【13、リディアとの再会】
アガルトの北の山にポッカリと開いた大穴から、セシル達は地下世界にやってきた。しかしここで赤い翼に襲撃されてしまった。
「クソッ!追いつかれちまう!!」
「とにかく全速力で振り切ろう!!」
エンタープライズ号はこの世界で一番速いとシドが自負している飛空艇である。エンジン全開にしてものすごいスピードで赤い翼を振り切っていく。何とか赤い翼の追跡からは逃れられたが、砲撃を受け、船体は傷だらけである。おまけに燃料もない。
「しまった!落ちる!!皆しっかりつかまっていろ!!」
シドの言うとおりにセシル達は船体にしっかりとしがみついていた。エンタープライズ号は急降下していった。
☆
セシル達が気づいた時、そこは全く知らない世界だった。妙に薄暗いが、ひどく高温である。
「皆無事か?」
セシルが呼びかけると、皆気づいて起き上がった。シドに飛空艇の様子を聞くと、エンジンがやられて動けなくなっているとのことだった。
「物資があればすぐに直せるが・・。」
シドが辺りを見回すと、意外に近い所に立派な城がそびえている。望遠鏡でのぞいてみると、子供くらいの身長の、長いひげをはやした者達が、元気よく動き回っている。
「邪悪な者達ではないわ。あれはドワーフといってとても気のいい種族よ。」
「よし、ちょっと行って見よう。」
セシル達は城に入っていった。
☆
ドワーフ達は、とても温かく迎えてくれた。シドは特に打ち解けていた。
「ドワーフは初めて見るが、ずいぶん友好的な種族だな。」
あまり取っ付きの良いとは言えないカインでさえ、気持ちを和ませていた。
ローザは、背の低いドワーフたちの中に、ひときわ小さくてリボンをつけた女の子がいることに気が付いた。少し大きめなリボンといい、赤いフリルの付いたドレスといい可愛くて、なかなか似合っている。だが、何か困っている様子であった。
「どうしたの?お嬢さん。」
ローザがたずねると、ドワーフの女の子は、最初はとまどっていたが、ローザが優しそうなので安心した様子である。
「ルカのお人形が足りないの!」
ローザはルカを手伝って探したが、見つからなかった。侍女のドワーフが、ルカを呼びにやってきた。
「ルカ姫様、お勉強の時間ですよ!!」
どうやらルカはこの城の王女らしい。通りで他のドワーフに比べて服装が豪華である。ルカはローザにお礼を言って行ってしまった。
「ありがとう、お姉ちゃん。また後でね。」
ドワーフの王女はテクテクと行ってしまった。ローザはその後姿に見とれてしまっていた。なんとも言えず微笑ましい。セシルもその様子を優しい目で見つめていたが、いつまでものんびりしているわけにはいかなかった。
「ローザ、僕達もドワーフの王様に会いに行こう!!」
「そうね。あの子の人形はあとでひょっこり出てくるわよね。」
4人は、ドワーフの兵士に案内されてドワーフの王の間に向かった。
☆
ドワーフの王ジオットは、他のドワーフ達同様、友好的な態度でセシル達に接してきた。それになかなか豪快で、器の大きな人物のようである。バロンとはまた違ったタイプの名君と言えた。
「そなたたちは心の正しい者達のようだな?あのゴルベーザとは全然違う!」
セシルはゴルベーザと聞き、少し顔つきをしかめた。
「ゴルベーザを知っているのですか?」
ジオットの話によると、この城にある闇のクリスタルを狙っているとの事だった。セシルは今までの自分たちのことを話した。
「実は僕達もゴルベーザと戦っているのです!彼にクリスタルが渡らないようにと、この地下世界にやってきたのです!!」
ジオットはそれを聞き、さらに好意的になった。
