【12、ゾットの塔】
バルバリシアは身柄を拘束されたローザと話していた。
「うらやましい話だねえ。あんたを取り戻しに来る男と渡したくない男。2人の男に愛される女ってわけか。」
「バルバリシア、カインを元に戻して!あの人はこんなことするような人じゃないわ。」
「悪いけどアタシにはそんなことできないよ。カインを洗脳したのはゴルベーザ様だし、アタシはこれでもゴルベーザ様には服従を誓っている。カインがあんたを好きなのは気に食わないけど、どうしようもないさ・・。」
ローザはバルバリシアを嫌いではなかった。美人ではあるが、露出度の高い下品な容姿といい、蓮っ葉な口の利き方といい、第一印象では良く思っていなかった。けれど、何度か話しているうちに、彼女が敵ながら一本筋の通ったいさぎよい女性だとわかってきた。こういう関係でなければきっと良い友達になれただろうと残念に思った。
☆
カインは槍を構えてセシルが来るのを待っていた。その真剣な横顔をバルバリシアは見つめていた。
「カイン、セシルとどうしてもやるつもりかい?」
「もちろんだ!奴には負けたくない!!」
「そんなにローザのことを・・。」
カインはそれに対しては答えなかった。バルバリシアはふっとため息をついた。ローザが愛しているのはカインではない。それなのにカインはローザにひかれている。そしてそのカインにひかれている自分がいる。カインが好きなのはローザだと初めから知っていた。ここまで人を好きになれるカインが好きになってしまったのだ。
「まあ、セシル達が、メーガス3姉妹に勝てるかわからないけどね。」
「セシルは必ず来る!あいつはそういう奴だ!!」
操られていてもカインがセシルを見る目は確かである。そうでなければ今回の計画は成り立たなかった。
「まあ、いいさ。アタシはゆっくりとお手並み拝見させてもらうよ!」
バルバリシアは、サッとつむじ風に乗って自分の持ち場についた。カインもゴルベーザに呼ばれてローザの見張りをはじめた。
☆
一方、セシル達はゾットの塔にやってきて、中の作りがあまりに機械的なことに驚きながら上に登ってきていた。しかし途中で現れたメーガス3姉妹に苦戦していた。
「この3人のコンビネーションは絶妙だな!」
「感心しておる場合か!何とかあのコンビネーションを乱す方法を考えねば!!」
メーガス3姉妹は、バルバリシアの直属の部下であり、魔女だけあって強力な魔法をかけてくる上に、実の姉妹なのでやたらに息がピッタリであった。特に気をつけねばならないのが、必殺技のデルタアタックという合わせ技である。バルバリシアもこの3姉妹のことは信頼し、目をかけている。
「あの合わせ技が曲者だな!!」
「誰か一人を集中的に攻撃しなければ・・!!」
背の高い次女のドグは補助魔法を得意とし、太目の長女マグは、白魔法で2人を回復させ、末の妹である小柄なラグは黒魔法で攻撃してくる。この中で一番先に倒さなければならないのは、マグであろう。
「シド、ヤン、先に真ん中の魔女を!彼女が倒れれば二人は回復できないし、あの技も使えなくなる!!」
2人がマグを集中的に攻撃すると、ドグはマグにリフレクをかけた。これではテラが黒魔法をかけてもはねかえってしまう。
「くそ、これでは魔法攻撃はできんな・・!!」
「とりあえず、僕の一撃であの真ん中の魔女にとどめを!!」
セシルはよくねらってマグにクリティカルヒットを与えて倒した。これでデルタアタックを食らう心配はなくなった。
「さあ、今度はあのちょこまかしたチビをねらうぞ!」
シドとヤンはラグを集中的に攻撃した。ラグは攻撃魔法の威力は高いが、体力は小さいだけあって低く、すぐに倒れてしまった。残りはドグだけになった。次の攻撃はテラだった。テラは黒魔法の詠唱をはじめた。
「おい、じじい、無理するなよ!!」
「これならフレア一発で倒せる。黙って見ておれ!!」
テラは黒魔法フレアをかけた。強力な爆撃が、ドグに襲い掛かり、ドグは一瞬のうちに黒焦げになって倒れていった。
☆
