< 双月 >
- On the night before the decisive battle -
最終話 『二つの月が重なる刻』
人と人――出会えば、その狭間に何かを生み出す。
それは友情であったり、愛であったり、憎しみであったり……。
また、それは一つの始まりであり、同時に何かの終わりでもある。
目に見えず、手に取れず……それでも在る、何かのカタチ。
さて、彼らがこの再会で生み出すモノとは……?
Phase-2 狭間で生まれる何かのカタチ
「はふぅ……」
ほんの四半時前まで、出発に息巻いていたセシルの口から、
特大の溜息がまったりと洩れる。
それは何故かと言えば――
「おい、セシル――」
傍らからかけられた声に一瞬遅れで気づいた。
ぼんやりと視線を起こす。
――カインだ。
セシルの視線は、半ばうんざりしたものになっていた。
紆余曲折の末に話がまとまって、ようやく出発できると喜んだのも束の間――
出発しようと踏み出したその足を空振りさせられていたからだ。
尤も、先程のは自爆だったわけだが……。
今、ローザとリディアは出発の準備を大急ぎで進めている。
セシルは、本来ならば、すぐにでも出発したかった。
だが、忍び込んでいた彼女たちの準備が充分であるはずもなく、
更には、自分たちの荷物を簡単に見つからないように
雑多な物資共々でぶチョコボの腹の中へ埋めてしまっていたために、
その発掘の方に手間取っていた。
とっくの昔に準備を終えていた男衆三人は、
姦しく騒ぎながら準備を急ぐ女性陣を遠巻きに眺めながら、
それを漫然と待っていたのだが……。
「なんだよ、また何かあったのか?」
「ああ」
不機嫌極まりないセリフに、カインは当然の如く頷いた。
そして、意味ありげに笑う。
それはどう見ても意地悪なたぐいの笑みだった。
セシルの背筋に何故か悪寒が走る。
と、カインは傍に寄ってきて、肘で脇腹を突っついた。
「懐に入れてあるアレ……
……今のうちに渡しておけよ」
「は? 何の……」
……ことだ?と訊き直しかけて、
セシルは顔がボンッと音を立てて赤くなった。
湯気まで立ってきそうだ。
途端――セシルは小声になる。
「アレって、その……アレか?」
「おう、アレだ」
準備を進めるローザをチラチラ見ながら、
あからさまに狼狽えるセシル。
カインは苦笑を滲ませながら当然とばかりに頷いた。
「おまえ、何でそれを!?」
「言っておくが、中身は見ちゃいないぞ。
けど、それだけ大事に持ってりゃ察しがつくに決まってるだろうが」
肩をすくめるカイン。
「――で、今渡さずにいつ渡すって言うんだ?」
「そんなの、別に……全部終わってからでいいだろ?」
「はっ――さっき、あれだけ恥ずかしいセリフ宣ったくせに……
いいかげん、ここらでキメてこいって!」
「んなこと言っても、おいそれとは――」
「――お待たせっ!」
突如、降って湧いた背後からの声。
コソコソ話をしていたせいで気づかなかった――ローザだ。
セシルはギョッと目を剥いた。
「私の準備は整ったわ。
リディアの方も、あと少しだけど……どうかしたの?」
二人の挙動の可笑しさに気づき、
訝るような窺うような、そんな顔付きで問いかけてくる。
セシルはあたふたと両手を振って誤魔化し笑いを浮かべた。
どうやら等の本人は平静を装っているつもりのようだが、
誰が見ても成功しているとは思えないだろう。
「い、いや。何でもない」
怪しさ爆発な受け答えにキョトンとするローザ。
カインは呆れ果てた嘆息を洩らすと、
往生際の悪いセシルの背中をドンと叩いた。
「ローザ、セシルが君に渡したい物があるんだそうだ」
「ば、ばか! カイン!」
「俺はおまえに命令する権利を行使する。
――いいな、セシル」
「なっ!?」
呆気に取られるセシル。
至って真面目な顔のカイン――ふっと相好を崩す。
「賭けのこと――よもや忘れたわけではあるまい」
賭け――?
