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【25、恋心】

  セシル達はランに借りたフライパンを返しにファブールへ行った。ランはセシル達から話を聞き、安心していた。
「そうかい。うちの夫は頑丈なのが取り柄だからね。」
「ありがとう。これはお返しします。」
 セシルがフライパンを返すと、ランは恐縮していた。
「それにしてもわざわざすまなかったね。そのかわりお礼といっちゃ何だけど、何かに使えないかね?」
 ランはごそごそと台所から何か持ってきた。それは見るからに鋭そうな包丁であった。
「武器として使うにはちょっと小さすぎるけど、確かに何かに使えそうですね。でもいいのですか?」
 ランはかまわないと言った。切れすぎて使い勝手が悪いとのことである。
「ま、もらっておこうぜ!手裏剣のかわりになるだろう。」
 エッジはそう言って包丁を布で包み、袋の中に入れた。
「ありがたく使わせていただきます。ランさん、ヤンは必ず戻ってくるので元気で待っていてください。」
 セシル達はランにそう言い残して次の目的地バロンへむかった。
                    ☆
 セシル達がバロンに向かった理由はシドから娘のニコラ宛に手紙を託されたからである。ニコラは相変わらず元気で、セシル達を温かく迎えてくれた。
「ああ、良かった。セシルもローザも無事に戻ってきてくれて良かったよ。カインの姿が見えないけど元気なのかい?」
「カインはちょっと理由あって僕らのパーティからぬけているけど、元気でいるよ」
 セシルはニコラにはあまり余計なことを言わないほうがいいと思って本当のことを言わないでおいた。
「まあ、元気ならいいけどね・・。」
 ニコラはまあカインのことだから大丈夫だろうとそれ以上深くつっこまなかった。
「実はシドも生きていたよ!!今はまだドワーフの城にいるけど!!」
 セシルはニコラに一番報告したかったことを話した。ニコラは驚きとそれ以上の喜びで表情が崩れた。
「生きているって信じていたけど・・!!」
 ニコラは笑みを浮かべながらぽろぽろと涙を流していた。よほどうれしかったのだろう。
その場にいたローザやリディア、ネフティまでもらい泣きしてしまった。
「それでそのじいさん、いやあんたの親父さんから言伝を頼まれたぜ。これをあんたに渡してくれって。」
 エッジはニコラにシドからの手紙を手渡した。ニコラはそれを受け取ると、中身を見ずにとりあえずそれを机の上に置いておいて、涙を振り払って言った。
「それじゃ、今夜は飲もうよ!親父が生きていたこととあんたたちのこれからの活躍を祈ってさ!!」
「おっ、あんた話せるねえ!それじゃ遠慮なく飲ませてもらうぜ!」
 エッジは飲む前から調子に乗っていた。
                    ☆
 セシルもローザもエッジも上機嫌で酒を飲んでいた。エッジは妙にニコラと話が合うようですっかり打ち解けていた。
「しかしおめえも本当に豪快なやつだな?女にしておくのは勿体ねえ!」
「あんたみたいなはっきり言う男はいないね!気に入ったよ!!」
 仲の良い男女というより、異性の悪友という雰囲気である。しかしリディアはどういうわけかあまりいい気分ではなかった。皆が楽しそうに飲んでいるのだから、それを笑ってみていようと思っていたのにどうもそんな気分になれない。自分が酒を飲めないせいだろうか。
「どうしたの、リディア?」
 同じく酒の飲めないネフティがリディアのそんな様子に誰よりも早く気付き、心配そうに声をかけた。
「ねえ、ちょっと外に出てみない?」
 リディアは外の月をながめにネフティを誘った。ネフティもどちらかというとお酒の場というのは苦手なのでリディアにつきあうことにした。
                    ☆
 リディアは外に出て月をながめていたが、エッジのことが気になって仕方がない。
「エッジってどうしてあんなにお調子者なのかな?ニコラさんにすっかり鼻の下伸ばしちゃってさ。」
 リディアはエッジの悪口を言い始めた。ネフティはずっとそれを黙って聞いていたが、リディアは急に黙ってしまった。