「ほう、それは良い!気に入った!!聞けば、そなた達の飛空挺が壊れたとのことだが、この城にあるものを使って直してはいかがかの?」
それを聞き、最も喜んだのは当然ながらシドだった。シドは早速部品の置いてある部屋へと行ってしまった。
「全く元気なじいさんだな・・。」
カインがあきれてその後ろ姿を見送っていた。
「それはそうと、この世界のクリスタルはあと2つあるのだが、その1つがこの後ろにあるのだ。」
ジオットはイスの後ろを指差した。
「後ろって言うと、その、つまり・・?」
「そうじゃ。玉座の後ろがクリスタルルームとなっておる!!」
それを聞き、皆感心した。
「そんな所にあるとは誰も思わないでしょうね。」
「全くだ!こんな安全な隠し場所はないな!!」
セシル達は皆安心してしまった。しかし壁に耳あり、障子に目ありという諺があるように、油断は禁物だった。
☆
何か小さな影が動いたのをヤンは見逃さなかった。
「何者かが話を聞いていたようだった。今その後ろの部屋に向かったようだが・・。」
「そんなバカな!そんな狭い隙間、子供だって通れないだろう。いくらドワーフが小さいからって・・!!」
「万が一ということもあるな。とにかく行ってみよう!!」
ヤンの言うようにセシルたちはジオットにどいてもらって、クリスタルルームにむかった。すると、人間の赤ん坊よりもさらに小さな人形が6体踊っていた。外見は愛らしいが、何か妖気のようなものが漂っている。
「ボクらは陽気なカルコ!」
「そしてボクらはカワイイブリーナ!」
「さあ、ボクらがいざなってあげるよ!死の世界へね!!」
人形たちがセシルに襲い掛かる。可愛い人形だと最初は侮っていたが、思いのほか強く、何より動きが素早い。そしてさらに驚いたことに、6体が合体し、巨大な人形に姿が変わった。
「ゲッ、合体しやがったか!」
「ローザ、君は攻撃よりも補助をしてくれ!カインはジャンプ攻撃でできるだけダメージを受けない様に気をつけてくれ!!」
そして残りの2人はひたすら攻撃した。ローザが2人に回復魔法だけでなく、動きを素早くするヘイストという魔法や、敵の攻撃をかわしやすくするブリンクという魔法をかけてくれた。そしてどうにか合体した人形を倒した。
「ふう・・。どうにかクリスタルは守れたな。」
セシルが安心して後ろを振り返った時、思わずアッと声をあげてしまった。このすさまじい暗黒の気、圧倒的な威圧感。まさかこんな所へ現れるとは思いもしなかった。
「フフフフ!こいつらはただのスパイだ。お前たちのおかげでクリスタルのありかがわかった。礼を言わせてもらおう!!」
セシルたちの後ろに立っていた人物は、あのゴルベーザであった。
☆
その頃、青いドレスを着た美しい中年の女性が、水晶玉を眺めていた。水晶玉には黒い竜に姿を変えられた一人の少女の姿が映し出されていた。
「人にも竜にも属すことができないばかりに、何という哀れな・・。」
女性はこの少女と知り合いというわけではない。詳しいことは彼女にも何もわからない。だが、混血というだけで、人からも竜からも忌み嫌われたというこの少女が哀れでならなかった。少女は確かに自分の境遇や自分を阻害した者を憎んでいたけれど、それはそんなに強いものではなく、普段は意識すらしていなかった。そして少女は憎しみのあまり竜に姿を変えられながら、今も苦しみ、哀しんでいた。
「王妃様、今から行ってまいります。」
女性は後ろから声をかけられ、サッとその水晶玉を隠した。現れたのは、緑色の髪をした目も覚めるばかりの美しい娘である。年は20歳前後だろうか。細身ながら均整の取れた身体つきといい、整いすぎるといってもいいほどの稀有な美貌の持ち主である。そして、その澄んだ緑色の瞳はまるで幼子のように無垢であった。