すぐにハッとするセシル。
……それは引きつった表情に変化した。
出発前――最後の夜、
セシルたち男衆3人は、酒盛りの中で一つの賭けを催していた。
ローザとリディア――二人を連れて旅立つかどうかの賭けだ。
二人が付いてこなければ、セシルの勝ち。
ローザだけが付いてくれば、エッジの勝ち。
二人とも付いてくるのを認めれば……カインの勝ち。
勝者の特典は、一回限りの命令権。
そして、その賭けの勝者は……。
「先に言っておくが拒否権は無いからな。セシル」
「…………」
勝者カインの一言に「ぐう」の音も出ない。
迂闊だった。あのときは安易に同意してしまったが……
後悔先に立たずとは、まさにこのことだった。
「ねぇ、賭けって何のこと?」
「ま、細かいことは気にするなって」
遅れて準備を終えたリディアは、
やって来るなり3人を見て『はてな』を浮かべ、
エッジはそんな彼女へ苦笑混じりに応えた。
そして、呆然としているセシルにイシシッと意地悪な笑みを向けた。
こりゃ面白いことになった――そんな笑みだ。
当のローザは目をぱちくりさせると――
急にクスッと笑みを洩らした。
あたふたと焦りまくるセシルの様子が、
余りに普段の沈着さからかけ離れていたからだろう。
「いいのよ、セシル。
渡しにくい物なら、別に今渡してくれなくても。
……私は待ってるから」
「い、いや、そんなことは……。
別に、決して渡しにくいってワケじゃないんだが……」
セシルは、また慌てふためくと……はぁ~と息を吐く。
チラリとカインを見る。
彼は悠然と腕組みして、事の推移を見守っていた。
エッジとリディアはイマイチ事情を理解していないようだが、
面白そうに見物している。
ローザは、微笑を湛えて自分の答えを待っていた。
(くそっ、全くカインのヤツ……余計なことを……)
もう一度、溜息――これは観念の溜息だ。
セシルは懐を探る。
そして、そこに納められていた一つの小箱を取り出すと、
こめかみをポリポリと掻きながらローザに向かって差し出した。
――出発前、シドから受け取った小箱だった。
「あの――これ、貰ってやってくれないか」
小箱が手から放れると、跋が悪そうに朱の散った顔を背ける。
「早すぎるかもしれないけど……。
渡せずに後悔するよりは、いいと思うから……」
セシルと小箱を交互に見ながら、
ローザは受け取った箱の蓋を開いて――硬直。
「これは……」
瞼をめいっぱいに開き、驚くローザ。
持つ手が震えた。
そこにあるのは――大小、一対のリング。
透明な中に虹色の輝きを宿した一対の指輪だった。
凝った意匠など一切無い、一見無骨とも言えるシンプルなデザイン。
けれど、光を受けたときの光輝は曇り無く、
凍った素氷のように澄んでいながら暖かさを感じる色合いだった。
ローザは、弾かれたようにセシルへ期待を込めた視線を向けた。
セシルは居心地が悪そうにむずがり、
更に跋が悪そうに真っ赤になった耳の辺りを嬲る。
……と、最後には半ば開き直ったようにローザへ苦笑を向けた。
そして、その視線に応えるように頷く。
「ああ、そう思ってもらって構わない……
……というか、まぁ、その……なんだ……」
「本当に……」
「ん?」
「本当に、私でいいの? セシル」
歓喜――その裏腹に不安を孕んだ声は震えていた。
またもや、あたふたしだしたセシルは
ローザの潤んだ瞳を見て、はたと動きを止めると、
真っ直ぐに微笑み、大きく頷いた。
「……信じても、いいの?」
もう一度聞き返す――直向きな視線で。
セシルは安心させるようにもう一度頷く。
そして、真っ直ぐに見つめ返し、言葉にする。
「ああ、もちろん」
言葉と、微笑みと――そこに湛えられた心。
声にならない歓喜と共に、
ローザの目尻からポロポロと涙が零れ出した。
「ああ……」
自然と小箱を持つ手に力がこもる。
「私……わたし……」
拭っても拭っても溢れてくる。
声も掠れる。
――止まらない嬉しさにくしゃくしゃにしながらも輝く笑顔。
「本当に付いてきて、よかった……」
夢にまで見た言葉――
決して手の届かないと思っていた言葉――
ローザは、それを得ることが出来た。
幸せすぎて、切なさに胸が張り裂けそうになる。
(私は、また一つ、自分の願いを叶えることが出来た……)
待っていては手に入らなかったかもしれない、
失ってしまったかもしれない、
そんなかけがえのない、大切なモノを……また一つ。
(望む未来を、また一つ――
自分の手で現実のものとすることが出来たっ!)
