【28、幻獣神の使い】
魔導船から見た月の世界は、殺風景で寒々としているが、思いのほか明るく、自分たちの住んでいた世界とは違った美しさがあった。
「見て、あれが私たちの住んでいた場所よ!」
「なんてきれい!!」
ローザとリディアが自分たちの住んでいた青き母星を指差して感嘆していた。母星から月を見ていたときも美しいと思っていたが、月から見る母星の美しさはそれ以上であった。
「本当に美しいですね。」
ネフティは彼女達から少し離れた窓から、静かに青き星を見上げていた。彼女の紅い瞳から涙が零れ落ちる。もしかしたら自分はあの青い星に帰ることはできないかもしれない。
「さあ、行こうぜ!グズグズしている暇はねえ!!」
「そうだね。僕達はあの青い母星を救うためにここに来たのだから!」
セシル達は月の民の館らしきものを探した。月世界は自分たちの住んでいた世界よりせまいので、それは意外にはやく見つかった。透き通るようなやや青みがかったクリスタルでできた城が見えた。しかしその近くに魔導船を置くスペースはなかった。
「着地できそうな所にこの魔導船を置いて歩いてあそこまで行くほかないようだ。」
「何だかこわいわね。」
ローザが初めてやって来た異世界のことだから、恐ろしい未知の魔物がうようよしているのではないかとドキドキしていた。
「大丈夫だぜ!いざとなりゃ、セシルがあんたを守るし、俺もいることだし・・。」
「そうよ。セシルがちゃんと守ってくれるわ。」
エッジとリディアは怖くないわけではないが、同時に何かわくわくしている様子だった。
「そうね、月世界を歩くなんて考えてみればロマンティックな話かもしれないわね。」
ローザはこう言って前向きに考えてみたが、この後実際に歩いてやはり思ったとおりだったと苦い思いをすることになるのだった。
☆
月世界は見た目どおり寒くて冷たく、異様な雰囲気が漂っている。セシル達の住んでいた世界では月は魔の象徴であったが、それがあながちでたらめでもないようだった。月には邪悪なモンスターが多く、毒を持っている者が多かった。それにモンスターの出現頻度もかなり高く、簡単に進めなかった。
「とんでもねえ所に来ちまったぜ!」
「しょうがないでしょ。今さら引き返せないし・・。」
エッジはかなりくたびれてきた。月の地下通路を抜ければ、月の民の館に行けることはわかっているのだが、魔物も強く、月世界はぼこぼことしていて歩きにくいのだ。
「あの高さでは皆さんを抱えて飛ぶことはできないですし・・。」
ネフティはトランスすれば空を飛べるが、それは彼女が1人の場合だけである。それに彼女がトランスしていられる時間はほんの少しの間だけなのだ。
「とにかく進むしかないよ。幸いまだローザの魔力は充分残っているようだし・・。」
セシルは皆を励ましながらとにかくすすんだ。しかし本当の所、一番疲労がひどかったのは彼である。半竜のネフティはともかく、残りの三人はやや体力に難がある。エッジは忍者として鍛えられてはいたが、素早い動きを必要としているため、あまり装備が充実していない。リディアとローザは女性であり魔道士なので、当然体力もあまり高いとはいえない。彼ら3人を魔物の攻撃からかばって、セシルはかなり怪我を負っていた。
「ごめんなさいね。あなたには守らせてばかりで!」
ローザはセシルに白魔法をかけながらこの人の役に立てて良かったとくじけそうな自分を励ましていた。
☆
どうにか月の地下通路を抜けた時、白い翼をはやした12、3歳の少年と少女が現れた。少年はエルメスと名乗り、少女はミネルヴァと名乗った。2人はいずれも幻獣神の使いでやって来たらしい。
「我々は幻獣神の使いだ。そっちの娘にはすぐに幻獣神様の所に来て欲しい!!」
エルメスは横柄に言った。
「おい!てめえ、使いだかなんだかしらんが態度でかすぎるぞ!ガキはガキらしく、もうちょっと人に物を頼む態度ってものがあるだろう!!」
「無礼なのはお前のほうであろう!これでも私はお前たちよりずっと長い年月を生きている!!」
あやうくけんかになりそうな雰囲気を察して、リディアはエッジを止め、ミネルヴァはエルメスをたしなめる。
「ごめんなさい。エルメスは短気なの。」
「こちらこそエッジが失礼な態度でごめんなさい。」
2人がおさまった所でミネルヴァがネフティにあいさつした。
「はじめまして、あなたがネフティね?」
「はじめまして、ミネルヴァさん!」
「時間がないから単刀直入に言うわ。幻獣神様があなたを必要としているの。今すぐ来てくれない?」
ミネルヴァは何やら非常にあせっている様子である。ネフティは1人で幻獣神の所に行くつもりだったのでうなずいた。
「何か尋常ではない事情があるようですね?わかりました。あなたたちと一緒に行きます!!」
ネフティはリディア達に別れを告げて行ってしまった。エルメスとミネルヴァは別れを惜しむネフティをやや強引に連れ去ってしまった。残されたエッジはぶつぶつと文句を言っていた。
「何もあんな形で嬢ちゃんを連れて行くことないだろう!!」
「しょうがないよ。なにかよっぽどの事情がありそうだし・・。」
エッジをなだめながらも、リディアはひどく寂しそうな様子であった。しかし彼らも別れを哀しんでいる余裕はなかった。
・第29話 「月の民」
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