【26、幻界の聖騎士】
次の日、セシル達はニコラの家で遅めの朝食を済ませた後、バロンの城へ行った。ニコラに会ったついでに城の兵士たちの様子と、ローザの母にも挨拶していこうと思ったのである。
兵士たちはバロンが亡くなったことを今も哀しんでいたが、セシルが姿を見せたことで皆、救世主でも現れたように騒ぎ立てた。
「セシル様、亡き陛下の後継者となられるのはあなたしかおりません!」
「どうかバロンの新しい王となってください!」
セシルは少し困惑したが、皆の熱心な様子を見て、首を縦に振った。
「皆がそこまで言うのなら、考えてみるよ。」
「エッ!それでは?!」
兵士たちは目を輝かせた。
「しかしその前に僕たちにはまだやらなくてはならないことがある。それまでこの城を君たちの手で守っていてもらえないだろうか?」
セシルがそう言うと、新しい王の命令ということであればと、皆すっかり承知していた。セシル達はこれには苦笑を隠せなかった。
☆
セシル達がかつての仲間であったミシディアの双子の魔道士の様子を見に、王の間の前の部屋に立ち寄った。ポロムとパロムは今も石化した状態でそこにいた。試しに金の針で2人の石化を解こうとしたが、彼らの石化はやはり自分の意思によるものなので効果がなかった。
「ダメか・・。こんな幼い身で・・」
セシルの嘆きを聞きながら、皆それについて何も答えることができなかった。できることならばポロムとパロムを助けたいのは誰もが同じであるが、それができるのは残念ながらここにはいないのだ。
「セシルよ・・。」
嘆き哀しむセシル達に何者かの声が聞こえた。どこかで聞き覚えのあるなつかしい優しい声。セシル達が声のするほうを向くと、そこには今は亡きバロンが立っていた。
「お前の来るのを待っていた。地下室まで来るが良い!」
バロンの身体は透明になっている。
「陛下、一体?」
「話は私の部屋でしよう。ここでは他の兵士たちの目にふれて大騒ぎとなろう。」
バロンの身体はスウッと消えていった。セシル達は死人となったバロンの言葉に従って地下にあるバロンの部屋までいくことにした。
☆
セシルがこの部屋に入ったのは実は初めてのことだった。なんでも昔はここが王の間だったと言う話である。中は思ったよりずっと広い。古めかしい玉座にバロンは座っていた。
「陛下、お会いしたいと思っていました。」
セシルにとってバロンは父のような存在だった。彼があのように愛していつくしんで育ててくれなければ今の自分はなかったのだ。
「私もお前に会いたかった。お前は私の愛したテレサの子。いや今となってはそんなことはどうでもよい。私がこうしていられる時間は後わずかなのだ。」
「陛下、そんな、せっかく会えたというのに!!」
「セシルよ、つらいのは私も同じなのだ。しかし私はもうこの世の人間ではない。今私がこうしてお前たちの所に現れたのはお前達に新たな力を授けるため・・。」
バロンの姿が変った。巨大な神馬スレイプニルにまたがる銀色の甲冑を着たいかにも威風堂々した騎士の姿となっていた。その左手には丸くて大きな銀色の盾を持ち、右手には鉄をも砕くといわれる聖剣を手にしている。
「あなたは聖騎士オーディン!!『生前高潔な魂を持った騎士は、死して尚幻界の聖騎士としてよみがえる』という話を幻獣王から聞いたことがある!!」
リディアはオーディンとなったバロンに語りかける。
「いかにも!さあ、召喚士の娘よ。我を汝が力と欲するのならセシル達と共にその力を見せてみよ!そなたと契約を交わすのならば我は幻界の掟として汝らの力を見極めねばならぬ!!」
オーディンは斬鉄剣と呼ばれる聖剣を身構えた。その剣の手にかかった者は、たちまちのうちに肉の塊と化すといわれている。
「セシル、エッジ、ネフティ、ローザ!迷っている時間はないよ!!とにかく出しえる限りの力でオーディンを攻撃して!!」
