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【9、試練の山】

 セシルはミシディアの岬に漂着した。最初はそこがどこなのかわからなかったのだが、近くの町に入ったとたん、かつて町を襲った暗黒騎士に対し、町の者が警戒心と憎しみを込めてセシルに接したのだった。
 多くのものはセシルを見て逃げ惑い、話しかけても無視されてしまった。黒魔法トードやポーキーをかけられ、蛙や豚に姿を変えられ、酒場では毒を盛られたり等散々な目にあわされた。
 しかしかつて自分がしたことを思えば仕方のないことであった。セシルは疲れた身体を休められる場がないか探し回った。しかし宿屋では宿泊を拒否され、テントを買おうと道具屋に行っても相手にされなかった。セシルはやがて大きな建物の前で力尽きて倒れこんでしまった。そこはクルスタルタワーといって、かつてセシルがクリスタルを奪いに押し入った場所であった。
                    ☆
 セシルは小さな子供の声で目を覚ました。気が付くと、そこはクリスタルタワーの中の一室で、セシルはいつのまにかベッドで寝かされていた。なおも子供たちの声が聞こえてくる。どうやらリディアより小さい男の子と女の子のようである。
「なんであんな奴助けた!あいつは敵じゃないか!!」
「いくら敵でもあのまま放っておけませんわ!」
「ちぇっ、いい子ぶりやがって!!」
「あなたこそその口の利き方おやめなさい!!」
 セシルが目を開けて二人を見ると、二人はセシルに気づいて口げんかをやめた。二人は両方とも5歳くらいだが、全く同じ顔をしている。どうやら双子のようである。女の子のほうがおしゃまな所を見ると、姉と弟であろう。
「えっと・・おいらはミシディアの天才黒魔道士パロム様だ!お前なんか目じゃないぞ!!」
 パロムはえっへんと威張っていた。いかにも生意気そうだが、ある意味子供らしくて微笑ましいと言える。
「私はこのパロムの姉、ポロムと言いますわ。」
 ポロムは弟をたしなめながら言った。妙に大人ぶった口の利き方をするが、いかにも利口そうな女の子である。顔はそっくりだが、この姉弟、性格はまるで対照的である。
「僕はセシル。世話になったね。」
 セシルはこれ以上世話をかけてはならないと立ち上がった時、見覚えある老人と二人の魔道士がやってきた。男のほうは黒魔道士で、女のほうは白魔道士だった。二人とも30を少し過ぎたくらいの年齢で、ポロムとパロムによく似ている。
「このミシディアに一体何を?もう用はないはずだが・・。」
 見覚えのある老人は苦々しい顔で言った。この老人こそミシディアの長老である。セシルはミシディアからクリスタルを奪ったあとのいきさつを簡単に話した。長老はセシルを信用してはいないようだが、静かに話を聞いた。
「ふむ、なるほど。しかしその話をどうやって私どもに信用しろと?」
「信じてはもらえないでしょうけど・・。」
 セシルも困ってしまった。長老の反応はもっともだが、セシルの話していることは真実なのだから。二人が相手の様子を見ていると、白魔道士の女が口をはさんだ。
「この人はかなり暗黒の力に取り付かれてはいます。ですが・・。」
「何だ?」
「わずかながら、光の力を感じます。もしかしたらこの人は暗黒の力を振り払うことができるかもしれません。」
「ふむ・・。」
 長老は言われてみるとそうかもしれないと、確かに思った。ミシディアにとっては憎い敵ではあるけれど、根っからの悪者とも思えない青年である。長老はセシルを信じきれないながらも一縷の望みを抱いた。
「ミシディアのデビルロードからバロンに送ることはできるが、その前に、試練の山に登ってみるが良い。」
「試練の山?」
 セシルは賢者テラからその山に登ることをすすめられていた。まさか本当に存在するとはセシルは思っていなかった。