手にある一対のリング――
交錯する二つの輝きが、その証明。
ローザは小箱を……確かな幸せのカタチを胸に納めた。
「セシル、嵌めてやれよ」
「……ああ」
後押しするカインにセシルが答え、
ローザの手にある小箱に手を伸ばした。
――と、そこで遮る手。
「ちょいと待った!」
横から押し止められて、振り返る――エッジだった。
彼は、全員から伸びた疑問符付きの視線を受け止めながら、
焦らすように間を取ると……ニヤリと笑った。
「どうせだったら指輪交換だけじゃなくってさ。
簡単でいいから、ココで挙げちまおうぜ……式をさ」
そして、名案だろ?と見回す。
皆、揃って驚きの表情――だが、その硬直が解けると、
「うん! 名案!」
「だろ?」
リディアが真っ先に同調し、カインも目を細めて頷く。
「そうだな。
この際、それもいいだろう……なぁ、セシル」
「よし、決まりだなっ!」
「それじゃ、あたし、
使える物がないか確かめてくるね」
リディアはそう言って、
善は急げと、でぶチョコボの居るレストルームへ駆けだした。
すでにカインとエッジは、詳細について打ち合わせを始めている。
どうやら置いてきぼりにされた本人達を尻目に、話は加速しているようだ。
「お、おい――」
「ちょっとみんな!?」
「はいはい、主役のお二人さんは邪魔にならんように、
隅っこで休憩しててくれよな。
準備は全部こっちがやってやるからさ」
「待てって! そんなことやってる時間は……」
――とパンと手を打って遮るエッジ。
「こんな時だから、やるのさ」
エッジは、ニヤリ。
「今だからこそ、意味があるんだぜ?……これは絶対だ」
エッジはそう断言して黙らせると、
顔を真っ赤にした二人を部屋の端っこに追いやって、
再びカインに駆け寄った。
「さて、司祭役はどうする?
なんならオレがやってもいいけど……」
「俺にやらせてくれないか」
最初からそのつもりだったのか、エッジは即座に頷く。
「――そうだな。おまえさんが一番適任だ」
「ねぇエッジ~
セシルはダイヤ装備で問題ないと思うけど、問題はローザよ。
ティアラは金の髪飾り、ドレスは白のローブで代用するとして、
ヴェールはどうしよう?」
レストルームの方の声。
リディアが扉のところで叫んだのだ。
「うーん、そいつはちと困ったな……」
「それなら大丈夫だ。俺が持ってる」
「「……へっ?」」
リディアとエッジは見合わせると
驚くより呆気に取られて「何でまた?」と同時にカインを見た。
が、カインは苦笑するだけだ。
「じゃあブーケは?」
「うっ……それは流石に持ってきてないな」
「ソイツは本番のお楽しみにとっとけよ、リディア」
「えぇ~!……でも、それもそうね。りょーかい♪
じゃあ今度は私たちの服装ね。
――えっ? 司祭役はカイン!?
それじゃ大きめの司祭のローブと帽子を探さなくっちゃ!
……よし、あとは適当なの見繕ってくる~」
そう言ってリディアは、また扉の向こうに消えた。
エッジは、彼女を「元気だねぇ」と優しげな視線で見送ると、
打って変わった表情でカインを見た。
「なぁ、カイン……」
エッジはカインに耳打ちした。
「もしかして、おまえ最初っから狙ってたのか?」
エッジがそう疑うのも無理はなかった。
よくよく考えてみれば、今事態を動かしているのは明らかにカインである。
後込みするセシルの尻を叩いたり、促すような合いの手を入れたり……。
極めつけにベールまで持参しているのだ。
――ま、ブーケを忘れたのは失策だったワケだが。
そんな訝る視線に向かって、
カインは何も言わずに苦笑するのみ。
「ふむ……」
その無言の仕草を見て――
結局、エッジも鼻をそびやかしただけだった。
「ま、いいでしょう」
追求を避けることにしたエッジ……なのだが、そこでふと思う。
それは呆れたような嘆息のあとに言葉となって続いた。
「でもよ、もし二人のどちらか一方でも連れて行くのを却下して、
賭けに負けてたらセシルに振りきられていたんじゃないのか?
オレが勝ってもカインの思い通りになるとは限らないし……
そんときゃ、どうするつもりだったんだい?」
カインは得意満面に断定した。
「いいや、賭けは二人が来た時点で俺が勝ったさ……間違いなくな」
「……??」
ワケが分からないと首を捻るエッジ。
「二人を連れて行くかどうかは多数決だったろ?