「リディア、どうしたの?」
「どうしてネフティは否定しないの?」
「エッ?」
「エッジが『お調子者で、行儀が悪くて、女好きで、単純で、いい年をして子供っぽい』って言っているのにどうして反論しないの?」
 リディアは訴えかけるような目でネフティを見て言った。
「だけど、それはリディアが言ったのよ!」
 ネフティは面食らった。リディアが本当は否定して欲しかったのはわかったが、それなら自分から悪口を並べ立てることはないと思う。
「そうだよね。あたしが言ったのにね。それなのにネフティに怒るなんてあたしどうかしているね。」
 リディアは、今度は自嘲気味に言った。今の自分は確かにおかしい。エッジがお調子者で、行儀が悪くて、女好きで、単純で、いい年をして子供っぽい、と思っているのは自分である。そもそもなぜ自分がエッジのことをこんなふうに悪く言ってしまうのかわからない。そう言えばリディアはセシルやローザには言わないようなきつい言葉も、なぜかエッジには言ってしまう。今まで意識したことはなかったけれど。
「お調子者でもいいじゃない?それがエッジさんらしいところなのよ。それにエッジさんは男らしくて優しくていい人だと思うわ。」
 リディアはうなずいた。
「ありがとう。ネフティは本当に優しいね。」
 ネフティは笑って首を振った。ネフティは、エッジがリディアを好きなことに気づいていたが、彼から自分の気持ちは自分で伝えるからと口止めされていた。
「あいつにはまだ言わないでくれ!あいつはまだ大人と子供のバランスがとれていないからな。いきなり言っても面食らうだけだろうから。」
 エッジはそう言ってリディアを見守り続けている。ネフティは、リディアのほうも少しだけエッジに好意を抱きはじめていることに気が付いた。リディアが少し腹を立てているのはニコラに対して軽い嫉妬心があるからであろう。
「リディア、私はまだ恋をしたことがないからわからないけど・・。」
 ネフティは少し真面目な顔つきになって言った。
「恋ってつらいこといっぱいあると思う。カインさんも、ニコラさんも、シルフの女王様もすごくつらいと思う。でもセシルさんやローザさんみたいにお互いに愛し合っているのを見ていると、いいなあって思うの。」
 これにはリディアも同感である。カインには気の毒だと思うが、これほどのベストカップルはないかもしれない。
「私、セシルさんもローザさんも好きだから幸せになって欲しいって思っているわ。そしてあなたにも・・。」
 リディアはなぜここでネフティがそんなことを言うのかわからなかった。しかし彼女が自分のことを思っていてくれるのはうれしいと思う。
「ありがとう、ネフティ。お互いにいつか素敵な恋をしようね。」
 ネフティはそれに対しては答えず、軽く微笑を返した。無理にリディアに、意識させる必要はない気がする。そんなことをしなくても、リディアとエッジはいつかお互いの気持ちに気付く時が来るだろうとネフティは思った。
                    ☆
 ニコラはリディアとネフティがいないことに気が付き、2人の様子を見にやってきた。
「ごめんよ。あんたたちが飲めないことを忘れていたよ!こんなところでしゃべっていても風邪引くし中にお入りよ!!」
「あ、おかまいなく・・。」
 ニコラは遠慮がちなリディアに笑って声をかけた。
「王子様が、あんたがいないって急に機嫌が悪くなったのだよ!!」
「エッジが?」
 リディアはなぜか急に気分が晴れやかになった。自分のことを気にかけてくれるエッジのことをうれしく思う。
「じゃ、行ってきます!ニコラさん、いろいろ有り難う!!」
 明るく駆け込んでいくリディアの後姿に、ニコラは微笑ましさを覚えた。
「アタシは他人の恋路に邪魔をする趣味はないさ。アタシもエッジが気に入ったけど、あくまでも悪友としてさ。2人の恋をアタシも応援するよ。」
 ニコラはネフティにそっとささやいた。ネフティはそれを聞き、彼女の恋もかなうといいと思うばかりだった。

第26話 「幻界の聖騎士」
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