【7、侵略 】
ホブス山の山頂に登ると、少し変わった服装をしている男がいた。上半身裸で、すごい筋肉をしている。頭は「辮髪」といわれる独特のヘアスタイルをしているが、この髪型から男がファブールのモンク僧というのがわかる。モンク僧はボムと戦っていた。かなり腕の立つ男のようだが、モンク僧にとってこのタイプのモンスターはあまり得意ではないようである。
「強そうな人だけど、1人じゃ大変だわ!」
「まずい!ボムが大きく膨れ上がっている!!」
セシルたちはモンク僧を放っておけず、戦闘に加わった。ボムはどんどん大きく膨れ上がっていく。
「ダメだ!爆発する!!」
体力の弱いローザ、リディア、ギルバートの3人は射程距離ギリギリまで後方に下がる。
「ローザ、白魔法をいつでもかけられるように!ギルバートは薬の準備を!リディアはブリザドを唱えられるように!」
セシルはボムが爆発する前に皆に指示を出す。やがてボムは爆発し、その身体は6つに分かれた。ローザはケアルで、ギルバートは薬で二人を回復させる。リディアは一体ずつブリザドを敵に放ってボムはようやく全滅した。
「助太刀かたじけない!私はファブールのモンク僧長で、ヤンと申す。」
モンク僧ヤンは、やや堅苦しいが、丁寧に礼を言った。なかなかの人物だとセシルは感じた。腕っ節も強そうだが、それに対して驕った所がなく、礼儀もわきまえている。皆それぞれ自分の名を名乗り、これからファブールに向かう所だと言うと、ヤンは少し眉をひそめた。
「助けてもらったことに恩義は感じているが、その・・セシル殿はバロンの暗黒騎士。今わが国はバロンと敵対関係にある。そのようなわけでセシル殿をファブールに入れるわけにはいかぬ・・。誠にすまぬとは思うが・・。」
セシルはもっともなことだと思った。かわりにギルバートが話した。
「実はそのことも含めて僕たちはファブールに向かっているのです。僕はダムシアンの王子。ダムシアンもバロンに襲撃され、クリスタルを奪われました。セシルは暗黒騎士ですが、僕を助けてくれた恩人です。彼のことは心配ありません。むしろ大きな力となってくれるはずです。」
ヤンはギルバートを見てなるほど嘘ではないと思った。服装は質素ながら、顔立ちや振る舞いからは王族らしい気品が感じられる。それにどう見ても悪人とは思えない柔和そうな優美な青年である。
「セシルは確かにバロンに仕えていました。でもそのバロンの暴走を食い止めようとしているのです。お願いです、信じてください!!」
ローザも必死でヤンに訴えかけた。美しい娘の真剣なまなざしを見て、ヤンは信じることにした。
☆
セシルたちはファブール王に謁見し、今までのいきさつとバロンがクリスタルをねらっていることを話した。ファブール王は、最初に暗黒騎士のセシルを見て警戒心を抱いたが、
顔を良く見知っていたダムシアンの王子ギルバートに説得されて信用してくれた。そればかりか昔ファブールを訪れたという暗黒騎士の使っていた剣を譲ってくれた。
「このデスブリンガーは、昔ここを訪れた暗黒騎士レオンハルトが置いていったものだ。セシル殿にとって役に立つであろう。しかし所詮は暗黒剣、まことの騎士の力とはなるまいが・・。」
ファブール王は、できることならセシルに暗黒騎士などやめてもらいたいと思った。しかし今はその力に頼らなければならない。セシルはデスブリンガーを手にし、ファブール王に礼を言った。おそらくこの剣はセシルにとって大いに力となるであろう。
ファブール王との謁見をすませて、ヤンにファブール城の中を案内してもらおうと話していたセシルたちの所に、監視役のモンク兵が血相を変えて入ってきた。
「陛下、大変です。バロンの軍勢が攻めてまいりました!」
「むう、何と!?すまぬが、セシル殿とギルバート王子は、ヤンと共にクリスタルの護衛をしてはもらえぬか?」
ファブール王は、すでにバロンに対して、クリスタルを渡さないと宣言していた。いつかバロンの軍隊が攻めてくることは予期できていた。この勇猛果敢な国王は、自ら戦陣に赴くつもりである。
「それは構いませんが、ローザとリディアは・・?」
「お嬢さん二人には、負傷兵の手当てをして頂きたい。」
ローザとリディアは救護室に入っていった。ファブール王は部下を引き連れて迎撃にいった。
☆
襲撃対策は練ってあったにもかかわらず、ファブール軍は苦戦し、ファブール王も重傷を負ってしまった。ローザとリディアは負傷兵の手当てにおわれていた。バロン兵は門を打ち破って中に入ってくる。セシル達は入ってきた兵を次々と倒していった。