「その邪悪な剣を聖なる剣に変えねばならぬ。あの山の聖なる光を受け入れられれば、そなたは暗黒の力から解放され、聖なる力を手にすることもできよう。」
「・・。」
 セシルはまだ決心がつかなかった。しかし長老はかまわず続けた。
「一人では心細いであろう。このパロムとポロムを連れて行くが良い。」
「この子供たちを!?危険すぎます!!」
 セシルはとんでもないと首を横にふった。自分ひとりでも生きて帰れるという保障はないのに、こんな小さな子供を連れて行くなど危険すぎる。」
「ただの子供たちではありません。このパロムは黒魔法の、ポロムは白魔法のおおいなる素質を秘めています。この子達は必ず役に立ちます。」
二人の子供の両親である黒魔道士と白魔道士が言った。
「ええっ!嫌だぜ、おいら・・!!」
「長老様のおおせなら仕方ありませんわ。でもどうしてです?」
 パロムとポロムの反応を見た長老は、セシルに先に外に出ているようにと頼んだ。白魔道士は、パロムがなかなかやんちゃで手がかかるのでと、セシルに説明した。二人は思ったよりすぐに出てきた。
「そういうことならおいらにおまかせだぜ!お前の動きはおいらが・・。」
「と、とにかくよろしくお願いしますわ、セシル様!」
 どんな説明されたのか知らないが、二人はすっかり乗り気である。
「よ、よろしく・・。」
 セシルたち3人はこうしてミシディアの東にある試練の山に向かった。
                    ☆
 一方ゾットの塔にいるゴルベーザの所に、ぼろぼろのマントの男が現れた。
「セシルが試練の山に向かったそうだ。今こそお前の出番だ。スカルミリョーネ!」
「必ずやセシルが光の力を手に入れる前に始末いたします。」
 四天王でもっとも知略に長けているといわれている土のスカルミリョーネである。マントで顔は見えないが、何ともいえない嫌な悪臭を放っている。
「フフフフ、頼むぞ。奴が光の力を手に入れれば、我ら暗黒の力を持つ者にとって大きな脅威となる。」
「御意!!」
 二人のやり取りをローザは見ていた。ローザはセシルを信じて祈っていた。
                    ☆
 試練の山の入り口には炎の柱があった。パロムは待っていましたと言わんばかりに前に進み出た。パロムは冷気魔法ブリザドを唱えた。パロムの手から飛び出した冷気が炎をあっという間に消していく。
「すごい!!」
 セシルは正直言うとかなり驚いていた。リディア以上に黒魔法の素質がある。同じ魔法でも唱えた者の魔力によって威力がかなり違ってくる。パロムのブリザドはリディアのそれよりも威力が高かった。
「どんなもんだい!このおいらにかかっちゃザッとこんなもんさ!!」
 確かに黒魔法はすごいが、このすぐ調子に乗る性格は少し問題である。もっともそれに対するツッコミ役はいるので心配はいらないのだが。
「おごり高ぶってはダメって長老様に言われているでしょ!!」
 姉のポロムがパロムをポカリとたたいた。ポロムの白魔法もかなりのものである。彼女のケアルは、ローザのそれと比べても回復力が高かった。それにしても言葉使いはていねいなのに、気の強い女の子である。腕白なパロムも双子の姉には敵わないようで、ふてくされながらも彼女に従うことが多かった。
                    ☆
「あれ?誰かいるぞ!」
 パロムが上を指差すと、そこにはダムシアンの地下水路で一緒だった老賢者テラがいた。テラはセシルを見るとうれしそうに言った。
「おお、セシルではないか!こんなところで会うなど奇遇なこともあるものだ!!」
「僕は今から試練を受けにこの山に登るところです。テラ、あなたに以前言われたように暗黒の力を浄化して聖なる力を手に入れようと・・。」
