< 双月 >
- On the night before the decisive battle -
第3話 『真昼の月を見上げて』
残る者は、往く者に願いを託し、
往く者は、それを受け止めて向かうべき旅路に就く。
奇しくも想いを同じくしながら分かれてしまった二つの道行き。
その道が再び一つになるときが来るのか、来ないのか……。
残された者は手の届かぬ月を見上げ――
Phase-2 旅立ちは別れと共に
出発の刻――
それを迎えたことを知り、セシルたち3人は互いに頷く。
準備が整った以上、もうここに留まる理由はない。
名残惜しいが、今は少しでも時が惜しいのだ。
一足先に月へ向かっているフースーヤ、そして……。
少しでも早く彼らに追いつかなければならない。
そして、最後の戦いに自分たちも……と。
その意志は堅い。
だが、出発――それは同時に別れも意味する。
セシルはもう一度だけ、皆を見回してみた。
やはりそこには、ローザとリディア――二人の姿はない。
「…………」
逢えば辛くなるだけ――
それはセシルにとってもそうなのだから、
二人がこの場に現れようとしない気持ちも分かる。
だから……別れを言いたくとも、それも仕方のないことだった。
セシルは小さく息を洩らし、目を細めた。
この想いと訣別するようにグッと拳を握り込む。
そして、まだ言葉を交わしていない男の方へ向き直る。
「シド……」
セシルにとって父親代わりとも言える髭面の男――
彼の眉が持ち上がり、視線が交錯する。
シドは珍しくずっと黙ったままだった。
「あの二人……
ローザとリディアのことを――頼みます」
シドは顔を上げると小さく笑う。
それは、いつものように歯を見せた豪快な笑みではなく、
口の端っこを持ち上げただけの笑みだった。
そして穏やかに頷いた。
「儂のような老骨に出る幕は無いと思うが……任された。
安心して行って来い。
そして、儂の代わりに陛下の仇を討ってやってくれ」
「……はい」
刹那、脳裏を過ぎる姿。
陛下――凶刃に倒れ今は亡き、もうひとりの父。
セシルは目を瞑った。
自分を拾い、育て、誰よりも大きく見えた背中を思い出す。
ずっと追いかけ続けていた背中……。
失われてしまった背中……大切だったモノ。
セシルは、フッと笑みを零す。
「でも……復讐よりも大事なモノもあります。
僕はそのためにこそ、戦います」
シドは手で顔を撫でつけ、目を伏せた。
そして、嬉しそうに「そうだったな」と頷いた。
セシルも笑みを零す。
シドは『息子』の成長を満足げに眺め、
その眩しさに目を細めると、
「さて、儂からの餞別だが……」
野太い指が懐を探り、スッとセシルの前に差し出された。
「正確には儂からではない。
テラからじゃ。受け取るがいい」
手のひらに軽く収まるほどの小さな箱……。
何の気無くその中身を見て、セシルは驚きの声を上げた。
目を剥いて放った視線は、シドを射抜く。
「シドっ! これは……」
「うむ、あの老いぼれが儂に預けていったモノじゃ。
どうやら、近い将来おまえに必要となると思ったらしいな……」
セシルはじっと手の中を見て、
蓋を閉めるとシドに向かって押し返す。
「そんな……これは……受け取れません。
僕よりも、ギルバートの方が……」
押し返す手を止めた――手。
「違うよ、セシル」
「ギルバート……」
そこに、いつのまにかギルバートが立っていた。
彼は、顔を横に振る。
「ボクにそれを受け取れる資格は……今は無いんだ。
だから、君の方が余程ふさわしいよ」
「でも、そんなことを言ったら、僕にだって……」
「まったく煮え切らんヤツじゃなぁ。
テラは『おまえに』と言ったんじゃぞ?