セシルとオレが無理矢理にでも反対してたら、アウトじゃん」
「ん? 解らないか?」
反論を歯牙にもかけず、カインは意味ありげに笑みを浮かべていた。
どちらかというと底意地の悪い笑みだ。
そして、仄めかすように、
「確かに決定は多数決だよな……全員の」
「……???」
エッジは、またも首を捻り……ハッと引きつらせると途端に半眼となった。
憮然とした顔を隠しもせず、思わず口走る。
「……うわっ、きったねー!」
どうやらエッジにも解ったようだ。
カインは楽しげに笑む。
賭け――
その決定方法を提示したのは、カインだ。
そして、そのとき言った決定方法は……『多数決』。
――これは一見、何の問題もないように見えるが、実は落とし穴があった。
話は簡単――
『多数決』は『多数決』でも、単に『多数決』と言っただけで
『3人の多数決』とは言っていなかったのだ。
となると、この場合の多数決とは、そこに居合わせた全員の多数決となり――
ローザとリディアが付いていくと言った時点で、
カインが賛成すれば――つまりは、そういうことだった。
やり方こそスマートではないが、間違いなく正論である。
(なんてこったい。
まさかオレ様がペテンに掛けられるとは……)
珍しいエッジの溜息にカインは笑みを深めた。
「ま、俺は確率の低い賭けはしない主義なんでな」
見事、ペテンに掛けられたエッジは、
少し面白くないと感じながらもペンと額を叩いて、
結果オーライと苦し紛れの笑みに口元をほころばせた。
☆
「はぁ、全く……急がなきゃいけないのに」
そう洩らしたのはセシルだ。
ローザはその隣で笑みに目を細める。
カイン、エッジ、リディアが準備とやらで駆け回っている中、
二人はコントロールルームの操縦席に腰を下ろしていた。
邪魔だとばかりに、エッジに追いやられたのだ。
ローザは準備に駆け回る3人の姿を見留めて、セシルに言った。
「みんな、私たちのために頑張ってくれてるのよ。
私は、嬉しいわ」
「それは、そうなんだけど……」
「勿論、セシルの言い分も解るわよ。
今は緊急時だし、
私たちの気持ちが一つになれば、それでいい――私もそう思う。
でもね、形式というのも大事なの。
他愛もない、意味のない形式を成すことでも、
人はそこに何かのキッカケを得ることが出来る。
みんながそれを大事にしたいと思うなら、私はそれに応えたい……」
そして、ローザはパッと顔を輝かせた。
「それにね……結婚式って女の夢なのよ♪」
☆
「う~ん、結婚式に黒のローブは難だよね……
やっぱり光のローブかな?
――あ、でも、大地の衣も捨てがたいしなぁ~」
服を取りに行ったまま、なかなか戻ってこないリディアに業を煮やして
エッジがカインに着せる司祭装束を受け取りに来たとき、
リディアはでぶチョコボの前を陣取って自分の服で店を広げていた。
座り込んだ周囲は、足の踏み場もない。
エッジはあからさまな溜息を洩らした。
「ま~だ決まらないのか? トロいなぁ」
「何よ、エッジ。
……って、あなただって着替えて無いじゃないっ!」
「え? オレ? オレ様はこれでいいのさ。
エブラーナじゃ、普段着が正装みたいなモンだからな」
「うぅ……何よ、それ~
狡いな~あたしがこんなに悩んでるのにぃ~」
ニッと歯を見せて笑うエッジ。
リディアは頭を抱えると、エッジなんて構っていられないとばかりに
また衣服との格闘を始めた。
エッジはその様子を見つめながら、目を細めた。
しばらく悩み続けるリディアを楽しんで、
「なぁ……」
エッジは、遠慮がちに零す。
そこには先程までの茶化す雰囲気がなりを潜めていた。
「何よっ」
リディアは、それに気づかない。
「まだ居たの?」と言わんばかりに見向きもせず、
取っ替え引っ替え服を手に取りながら、気のない返事。
「おまえさ……」
無理に戯けた口調――そこに労る色が帯びた。
「セシルのこと、好きだったんだろ?」
「…………」
一瞬遅れて、服を持つ手が止まった。
「――っ!?」
リディアは驚天動地、ハッと振り向いた。
エッジは部屋の戸口に背を預けて腕組みし、天井を凝視している。
真意を量りかね、驚いた顔のままエッジをじっと見上げた。