メーガス3姉妹をどうにか倒し、屋上までやってきたセシルたちだが、その前にゴルベーザとカインが立ちはだかった。奥には柱に身体を拘束されたローザがいた。テラはゴルベーザの姿を見たことはなかったはずなのに、目の前の暗黒騎士がその男だとすぐに見破った。彼らしくなく、憎しみと怒りに身を震わせ、挑みかかっていった。
「ゴルベーザ、貴様だけは許さん!わが娘アンナの仇!!」
「私はお前など知らぬ!しかしその気なら相手になろう!」
ゴルベーザはテラに応戦した。セシルたちは、テラに助太刀しようとしたが、拒否されてしまった。
「アンナの仇はわし一人でとる。下がっておれ!!」
テラはすっかり憎しみのとりこになってしまった。激しい魔法戦が繰り広げられた。ゴルベーザは暗黒騎士ながら、黒魔法が得意なようで、ファイガやサンダガなどの強力な黒魔法をかけてくる。テラは先ほどのメーガス3姉妹の時にかなり魔力を消耗していたが、かわりに自分の体力を魔力に変換していた。ゴルベーザに致命的打撃を与えるにはあの魔法しかない、と詠唱を始めた。ゴルベーザに無数の隕石が襲い掛かる。
「何と、メテオか!?こんな老いぼれにこんな力があったとは・・。」
これはゴルベーザにとってダメージがかなり大きかったようである。側にいたカインが、気を失って伸びてしまった。しかしゴルベーザに致命傷を与えるには至らなかった。
「まずい!今の衝撃でカインへの術が解けてしまった・・。こうなったらセシル、お前とこの老人を道連れに・・!!」
ゴルベーザがテラを押しのけてセシルに斬りかかった。だが、お互いの顔を見たとき、2人は思わず止まってしまった。
「ゴルベーザ?この男が!?」
仮面の下から見えるその顔は思ったよりも若く、むしろ端正な顔立ちである。それほど邪悪な印象は受けない。一方ゴルベーザのほうも何かを感じていた。
「ずっと以前にもどこかであったような・・?」
ゴルベーザはしかし思い出せない。彼はくるりときびすを返した。
「ここはひとまず退散するとしよう。」
ゴルベーザはデジョンを唱えて消えてしまった。セシルはなぜゴルベーザが自分に一度も攻撃を浴びせないのかふと不思議に思った。
☆
一方テラは、ゴルベーザを追うだけの体力も魔力も残されてはいなかった。テラはガクっと倒れこんでしまった。シドは真っ先にテラに駆け寄り、抱え込んだ。
「おい、くそジジイ!しっかりせんかい!!」
シドが半狂乱になってテラに呼びかける。セシルもすぐに側に行ってケアルをかけたが、少しも効果がなかった。
「そんな!ギルバートに何て言えば・・!?」
セシルはあきらめずにさらにポーションを取り出したが、テラはそれを口にしようとしなかった。
「セシル、わしのことはもうよい!憎しみに身を任せた結果じゃ。あの男にはわしやアンナの分も生きよと伝えてくれ・・。」
「テラ、そんなこと言わずに・・!」
セシルは悔しかった。ゴルベーザがまだやられていないのに、テラが死んでいいはずはない。しかし今のテラには憎しみすら残っていなかった。憎しみの心で相手を倒そうとしても自らが滅びるだけだと身をもって知ったのである。
「ギルバートには仇討ちなどさせてはならん!それよりも、わしらの分まで長く生きてくれるよう伝えてくれ・・!!」
テラは最期にこういい残して息絶えた。
「コラ、くそジジイ!動け!!」
シドは半狂乱になって号泣している。セシルは涙を流してなすすべもなく立ち尽くしていた。ヤンも目に涙を浮かべていたが、静かにテラの両目を閉じて抱え上げた。
「セシル殿、シド殿、気持ちはわかるが、こんなことをしている場合ではなかろう。」
ヤンに声をかけられたセシルとシドは涙をふいて立ち上がった。
☆
セシルは縛られて動けないローザに駆け寄り、その縛めを解いた。テラのことは哀しいけれど、今は生き残った人のことを考えなければならないのだ。
「ローザ、つらかっただろう?助けが遅くなって悪かったね。」
「いいのよ、あなたが来てくれるって信じていたから。」
