【プロローグ】
国王バロン。国と同じ名を持つ一国の王。高潔で優れた人柄と類まれな剣技の使い手である。騎士としてだけでなく、温厚で慈悲深い君主として国民より敬愛されている人物でもある。
バロンには妃も子供もいなかった。
かつて彼が王となる前、テレサという女性を愛したのだが、彼女に愛を伝える前に、彼女は別の男性を愛し子供をもうけた。それでもバロンは彼女を愛し、その愛を見守り続けた。テレサの夫となった男は、この国の人間ではなくすぐに自分の国へと帰ってしまい、彼女は子供を育てながら夫を待ち続ける日々を送っていた。
テレサは上の子供が10歳になると、もう1人子供をもうけ、その子を産み落としてこの世を去った。子供の父親とその兄は、その後バロンの国の後継者争いに巻き込まれて行方不明となってしまった。幸いにも生まれたばかりの赤子のほうは無事で、バロンは、自分がただ1人愛した女性のこの忘れ形見を、自分の子のように思って慈しんだ。
人格的にも優れた騎士であり、王家の血を引くバロンは、多くの犠牲者を出した後継者争いの後に王位に就いた。こうしてバロンは、無意味な後継者争いの、教訓を得て平和で幸せな国家を築くよう力を注いだ。彼がその後結婚をしなかったのもそのためである。彼は自分の後は、臣下の中で優れた人格を持つ者を選ぶよう、臣下にいつも言い聞かせていた。
テレサの子セシルは、バロンに実の息子のように愛され、思いやりのあるいい子に育っていった。又、テレサの美貌を受け継いだのか、子供ながら垢抜けした端正な顔立ちをしていた。ただ少し弱々しく見えるのが、難点だった。バロンはそれを心配して、彼に剣術を教えた。セシルはそれによってたくましくなり、すくすくと明るく育っていった。
セシルは、やがてもう1人自分と同じような境遇の少年が、いることに気がついた。それが、カインだった。
カインは、かつての争いで命を落とした名将ウィリアム・ハイウィンドのただ1人の子だった。ウィリアムは、バロンの親友で、世界で右に出るものは皆無と噂された誇り高い竜騎士だった。そしてウィリアムが命を落としたのはバロンを守ってのことだった。カインはその武勇伝をバロンにいつも聞かされ、彼も父親を誇りに思い、自分も竜騎士になるといきまいていた。実際カインには竜騎士としての優れた資質があり、バロンもそれを賛成していた。セシルに比べると、子供にしてはややませくれたところがあるが、それが、ウィリアムに良く似ていてバロンは、セシル同様カインを息子のように思っていた。
セシルとカインは、お互いを意識するようになると、兄弟のように仲良くなった。カインはセシルより1つ年上だったが、妙に大人びていてセシルのほうが、カインになびいている感じだった。やがて2人は良い意味で競い合うようになりいつでも行動を共にするようになった。そしてその2人にもう1人女の子が加わった。それが、ローザだった。
ローザはセシルより1つ年下で、その父親は、カインの父ウィリアムの旧友だったスコット・ファレルという人物だった。
バロンとも親友であった。スコットは、騎士でありながら弓の名手で、名門の貴族出身のためか、少しプライドの高い人物でもある。そして彼は宮廷の白魔道士だったマリアと知り合い結婚し、ローザが生まれた。
つまりローザは深窓の令嬢だったのだが、お行儀が良くて気位ばかり高い他の貴族の令嬢といても楽しくはなく、セシルやカイン、それからバロンに仕える飛空挺技師であるシドの娘ニコラと遊びたがった。
しかしスコットは、あまり上品とはいえず、口の利き方もぞんざいなシドをあまり好きではなく、ニコラとも遊ばせないようにしていた。しかしそんな彼も親友だったウィリアムの息子カインのことは気に入っていた。
ローザは、まだ幼いというのに国一番の美少女として人目を引く存在だった。しかしその美しさに違わぬおしゃまな少女であったが、その反面かなり活発で、2人にどこまでもついていきたがった。
セシルとカインは年頃になり、お互いにこの美しい幼馴染に惹かれていった。ローザの父、スコットは娘を孤児のセシルではなく、親友の息子カインに嫁がせたいと考えた。しかしローザは優しくて穏やかなセシルのほうに心を奪われていた。
若者たちのさまざまな想いが交差する中、稀代の名君バロンに異変が起こった。しかしそのことに気付くものは誰一人としていなかった。