「どうなんだ?」
「え……どうって……」
明後日の方向を向いたままのエッジ。
リディアは見られているわけでもないのに恥ずかしくなって、
逃れるように顔を背けた。
「なんで……そんなこと訊くの?」
「別に。他意はねぇよ。
……言ってみれば、何となくってヤツさ」
エッジは淡々とした口調で答え、押し黙った。
リディアも無言のまま幾つか服を手に取って……
結局、手に付かず、パサリと落とした。
そして、はぁと自嘲を含んだ溜息を洩らすと顔を上げた。
「……………………バレたか」
そう言って相好を崩すと、戯けて舌を出した。
エッジは微かに眉を顰める。
「でも……ローザには兎も角、エッジにバレるとは思わなかったな」
サバサバした言い方のリディアに
エッジは珍しく真摯な瞳で「そっか……」とだけ応えた。
「でもね。これでもね。
最初からこういう結果になることはわかってたの。
出会ったとき、あたしは7歳だったし、ローザが居たし……
恋愛対象じゃないことなんて、とっくに分かってた。
事実、セシルは再会してからも保護者としてあたしに接してきたし、
ローザを誰よりも大切にしてたのだって気づいてる。
それに……セシルはやっぱり、あたしにとってもお兄ちゃんだし、
ローザもあたしのお姉ちゃん……。
だから、二人が結ばれて嬉しいのはホントなんだよ」
次第に饒舌となって捲し立てるリディア。
力無く息を吐くと、最後にニッコリと笑みを作って頷いた。
そして、手近な服に視線を落として、皺を伸ばすように指でなぞる。
「……うん。あたしが誰よりも嬉しいはず。
だって、大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんが結ばれるんだもの……」
服の感触を確かめるように、優しくなぞる。
「嬉しくなくっちゃ、可笑しいよね……ね、エッジ」
――コツン。
突如、おでこに触れる程度に当てられる拳。
リディアは目を見開いた。
「……ば~か。強がんなって!」
それは優しすぎる叱咤――目の前にはエッジの顔があった。
リディアが一人饒舌になっている間に
いつのまにかエッジは目の前で屈み込んでいたのだ。
エッジの腕が恐る恐る差し伸ばされ、手のひらが頬に触れた。
「堪える必要なんかないんだぜ。
嬉しいときでも、悲しいときでも、
女は、泣きたいときに思いっきり泣けばいいのさ」
リディアは、潤んだ瞳を丸くしてエッジを見る。
エッジの叱咤と手の温かさに
リディアの結界寸前だった涙腺が緩んで、次々に零れだしていった。
大粒の涙はエッジの手を濡らし、顎を伝い、膝にある服に吸い込まれていく。
(あたし……泣いてもいいのかな……)
そんな想いが過ぎったときには、
いつのまにか声ある嗚咽となって止まらなくなっていた。
「あれ? あたし……止まらないよ。
どうしたんだろうね……可笑しいよね……」
拭っても拭っても溢れてくる。
何度も嗚咽と謝罪を繰り返しながら、
リディアは微笑みの上でポロポロと涙を零し続けた。
目を瞑っても感じられる暖かい手の温もり。
リディアは、嬉しかった。
それで心の空隙を埋めることは出来なくても、
崩れそうな自分の支えになっていてくれることは間違いなかったから。
エッジは、その間ずっと無言だった。
けれど、そんなリディアを見とれているうちに、、
次第に苦い顔になって、
……痛ましい顔になって、
……困った顔になって、
……居たたまれない顔になって、
……最後には、あたふたと焦ったような顔になっていった。
そして、ついに痺れを切らすと、
「えっと、あのよ……
何度も謝んなくていいからさ……一つ頼んでいいか?」
「う、うぅ……ひっく……なに……?」
何故か跋が悪そうなエッジ。
ほとほと困った顔で、
「泣いていいって言った手前、言いにくいんだけどよぉ……」
こめかみをポリポリ。
「オレって、どうも女の泣き顔って苦手でさ……
どうせ泣くなら、ココで泣いてほしいと言うか……
……ええい、まどろっこしいっ!!」
エッジは急に言葉を切ると、
リディアの頭に手を回し、その額を自分の胸に押し当てた。
「――これなら見なくて済むだろ?