「ほう、それは良かった。実はわしはこの山に封印されているメテオの力を手に入れようとしてのう・・。」
 セシルはメテオと聞き、少し驚いた。メテオとは最強の黒魔法で、使い方を間違えれば星をも破壊してしまうという究極の魔法である。
「テラ、あなたはメテオを覚えて何を・・?」
「わしは若い頃から全ての魔法を覚えようとやっきになっておったが、メテオだけは覚えられなかった。しかしゴルベーザを倒すにはメテオを覚えるしかない!!」
 テラがアンナの仇をとりたいと思っているのはセシルにもわかっていた。だが、齢70を超えるテラにとってメテオを唱えるのは危険すぎるのではとセシルは心配した。
 2人の話からこの老人が有名な大賢者テラとわかると、双子の魔道士はたまげていた。
「へえ!このジジイがテラなのか?はじめてみるぜ!!」
「まあ!テラ様に向かって何という暴言を!?この方は偉大な大賢者ですよ!!」
 テラはやたらに元気な子供2人に目を向けた。
「この子達はミシディアの魔道士か?」
「おいらはパロム。こいつの見張り役で・・。」
 パロムが何やら口を滑らしかけたのを、ポロムはあわててフォローした。
「いえ、セシル様のお手伝いをするように長老様よりおおせつかったのですわ。私はポロム。この口の悪いのは弟のパロムですわ。」
 実はこの2人は、お手伝いというのは建前で、セシルがバロンからの回し者かもしれないと考えた長老がつけた監視役であった。セシルはさっきのパロムの言葉に対して聞こえていなかったふりをすることにした。
                    ☆
 この山にはアンデッド系モンスターが多いので、魔法が使える者が多いほうが良いとのことで、テラも一緒に山頂を目指すことにした。
 4人がどうにか山頂に着いた時、ぼろぼろのマントに身を包んだ男が数匹のアンデッド系モンスターを引き連れて現れた。男からはとても嫌な臭いがする。
「私はゴルベーザ様に仕える四天王の一人、土のスカルミリョーネ。光の力を手に入れさせてなるものか!!」
 ゴルベーザと聞き、テラは顔色が変わった。
「ゴルベーザの?それなら容赦はせぬ!セシルよ、遠慮なくやらせてもらうぞ!!」
 セシルはテラの真剣な目を見てうなずき、同じようにゴルベーザの部下になど負けられないと身構えた。
                    ☆
 アンデッド系モンスターにはポロムとテラの白魔法でかかっていった。スカルミリョーネにはセシルの攻撃と、パロムの黒魔法でかかっていった。思ったよりあっけなく倒れていき、テラなどはいささか拍子抜けしたようである。
「いやに手ごたえがなかったのう・・。」
「おいらのサンダー攻撃のおかげだぜ!気にせず行こう、あんちゃん!!」
「あ、ああ・・。」
 セシルがパロムに促されて誰かの墓標のある場所へ移動した。すると、先ほどの不気味な声がした。
「フシュルルル!私があの程度の力で滅びるとでも思っているのか、愚か者!ここがお前たちの墓場となるのだ。」
 スカルミリョーネが真の姿を現し、卑劣にも後ろから襲い掛かってきた。その姿は、醜悪で、先ほどよりもひどい腐臭を放っている。スカルミリョーネの正体は、屍解仙と呼ばれるアンデッド系の魔道士なのだ。そしてその身体は死体を吸収することで強くなっていく。
「パロム、ポロム、僕の後ろへ・・!!」
 セシルは二人をかばうようにスカルミリョーネの前に立ちはだかった。
「セシルよ、こいつには暗黒剣は効かぬ!白魔法と炎の魔法で攻撃するほかない!!」
 テラはそう言うと、ポロムはスカルミリョーネにケアルをかけた。テラの目の付け所は良かったが、先程のスカルミリョーネと違い格段に強い。次にパロムがファイアを唱えたが、これもたいしてダメージを与えられなかった。
「ダメですわ。ケアルやファイアくらいでは・・!」
「もっと強力な魔法は使えないのか?」