自由に身体が動かせるようになったローザは、愛しい男の胸に思いっきり抱きついた。どんなにセシルに会いたかったか。セシルは一度だけローザをきつく抱きしめたが、すぐにそれをゆるめた。
「僕らにはまだしなきゃならないことがあるんだ。」
「そうね!」
2人はそう言って倒れていたカインに駈け寄った。カインはすぐに気が付いた。
「・・俺は、一体今まで何を・・?」
「カイン、正気に戻ったのね。良かったわ!!」
カインはゴルベーザの術から解放されて正気に戻った。だが操られていた時のことを全て忘れているわけではなかった。なぜ操られていたのかも知っている。
「ローザ、セシル・・すまない!何と言ってわびればよいのか・・。」
「カイン、気にしないで・・。あなたが操られていたことはわかっているわ。」
ローザはカインに優しくほほえみかけた。カインはよけいに心が痛んだ。
「確かに俺は操られていた。だが操られながらも君に側にいて欲しい。そう思いながら操られていたのだ・・。」
「カイン・・。」
セシルはカインがローザを好きなことを知っていた。自分とローザが愛し合っているのをいつも見守っていてどんなにつらかったことだろう。
「カイン、すまないと思っているのなら、僕達と一緒に来てくれ!君が力になってくれれば僕は心強いよ。」
「しかし・・。」
「私からもお願い、カイン。」
ローザも優しいまなざしでそう言った。
ややあって、カインは承知した。
「望む所だ。お前たちには借りを返さなければならないからな。」
セシルとカインは固く握手を交わした。
☆
セシルとカインが出口らしき場所を探していると、バルバリシアが現れた。彼女はいつになく神妙で、真剣な顔つきをしていた。
「ゴルベーザ様に逆らうつもりかい?愚かな・・。」
「バルバリシア、俺はお前とは戦うつもりはない!お前は根っからの悪人じゃない!!」
カインはバルバリシアがゴルベーザの手下でなければ、良き親友になれると思っていた。ローザも同意見であった。
「バルバリシア、お願い!!」
「フッ!アタシは仮にもゴルベーザ様に仕える四天王の一人、風のバルバリシア!!カイン、あんたのことは嫌いじゃないけど、こればっかりはどうしようもないよ。アタシにだって立場ってものがあるからね・・。」
バルバリシアは身構えた。スカルミリョーネやカイナッツォと違って非道なことはしないが、ゴルベーザに忠実に仕えた女四天王。彼女はどうあってもセシル達と戦うつもりである。
「遠慮なく斬らせてもらうぞ!!」
「望む所さ!どっちが勝っても恨みっこなしだからね!!」
バルバリシアはそう言うと、長い髪をバリアにして実を守った。これでは攻撃が届かない。サンダーを使える者が今のメンバーにはいないので彼女に決定的なダメージを与えることができない。
「俺の出番だな!」
カインは竜騎士の特性を生かしてジャンプし、バルバリシアに飛びかかる。これならかなりダメージを与えることができる。さらに予期せぬこともあった。カインのジャンプ攻撃をくらったらバルバリシアのバリアが解けたのだ。
「よし、その間に攻撃しよう!」
バルバリシアがバリアを作ると、カインがジャンプ攻撃し、バリアが解けた後、シド、ヤン、セシルが一気に攻撃する。ローザは回復に専念する。バルバリシアは四天王だけあって相当強く、皆体力を消耗していた。しかし彼らにも意地がある。ここでへこたれるわけにはいかなかった。
「ウッ!ここまでか・・!!」
ついにバルバリシアが倒れた。カインは駈け寄って抱き起こす。
「バルバリシア、すまない・・。」
「よしなって・・。恨みっこなしって言ったじゃないか!!」
バルバリシアは心なしかうれしそうだった。ゴルベーザの部下である以上、セシル達と戦うのはさけられなかった。しかし好きな男の腕の中で死ねるなら本望といえた。
「ここはもう爆発するよ。早くお行きよ!」
バルバリシアはそう言って息絶えた。カインはバルバリシアを床に下ろし、きれいに手を組み、その両目を閉じた。カインは目に涙を浮かべながらもさりげなくふるまった。