「行く前に話しておきたいことが・・。」
王妃と呼ばれた女性は、自愛に満ちた目で娘を見つめた。娘といっても別にこの2人は親子ではない。しかしこの2人の気持ちは確かに母と娘のようなものであった。
「いつも言っているように、これはこの星にいる全ての生命の戦いなのです。親の仇だとか、個人的感情での話ではないのです。」
「はい。」
娘はまっすぐに王妃を見つめた。その目を見て、王妃は愛おしさのあまり抱きしめた。
そして娘を手放すと、力強く言った。
「さあ、お行きなさい。あなたの優れた能力と穢れない心で仲間を救うのです!!あなたにはもう教えることは何もありません!!」
「ありがとうございます、王妃様!!」
娘は王妃に一礼したあと、かつて自分を連れてきた巨大な竜の背に乗った。竜は言った。
「では行こう!ただしわしは力を貸さぬ。もしわしや王妃の力を借りたければもう1度ここへ来るがよい。お前の信じる仲間と共に・・。」
「はい、王様もお元気で!!」
竜は娘をドワーフの城の前まであっという間に連れてきた。彼女は竜の背から飛び降りてかつての仲間のいる場所へと向かった。彼らの窮地を救えるのは自分しかない。
「待っていて、セシル!!」
娘は祈るような気持ちで走っていった。
☆
ゴルベーザはセシル達の前に現れ、真っ黒な竜を召喚した。竜はそれほど大きくなく、威圧感もあまり感じさせなかったが、にじみ出る負の力ははかりしれないものであった。
「さあ、黒竜よ。奴らにその憎しみの力を見せ付けるのだ!!」
「グガガガー!!」
黒竜は身も凍るような冷たい紅い目を4人に向けた。まるでガーネットという宝石のように美しい目ではあったが、その目にはドス黒い憎しみと狂気を宿していた。
「どうだ、黒竜の暗黒の力は・・!」
ゴルベーザの高笑いが聞こえる。黒竜の放つ邪気に、カイン、ローザ、ヤンの3人は動くことすらできなくなってしまった。光の力を持つセシルですら気分が悪くなりかけた。黒竜が鋭い憎しみの目でセシルを貫こうとしたその時だった。
「何をしている、黒竜!?早くやらぬか!!」
黒竜は急に動かなくなった。そしてそこに神秘的な姿をした白い竜が現れた。それは、かつてセシルとカインが倒したミストドラゴンに酷似していた。
「霧をつかさどる白き幻獣ドラゴンよ。汝の聖なる力にて悪しき力を浄化せよ!」
ドラゴンは黒竜に霧のブレスを浴びせた。黒竜はドラゴンの息である霧に包まれ、もがき苦しんでいた。
「大丈夫、セシル!?」
「そ、その声は!?」
現れたのは、緑色の髪の美しい娘である。セシルはこの娘が誰なのかすぐにわかった。セシルの知っている人間で、幻獣を召喚できるのは彼女しかいない。
「リディア?」
「もう大丈夫。あたしも一緒に戦うから。」
リディアは次の召喚魔法を唱え始めた。セシルはリディアをかばいながらゴルベーザに向かっていった。リディアはその間に火の幻獣イフリートを召喚していた。火を恐れていた彼女がイフリートを召喚するのは、複雑な気がしたが、彼女は恐れずにやってみせる。
巨大な真っ赤な幻獣が、ゴルベーザにむかって炎を吐いた。ゴルベーザは地獄の火炎と呼ばれるその炎によってひどい火傷を負ってしまった。彼は火傷を負った自分の利き腕から小手をはずし、捨てゼリフをはいてデジョンを唱えた。
「勝ったつもりでいるがいい。貴様らに一泡拭かせてやる!!」
彼は黒い小手を残して、何やら意味ありげに去っていった。
☆
セシルとリディアは、ゴルベーザを取り逃がしたことを残念に思った。けれど、皆が無事だっただけでも幸いだと思い直し、彼らを助け起した。
「みんな、大丈夫?」
リディアはローザに手を差しのべた。ローザはすぐにリディアだとわかり、礼を言った。