 テラは一生懸命強力な魔法を思い出そうとした。そしてテラの脳裏にある白魔法が浮かんだ。黒魔法メテオと対極をなすこの白魔法ならできると彼は確信した。
「悪しき者よ、我が聖なる光を受けるが良い。」
 テラの唱えたホーリーがスカルミリョーネを貫いていく。
「うぐっ!この忌々しい光は・・。」
 スカルミリョーネにとってこれはかなりのダメージだった。
「よし、ポロムにパロムよ。持てる限りの力で奴に強力な魔法を!!」
「おいらはファイラで・・。」
 パロムが魔法を唱えようとすると、ポロムは制した。
「待って!ここは二人で力を合わせましょう!!」
 双子は力を合わせて強力な魔法を起こすことができる。二人が同調して魔法を唱えると、爆音と閃光がスカルミリョーネに襲い掛かった。炎より強い殺傷力のあるプチフレアだった。黒魔法フレアより威力は低いが、先程のホーリーで決定的なダメージを食らっていたスカルミリョーネを倒すには充分の威力だった。
「ググググ、無念!!」
 スカルミリョーネは断末魔の叫びを上げ、閃光の中に消えていった。
                    ☆
 テラはメテオを覚え、さらに今まで習得した魔法をすべて思い出した。そしてセシルは一人で戦っていた。
「ん?!あれは・・。」
 セシルにはもう一人の自分が見えた。暗黒騎士の自分が目の前にいる。そして今の自分は何の武器も持っていない丸腰の騎士である。暗黒騎士は自分に向かって襲ってくる。だが、セシルはずっと耐えていた。ここで相手を攻撃したら光の力を手に入れることはできない。暗黒の力を浄化するには、憎しみの心を捨てなければならないからである。
「クソッ!もう僕はダメだ!!」
 セシルはこのまま暗黒の力に押しつぶされてしまうのではと、思った。だが、その時セシルに暖かい光が見えた。恨みも憎しみも消えていくような優しく、それでいて強い光だった。
「セシルよ・・わが息子よ・・!!」
 何者かの声がする。どこかで聞いたことのある優しい声が、セシルに呼びかけてくる。
「セシルよ。お前が来るのを待っていた。お前が光の力を手に入れるのを・・。」
「光の力を手に入れて暗黒の力を滅ぼせと・・!」
「いかにも。しかしそれは私にとって新たな哀しみを生むことになろうが・・。」
 優しく正しく強い声だった。しかし同時に深い哀しみに満ちていた。
「あなたは僕の父なのか?!」
 セシルは父のことを何も知らない。父親代わりだったバロンから母については色々聞かされていたが、父については何も聞かされていない。バロン自身も知らなかったのかもしれない。セシルは色々聞きたかったが、声はそれに対しては答えてくれなかった。
「さあ、セシルよ。聖なる力を受け取るが良い!」
 声はそれっきり聞こえなくなった。セシルは自分の身体が聖なる力で光り輝いているのに気づいた。
「こ、この姿は・・!」
 伝説の聖騎士パラディン。暗黒騎士とは反対に聖なる力によって邪悪な者を打ち滅ぼす正義の騎士。セシルは自分の持っていたデスブリンガーが清らかな光を放っているのに気づいた。もう暗黒の力は感じられない。かなり古びているが、これはパラディンが持つと言われる伝説の剣に間違いない。
「あ、あんちゃん?!」
「セシル様、すごいですわ!!」
「よくやったのう、セシル。おぬしはもう立派なパラディンじゃ!!」
 パロム、ポロム、テラの3人は、セシルの変わりように驚きながらもその輝かしい姿に感動していた。
 これでミシディアに戻り、デビルロードを通ってバロンに行ける。これ以上バロンの暴走を許してはおけない。セシルは伝説の剣を天にかざし、決戦に向けて新たな思いをはせていた。

第10話 「バロンへ」に行きます
第8話 「幻獣の王」に戻ります
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