【6、恐怖を乗り越えて 】
セシル達は再び旅に出る前に、すっかり世話になったイサク夫婦に丁寧にお礼を言った。別れ際、2人はセシル達にこんなことを言っていた。
「すっかり元気になってよかったのう。」
「昨日、リディアちゃんにも話したのですが、私にも大事にしている娘が1人いましてね。ローザさんのこともとても他人事のように思えなかったから!!」
「そうですか。本当にありがとうございました。」
セシル達は、この善良な老夫婦との別れを惜しみながらカイポの村を後にした。
☆
セシル達は、ダムシアンの東の国ファブールに向かっていた。ファブールに行くにはホブス山を越えていかなければならないが、その入り口が氷の壁に閉ざされていて通ることができずにいた。
「それにしてもファイアが使える者がいない以上この山に入ることができないなんて・・。」
セシルはどうしたものかと悩んでいたが、ローザには考えがあった。
「大丈夫。この中にちゃんとファイアを使える人がいるわ。」
そう言って、ローザはリディアに前に出てくるように言った。リディアは首を振った。
「私には使えない・・。」
ローザは召喚士で黒魔法の素質のあるリディアにファイアが使えないはずはないとふんでいた。普通ファイアは、黒魔法で最初に覚える魔法である。
「この中で黒魔法が使えるのはあなただけなのよ。私の言うようにやってみて!!」
ローザは氷のこの辺りを狙って、とか、思いっきり念じてなどとアドバイスしていると、リディアは震えてしゃがみこんでしまった。どうやら火に対して、並々ならぬ恐怖心がある様子だった。
「い、嫌!炎は嫌!!」
リディアは涙を流しながら、両手で頭を抱え込んでいた。セシルには、心当たりがある。
「!?そうか、リディアの住んでいたミストの村は炎に襲われて!!」
セシルは胸が痛んだ。自分の故郷や、村人、そして母親を焼き尽くしていった炎。幼いリディアにとってそれがどのくらい恐ろしかったのかセシルには想像しきれない。そしてリディアにそんな思いをさせたのは自分なのだ。
「リディア、お願い!!あなたしかいないの。」
ローザは自分が酷なことを言っているのを承知でリディアに懇願した。どんなにつらくてもこれはリディアにとって乗り越えるべき壁なのだ。
「お願いだよ、リディア。」
今度はギルバートがいつものようにおだやかな口調で言った。
「君は僕に勇気というものを教えてくれた。大丈夫。君ならできるよ。君はとても勇敢なのだから!!」
リディアはいつまでもおびえていてはいけないと震えながらも立ち上がった。どんなに恐ろしくてもやらなくてはならない。皆が自分を頼ってくれているのだ。リディアは覚悟を決めて涙をぬぐい強く念じた。
「ファイア!!」
震えるリディアの右の人差し指から、炎が飛び出した。最初は火種ぐらいの小さな炎だったが、徐々に大きくなり、氷の壁を溶かしていく。
「リディア、よく頑張ったね!」
「本当にあなたはすごい子だわ!!」
「君はやっぱり勇敢だよ!!」
皆がリディアを心から褒め称えた。リディアはそれに対し、少し照れながらもうれしそうに笑っていた。
母を失った悲しみは、まだ完全に癒えたとはいえないだろうが、彼女は確かに炎への恐怖を克服した。
・第7話 「侵略」に行きます
・第5話 「愛する人(後編)」に戻ります
・小説目次に戻ります
|