そしてリディアは黒魔法ファイガを唱えた。オーディンを相手に戦う場合、時間が何よりも重要なのだ。召喚魔法は時間がかかりすぎる。
「よし、僕らは武器で力いっぱい攻撃しよう!」
セシル、エッジ、ネフティは続いて攻撃をした。一番速く行動できる攻撃が一番である。エッジは、忍術は唱えようかとも一瞬考えたが、単純攻撃のほうが確実にダメージを与えられると判断した。ネフティはトランスをしなかった。トランスにかかる時間は召喚魔法に比べたら短いけれど、そんなわずかな時間さえ今は惜しまれるのだ。
「さあ、今度は私の番だわ!!」
ローザは幻獣の町で手に入れた新しい弓「与一の弓」を持ち、思いっきり弦を引いてオーディンをねらう。彼女はこのところ回復役に徹していたが、ここは得意の弓でなんとかしなければならない。
「負けられない!私はここであなたの剣に倒れるわけにはいかない!私には愛するこの人がいる。この人と共に生きていきたいから!!」
ローザはそう言って一瞬セシルを見つめたが、すぐにオーディンを見据えた。オーディンの斬鉄剣がせまってきている。ローザは思いを込めて矢を放った。オーディンは矢によって倒れた。
☆
オーディンは死んだわけではない。幻界の聖騎士オーディンや、幻獣王リヴァイアサンなど選ばれた幻獣は天寿を全うするまで死ぬことのできない身なのだ。もし寿命が来た場合は次の者に力を継承しなければならない。それも幻界の掟なのだ。
「見事であった。セシルよ。よくぞここまで立派に成長した。父親としてこのようにうれしいことはない!!」
「陛下・・!」
セシルはもう泣かなかった。バロンは死んだわけではない。こうして幻獣としてよみがえって新たな力となってくれるのだから。
「そうだ、行く前にお前達に言わねばならぬことがある。ミシディアでは今、大いなる鯨を召喚する祈りがささげられている。」
「大いなる鯨?」
「月へ行くことのできる唯一の乗り物だ。セシル、クリスタルが闇の手のものに落ち、この世界は今滅びようとしている。月に行って月の民の館に行くが良い。そこにいる老人ならば、必ずこの世界を救ってくれるであろう。」
セシルは何と答えればいいのかわからない。しかしその老人に会うために月に行かねばならないと彼はなぜかそう思った。
「それから、そっちの半竜の娘よ。」
「はい・・。」
「月には幻獣神がいらっしゃる。幻獣神はそなたに会いたがっておられる。月に行ったらそなたは直ちに幻獣神の元に向かうが良い。」
ネフティはオーディンがリヴァイアサンと同じことを言うのが気になった。幻獣神とは一体何者なのか。そして幻獣神の真意とは。ネフティにはそれらのことは一切わからなかった。しかし彼女が幻獣神に会わねばならないことだけは確かだった。
「リディアよ、このオーディンそなたを我が主と認めよう。私の力が必要な時はいつでも力を貸すことを約束しよう!」
「ありがとう!オーディン様!!」
リディアはまっすぐにオーディンを見つめて言った。オーディンはリディアの無垢でそれでいて強い意志を秘めた瞳を見て、良い召喚士がいたものだと思った。
「別れる前に一つだけ良いことを教えてやろう。ミシディアの長老ならば、石となった幼き魔道士たちを元に戻す方法を知っている。」
「本当ですか?!」
「長老に話せば何とかしてくれるであろう。さあ、もう時間だ。お前たちもゆっくりしている場合ではなかろう!早くミシディアに向かうのだ!!」
オーディンはそういい残して消えてしまった。本当はもっと色々話したいことがあっただろう。しかし幻獣が人間の前に姿を見せる時間は限られているのだ。それに今のセシル達とて時間に余裕はなかった。セシル達の行く道は決まっている。魔道国家ミシディアである。
・第27話 「魔導船」
・第25話 「恋心」に戻ります
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