「ありがとう、リディア。あなたが来てくれなかったら皆命を落としていたかもしれないわ。」
「私からも礼を言わせてもらおう、リディア・・殿。」
しかしつい先日までほんの小さな女の子だったリディアが、こんな美しい妙齢の娘になっていたのは驚きだった。
「だけど、どうして君はそんな姿に?」
「あたしはセシル達と離れて幻獣達のいる幻界という所にいたけど、そこは人間界とは時間の流れが違っていて・・。」
詳しいことはリディアにもわからない。ただそこにいてリディアが肉体的にも能力的にも成長したことは確かなのだ。カインだけはまだリディアが誰なのかつかめない。
「おい、セシル。俺には話が読めん!この娘は一体誰だ?!」
「ミストのリディアだよ!お前も会っただろう。あの時村にいた小さな女の子だよ!!」
「な!?あのときの子供が・・?!」
カインは絶句してしまった。確かに愛らしい少女ではあったが、まさかこれほど美しい娘に変身を遂げるとは思いも寄らなかった。
「リディア、ありがとう!君には何てお礼を言ったら良いのか・・。でもどうしてここへ?!」
「あなた達と一緒に戦おうと思って。白魔法は使えなくなってしまったけれど、その分黒魔法はたくさん覚えたし、召喚能力も上がったわ。足手まといにはならないから!!」
リディアは力強く言った。あの頃から芯の強い子だとは思っていたが、さらに精神的にたくましくなったようである。
「どうして、リディア?!僕は君の村やお母さんを・・!!」
セシルは驚いた。彼女にはどんなに償っても償いきれないほどのことをしている。それなのに彼女は自分を助けてくれたばかりか、自分たちの戦力になり駆けつけてくれたのだ。
「言わないで!!これはね、皆の戦いなの!!幻獣の王妃様に言われたの。あたしの力をこの世界の全ての生命のために使いなさいって!!」
リディアは屈託なく笑った。この無垢な笑みは確かにリディアらしいと思った。彼女は確かに成長したけれど、変わっていない所もある。それがこの笑みと無垢な魂である。何度彼女に救われてきたことか。そして今回も彼女の召喚士としての能力と子供のときからの変わらないけなげで純粋な心に救われたのである。
「とにかく無事でよかった。皆もクリスタルも・・!」
セシル達がそういって喜んでいると、再びあのまがまがしい声がした。
「あいにくだが、クリスタルだけはもらっていこう!」
セシル達が辺りを見回すと、そこにはドラゴンによって倒されたはずの黒竜がいた。
☆
セシル達が黒竜に対して、身構えると、クリスタルが動き出していた。ゴルベーザの小手がそのクリスタルをしっかりとつかんでいたが、セシル達は黒竜がゴルベーザの意思で動いていると思い込んでしまった。リディアはしかし黒竜がだんだん青く変化していることに気が付いた。
「彼女は違う!あの小手がゴルベーザの意思によって動いているの!!」
リディアの言うとおりだったが、遅すぎた。クリスタルはゴルベーザの意思を宿した小手によって奪われてしまった。
「何ということだ!クリスタルが奪われてしまったなんて!!」
「クリスタルならバブイルの塔にあるわ。それより今は彼女を手当てしないと!!」
リディアは、暗黒の力が抜けて、きれいな藍色になった竜に近寄った。
「リディア、なぜ、黒竜を?それにさっきからあなたが言っている彼女って誰のことなの?」
ローザの質問にこたえる必要はなかった。竜は、角と尻尾を持った藍色の髪の美しい少女の姿に変わって倒れこんだ。
・第14話 「竜の血を引く乙女」
・第12話 「ゾットの塔」に戻ります
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