「セシル、行こう!俺たちにはまだやるべきことがあるからな・・。」
カインはローザに目で合図をすると、ローザは力強くうなずいた。
「さあ、脱出するわ!皆、私につかまって!!」
ローザは皆と一緒に白魔法テレポでゾットの塔から脱出した。皆が無事土の上に着陸した時、上空ですさまじい爆音が鳴り響いていた。
☆
セシル達は、ダムシアンにあるアンナの墓にテラを埋葬した。ゾットの塔から真っ先にトロイアのギルバートの所に行った彼らは、テラのことを報告し、アンナとテラの分まで精一杯生きることをギルバートに約束させた。さすがにギルバートはショックを隠せないようだったが、彼はテラをダムシアンの墓に埋葬させて欲しいとセシルに頼み、セシル達はそれに答えたというわけである。本当ならギルバート自身の手で弔いたかったが、彼はまだ動くこともままならない病人であった。
「ギルバートは吟遊詩人。きっとテラの事も、僕らの戦いの事も詩にして語り伝えていくだろうね。」
セシルは温和でおとなしいギルバートには、仇討ちよりもそのほうがいいと思った。だがセシル達はそんなわけにはいかない。
「ジジイのためにもゴルベーザを倒さねば・・!!」
「これ以上奴の好き勝手にさせてはならぬ!!」
カインは道具袋から何やら赤い石を取り出した。マグマの石と呼ばれるどことなく神秘的な石である。
「ゴルベーザは、今度は地下世界にあるクリスタルを狙っているらしい。この石が地下世界に行く鍵らしい。アガルトの村の井戸に投げ込むとか言っていたな。」
一同は驚いた。地下に世界があるという事自体知らなかった。
「とにかくアガルトの村に行ってみよう。」
5人はバロンのはるか南にあるアガルトの村へ向かった。
☆
アガルトはバロンの領土であるが、海を隔てた辺境の村で、あまり外から人が訪れることはないらしい。その村の人々は黒い肌と小柄でがっしりした体つきをしている。ドワーフの血を引いているという噂もある。また彼らの先祖ははるか地下の国からきたという噂もあった
☆
セシル達は、この村でコリオという天文学者にあった。この家では天体望遠鏡なるものがあり、コリオはセシル達に月の様子を見せてくれた。
「ここから2つの月が見えるが、一方には生物がいないが、もう一方にはどうやら生物が棲んでいるようなのだ。何やら様子が変わってきているが・・。」
コリオは色々と月の様子を話してくれた。
「もしかしたら神様でも住んでいるかもしれないわね。」
ローザがそう言うと、コリオはそんな非科学的なことは信じないと、首を横に振った。このコリオという人物は、性格的には親切で人好きのするタイプだが、どうやらこういう科学者にありがちな無神論者らしい。
「まあ、そんなことはどうでもいい。それより、その石について何かわかったのか?」
カインは、月の話を聞きに来たわけではないと、話を促した。セシル達がコリオの家まで訪ねたのは、彼にマグマの石について調べてもらうためだった。天文学者なら多分鉱物にも詳しいだろうと思ったのだ。そしてそれは正しい選択だった。
「これはわかりやすく言うと、溶岩に触れるとものすごい爆発を起すものなのだ。確かこの村の井戸の水は少し温かいが、これは北の火山の影響だろう。」
セシル達はそれだけ聞くと、コリオに礼を言って、またお会いしましょうと、彼の家をあとにした。
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セシル達は、井戸までやってきた。気の遠くなるほど深そうな井戸だが、確かに水がぬるい。セシルはマグマの石を手にとってながめた。ほのかに熱を感じ、硫黄のような臭いがする。
セシルは思い切ってその石を井戸の投げ込むと、ものすごい爆音が聞こえた。まるで火山が噴火するような、地面が割れるようなすさまじい音だった。
・第13話 「リディアとの再会」
・第11話 「土のクリスタル」に戻ります
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