うだうだ言わず素直に持っていけっ!」
シドの恫喝に絶句するセシル。
二人に拒絶され、手に残った小箱――
釈然としない気持ちと共に行き場を失ってしまった小箱――
セシルは、尚も難しい顔でそれを睨んだ。
シドは、そんなセシルに向かって薄く笑った。
「今、渡せずにいては、
あの世でヤツに文句垂れられてしまうのでな。
この老骨に約束を守らせてやってくれ……頼む」
「シド……」
頭まで下げられては、もう何も言えない。
セシルは仕方なく……でも、しっかりと小箱を持つ手に力を込めた。
シドはそれを見留めて頷く。
「それはきっとおまえの大切なモノを守ってくれる。
大事にするがいい」
そう零す――セシルにすら届かないほど小さな声で。
と、セシルの肩に手を置いた。
「さあ、もう往け」
シドは促すように肩を押した。
「急がねばならんのだろうが」
「……はいっ!」
頷くセシル。
シドは「よし」とばかりにその肩を叩いた。
セシルは、カインとエッジの顔を見る。
カインは口を真一文字に結んで。
エッジは引き上げた口の端に白い歯を見せて。
三人は同時に頷く。
引き留める名残惜しさを振り切るようにタラップを勢いよく駈け上っていく。
――と、三人はハッチの所で足を止め、もう一度だけ振り向いた。
旅立つための――訣別に。
翻ったマントの先にいる、かけがえのない仲間たち――
「みんな……」
残る者たち――
その一人一人の顔を見渡し、目に焼き付ける。
シド……。
ギルバート……。
ヤン……。
パロム……。
ポロム……。
長老……。
ここにいる全ての人たちへ。
また、ここにはいない全ての出会った沢山の人たちへ。
そして、愛しき青き星へ……。
「往ってきますっ!」
それだけ言い残すと、
セシルたち三人の姿は魔導船の中に消えていった。
☆
コントロールルーム――
飛翔クリスタルの前に集った三人。
目の前のクリスタルに出発の意志を込めるだけで、
何もせずともいざなってくれるだろう……。
月――決戦の地へ。
それは誰か一人の意志で事足りる。
だが、ここからは心を一つにするべきだった。
目的のために一つに――それは三人、何も言わずとも理解していた。
自分の願いを置いて、
自分の望みを置いて、
自分の夢を置いて、
去来する全ての想いを置いて。
――ただ今は目的のため、心を一つに。
そして、置いていくモノを必ず取りに還ると誓う。
三人は無言のまま視線を交わす。
そして、クリスタルに向かって手を掲げた。
――目の前のクリスタルは、三人の意志を受けて輝きを発した。
☆
「シド……」
ゆったりと浮き上がり、次第に速度を上げて飛び去っていく魔導船。
それを見上げたままギルバートは呟いた。
「あなたは気づいていたのですか?」
同じように見上げていたシドは、横目でギルバートの顔を盗み見た。
と、天駆ける魔導船が巻き起こした風に髪を乱され、
前髪を描き上げるギルバートと目が合って、シドはふんっと鼻で息を吐く。
そして、顎を撫でながら苦笑を洩らした。
「気づかんでか」
「ははは、やっぱりそうですか」
ギルバートらしからぬ、耐えかねたような高笑。
口元には端を引き上げた苦笑を湛え、
シドは、独りごちるように零す。
「ま、幾ら作業着で誤魔化そうとしたってバレバレじゃな。
気づかんのはセシルとエッジ――
それから、そこにおるヤンぐらいじゃわい」
「は? 何のことですかな、シド殿?」
突然、話の種にされ困惑顔のヤン。
――と、脇から問いかける声。
「ではやっぱり、降りてこなかった作業員の方たちは……」
「ほう、ポロム嬢ちゃんも気づいておったか」
「ええ、かなり挙動不審でしたもの……」
ポロムはクスッと思い出し笑い。
「でも、ちょっと羨ましいです。
わたしも付いていきたかったなぁ……」
ポロムは、太陽の日差しを遮るように額の前で手を翳した。
すでに黒い点となってしまった魔導船――
それはいつの間にか空の蒼に溶けて、もう見えない。
それでも見出そうと、目を凝らし……そして目を細めた。
それは全員の想いだったんだろう。
皆、それ以上何も言わず、ただ船の消えた空を見上げていた。
――と。
「さぁポロム、行くぞっ」
全員がハッとする。
急に袖を引かれて、ポロムは双子の片割れに目を向けた。
そこに先程までの戯けた表情は、もう残っていない。
――在るのは、意志の光だけ。
「空なんて見ていても仕方がない。
おれたちは、おれたちの出来ることをしよう」
「パロム……?」
目を丸くしているポロム。
パロムはもう一度袖を引いて促す。
「祈りの塔へ行くんだ。
おれたちには、祈ることしか出来ないけれど……。
何もしないよりはマシだろ?」
ハッとしてパロムの顔を凝視する。
そんなポロムの頭に、シドは手を置いた。
見上げてくるポロムに……
また、そこにいる皆に視線を投げかけて頷く、シド。
「坊主の言う通りじゃな。
儂らに出来ることは全て為した。
だから、あとは祈ろう――セシルたちを信じて」
シドは全員の顔に同意を見て取ると髭面を笑みに歪ませる。
そして、ようやくいつものように歯を見せて豪快に破顔した。
・最終話 『二つの月が重なる刻』 -双月交想-
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・双月まえがきに戻ります
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