「さすがのバロン兵もセシル殿にとっては相手にならんようだな。」
「これなら何とかクリスタルを守れるかもしれないね。」
3人とも息があがっていたが、もう兵が入ってくる様子がないので少し油断してしまった。そこへ一人かなりの強敵が現れた。
「ゲゲッ、バロンにはまだこんな奴がいたのか!?」
「こ、こいつ強いぞ!!」
セシルたちは外の兵の声を聞き、身構えた。そこに入ってきたのはセシルのよく知っている、しかし思いもよらない人物だった。
「カイン!?」
「久しぶりだな、セシル・・。」
セシルは親友が無事だったと喜んだ。しかしカインは正気ではなかった。槍の先をセシルののど元に突きつける。
「俺はお前と一戦交えたいと思っていた。俺と一対一で戦え!!」
カインの様子がおかしいのはセシルにもよくわかった。兜から垣間見える目つきが、血走っていて妙にギラギラとしている。
「カイン、どうした!?僕はお前と戦う気なんかないよ!」
「俺は戦いたいのだ。勝負しろ!!」
問答無用でカインは突きかかってくる。仕方なくセシルは相手になった。さすがにカインは今までのバロン兵とは比べものにならないほど強い。しかしセシルは負けるわけにはいかなかった。セシルはカインの槍めがけて力を込めてなぎ払った。技はカインのほうが上だが、力はセシルのほうが強く、ここは踏ん張りどころである。カインはセシルの気迫に押されて槍を落としてしまった。
「ウッ!!」
カインが膝をつくと、どこからか黒く生暖かいかぜが吹いてきて、背の高い暗黒騎士が現れた。殺気といい、威圧感といいセシルやカインよりよっぽど大物であると思われる。しかし身にまとう暗黒の気もセシルのそれとは雲泥の差があった。
「こいつがゴルベーザか!?」
セシルは直感した。初めて会う男だが、セシルは見ただけで震えてしまった。自分には敵わないとセシルは直感した。セシル程の剣の使い手が相手を心底恐ろしいと思うなど珍しいことである。だがこの男にはセシルは底知れぬ恐怖を感じた。
「カインよ、遊んでないでクリスタルを手に入れるのだ。」
ゴルベーザがそう言った時、セシル達を心配してローザとリディアがやってきた。ローザはカインがいることに驚いた。
「カイン、どうして!?」
「ローザ・・。」
カインはローザを見つめた。操られていても、ローザを愛しいと思う。いや、ローザを愛しているからこそカインは操られてしまったのだ。
「カイン、何をしておるのだ?早くクリスタルを取って来い!!」
「はっ!」
カインはローザを見て一瞬動けなくなったが、ゴルベーザの声を聞くと、その命令に従った。
「そうはさせるか!!」
セシル達はゴルベーザに向かっていこうとしたが、ゴルベーザの目を見たとたん、動けなくなってしまった。
「カイン、お願い・・やめて・・。」
ローザだけはまだ動けるようだった。彼女はカインに近づこうとした。
「ローザ、カインは正気じゃない!近づかないほうがいい!!」
セシルが声をふりしぼって言うと、ゴルベーザはローザに興味を抱いた。
「ほう・・。お前はそんなにこの女が大事なのか?なるほど、間近で見たのは初めてだが美しい女だ。カイン、クリスタルと一緒にこの女も連れて来い!!」
「はっ、ゴルベーザ様!」
「や、やめてくれ・・!!」
セシルの叫び声はしかし声にならなかった。ゴルベーザとカインは、クリスタルとローザを奪ってファブールから引き上げていった。
☆
セシル、ヤン、ギルバート、リディアの4人は身体から力を奪われて動けなかった。しかしリディアにはまだ魔力が少しだけ残っていた。そのわずかな魔力でケアルを唱えると、4人とも動けるようになった。
「何ということだ!クリスタルだけでなくローザまで・・!!」
「セシル殿、とにかく今日のところははやく身体を休めて作戦を練ろう。」
セシルはヤンにはやる気持ちを抑えられて、今日の所は彼の言うとおり宿屋に泊まって身体を休めることにした。実際の所、4人ともかなり疲れていた。しかも相手はかなり強敵である。身体を万全の状態にしてしっかり作戦を練るべきなのは確かである。
「ローザ、必ず救出するよ!」
セシルはただローザの無事を祈っていた。
・第8話 「幻獣の王」に行きます
・第6話 「恐怖を乗り越えて」に戻ります
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