【14、竜の血を引く乙女】
ネフティはドワーフの救護室で寝かされた。ドラゴンから受けたブレスのダメージだけでなく、無理やり黒竜に変化させられたことでエネルギーをかなり消耗していたようである。
「それにしても、まさか黒竜がネフティだったとは!」
彼女と面識のあるカインがもっとも驚いていた。
「リディア、なぜ彼女が黒竜だと・・?」
「幻界の王妃様に彼女のことを少し聞いていたの。もっとも私も詳しいことは知らない。でも感じる。とても強い幻獣の力を・・。」
「幻獣!?彼女が・・?」
今目の前で眠るネフティは、角や尻尾のことを除けば、ごく普通の少女である。
「この人はたぶん半竜。それも私が呼び出したようなドラゴンよりももっと上級の竜を親に持っていると思う。あの黒竜の姿は呪いによるものじゃなくて彼女の形態の1つだと思う。今のこの人ではあの形態をとるのは相当きつかっただろうね。」
リディアはネフティを助けることができて良かったと本当に思った。彼女が暗黒の力に支配されたのは確かだが、心の底まで闇に染まったわけではなかった。もし彼女に良心が残っていなかったら、セシルまであの場で倒れていたろうし、彼女が元の姿に戻ることも不可能だったに違いない。
☆
ネフティは1時間もたたないうちに、意識を取り戻した。
「こ、ここは・・?」
「気づいたのね。良かったわ!!」
ネフティは自分が助けられたことを悟り、哀しげに言った。
「ごめんなさい!私は皆さんに優しくしてもらう資格なんてないのに。」
「何を言うのだ?君が操られていたことくらい俺達にもわかっているさ。」
同じように操られたカインには、彼女のつらさが痛いほどわかる。
「でも操られたのは、私がこんな力を持っていたから!私は存在してはいけない者なのかもしれない!!私は人間でも竜でもないから・・。」
リディアは思わずネフティのほおを引っ叩いてしまった。
「絶対にそんなことあるわけない!!人間か竜かなんてどうでもいい。命がある以上、あなたはこの世界で必要な存在なの。」
「でも、私のせいで、クリスタルは奪われてしまった。私、人を憎まないようにしてきたつもりなのに・・。」
「人を憎む感情なんて誰だって持っているよ!あたしだって・・。」
リディアは、今度は優しくネフティの背をなでた。竜とのコミュニケーションにはこんなスキンシップが良いらしい。もっともリディアは意識してそうしたのではなく、ごく自然にそうしただけなのだが。
「ネフティ、全て話してごらんよ。話せば楽になれるかもしれない。」
ネフティはリディアや周りの人間の優しさに心を開き、少しずつ話し始めた。
☆
ネフティは、竜と遊牧民族の娘との間にできた混血であった。人と幻獣との間に子供ができるというのは極めて珍しいが、皆無というわけではない。たいていは、その混血児は、どちらか一方の能力を受け継ぐに過ぎず、幻獣として生きるにしろ、人間として生きるにしろ、特に問題のない一生を送る。
しかし幻獣の中でも誇り高き竜と人間との間に子供が生まれた場合はそうではない。どちらも自分の種に誇りを持ち、純血主義を貫きたがる種族のため、その子供がいかに高い能力を持っていようとも、どちらからも受け入れられない存在となるのだった。
ネフティの母は部族の者達に、竜との混血であるネフティを殺すようにせまられた。しかし彼女は我が子を手にかけることはできなかった。彼女は娘を連れて部族から離れ、砂漠をさまよったが、やがて力尽き、死んでしまった。ネフティは、そこであの善良なカイポのイサクに拾われたのである。
「私を拾ってくれたイサクおじいちゃんとリベカおばあちゃんは、私を本当に大切に育ててくれました。カイポの村の人達もみんないい人達で、私は幸せでした。けれどこの人達が優しいのは私の本当の正体を知らないからではないかという思いが消えなかったのです。私が操られたのはこの卑しくて汚い心のせい・・。」
ネフティは目にいっぱいの涙を浮かべていた。彼女を責める者は誰もいなかった。リディアはイサク夫婦から託されていた金の髪飾りを取り出してネフティに差し出した。
「これ、イサクさんとリベカさんがあなたに渡してくれって!」
「こ、これは?」
「あなたのお母さんの形見らしいよ。あなたに今までこれを渡せなかったのはあなたにつらい思いをさせたくないからだって。お母さんに死なれてつらい思いをしたことを思い出させたくないからだって言っていたよ。」
「!!」
ネフティは金の髪飾りを受け取ると、それを抱きしめて声を殺して泣いていた。彼女はさまざまな思いをその胸にきざんでいるのだろう。リディア達はあえて彼女には何も言わず、ネフティを1人にさせてやった。
☆
ネフティが落ち着いて部屋から出てくると、皆彼女に自分を責めなくて良いと言い聞かせた。
「クリスタルのことは気にしなくていいよ。これからバブイルの塔へ行って取り戻しに行くよ。」
セシルは彼女が責任を感じてつらい思いをしなければいいと願うばかりだった。
「君はもう自分を責めることはない。悪いのは君の弱みに付け込んだあいつだ!!」
カインは彼らしくなく、声を荒げて言った。彼女の気持ちは彼が一番理解していた。
自分が操られたのは身から出たさびの部分もあると思ったが、ナイーブな彼女の心につけこんだことは許せなかった。
「あなたとはもっとゆっくり話したいな。必ず無事戻ってくるから待っていて!」
リディアはネフティと仲良くなりたいと思った。彼女は、自分が卑しくて汚いと言っていたけれど、リディアはそうは思わなかった。誰にだって人を憎む気持ちはあるのだし、彼女の憎しみは無理もないと思うのだ。むしろ彼女がそこまで追い詰められたのは竜や人間のほうの責任ではないだろうか。
ローザとヤンは特に彼女に声をかけなかったが、気持ち的にはリディアと同じようなものであった。ただこの少女の心が癒される時が来ることを願うばかりだった。
「そんなわけだから俺たちはここで待っていよう!!飛空艇の整備もせねば!!」
シドは豪快に言って彼女の気持ちを和ませた。彼女は皆の優しさに感謝し、にっこりと微笑んでうなずいた。まだふっきれてはいないが、皆にこれ以上心配させたくはない。
「皆さん、必ず無事帰ってきてくださいね!!」
ネフティは皆の無事を祈って見送った。
・第15話 「マッドサイエンティスト」
・第13話 「リディアとの再会」に戻ります
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