだ小降りだけれどね。さっきまで夕焼けが見れたのに。嵐とまでは行かないが風も随分出てきた。今夜は海が荒れるかもな・・・・・」

「それは困るやないか。船も出せんってことか?」

香山さんも不安そうな顔になる。

「波が荒れればそうでしょう。それに連絡がとれないと外部への伝達手段がまったくありませんね。安孫子氏と正岡さんの捜索もできないし・・・・」

 ぼくは二人の身に何もなければいいと思った。

「あぁ・・・・今のところ明日の夕方の船が来るまで待つしかないだろ」

 美樹本さんもあきらめ顔で言った。その時だった。