おまえの泣き顔を、さ……」
☆
「カイン……」
「なんだ? セシル」
「意外に似合うな、その格好」
真顔で宣うセシルに、カインは憤然と鼻息を吹きかける。
「――ふん。悪かったな」
普段、暗色を好んで着用する自分が、
白を基調とする司祭の帽子と司祭のローブで身を包んでいる――
それが余程可笑しいらしく、セシルは顎に手を当てマジマジと見つめていた。
カインは好奇の視線に引きつった苦笑いで応える。
「どうせ仮装だよ……ったく言ってろよ!」
更に睨みをきかせてみるが、
それを無視しているのか、セシルは尚も感嘆に頷いてみせる。
「いや、マジな話さ。
白服で袖や裾のぞろぞろしたローブだろ……。
随分長い付き合いになるけど、初めてじゃないか?
そこはかとない新鮮さが……なぁ、ローザ」
「ええ、確かにそうね。
似合ってるわよ、カイン♪」
「……ローザ。
口元を抑えながらじゃ説得力がないぞっ」
「だって、ねぇ」
「ま、一生に一度と諦めるんだな」
「――ふん、最初から諦めてるさ。それくらい」
目配せして笑みを合わせる二人を横目に
カインは嘆息を吐いた。
「さて、戯れ言はこれぐらいにして……
それじゃ花嫁を借りていくぞ。
おまえも暇なら今のうちに身なりぐらいは整えとけよ、新郎っ!」
☆
「じゃあ、ローザ。君はリディアのところに行っててくれ。
彼女が髪の結い上げと化粧を手伝ってくれる手筈になってる。
それが終わったら、その場で待機していてくれ」
カインは足を止め、懐を探った。
「――あと、コイツを渡しておく」
手渡された。
重さは、ほとんど感じられない。
「これは……」
ローザは受け取った物を広げてみて、カインを見た。
少し色褪せ古ぼけてはいるが、間違いなく絹の手触りだった。
「代用じゃなくて、ちゃんとしたヴェールなのね。
……でも、どうしたの? ヴェールなんて……?」
ローザが怪訝な視線を向けると、
一瞬遠い目をしたカインは、噴き出すように苦笑を浮かべた。
「ははっ、やっぱり覚えていないか……」
「えっ?」
カインのポツリと零した言葉に、ローザは目を見開いた。
苦笑いするカインは、
「いや、何でもない。
ちょっとね……どうやって説明しようかなと考えていたんだ。
ま、あんまり褒められた話じゃないからね」
と言って思案に手を顎に当てる。
ローザは、ワケがわからないまま眉を顰めて言葉を待った。
と、カインは勿体ぶった口調で、
「ローザ。君は覚えてるかな?
俺達三人が初めて会った日のことを――」
「初めて……?」
「ああ。初めてだ」
脈絡のない問いかけ――
ローザは眉を寄せて少し思案の後、首を傾げた。
「うーん、急に言われても……ちょっと思い出せないわね」
「そうかい? まぁ随分昔だから仕方ないけど……」
「でも、このヴェールが関係してるんでしょ?
……だとしたら結婚式よねぇ…………あっ!」
――脳裏に閃くモノ。
「思い出したかい?」
ローザは懐かしさに目を細め、頷いて見せた。
「確か、誰かの……。
ええっと、そう――ヴェルド伯爵の結婚式ね!」
あれは十六年の秋――
ローザにとっては、ようやく物心付き始めた頃だろうか。
カインとローザは両親に連れられて、
セシルはバロン王の小姓として訪れた貴族の結婚式会場だったはず。
そこで、三人は初めて出会っていた。
当時――カインは五歳。セシルは四歳。
そして、ローザは三歳。
ローザは懐かしさに手を打った。
「思い出してきたわ……。
確か、私が屋敷の中で両親とはぐれて泣いていたときに、
心配した二人が声をかけてくれたんだったわね……
全く別々に……でも、同時に『どうしたの?』って」
「それで君は突然噴き出して、笑い始めたんだよな。
こっちは決死の覚悟で声をかけたのに……」
「だって、それは二人とも全く同じリアクションだったんだもの……。
心配した顔も、焦った仕草も、セリフもね。
まるで金と銀の合わせ鏡みたいにシンクロしてて。
ふふっ……思い出したら、また少し込み上げてきたわ♪」
「ひどいな」
カインは、言葉とは裏腹に満更でもない笑みを浮かべた。
「あのとき三人で、君のご両親を捜そうとしたんだよな。
ま、途中、捜すのそっち退けで遊んでたワケだけど。
そのお陰で仲良くなれたんだよな……俺達」
「そうね。あれが私たちの関係の始まりよね……って、??」
刹那、何かの断片が脳裏を過ぎっていた。
ローザは、ふと首を傾げた。
はて……何かが記憶にひっかかる。
「そう、あの後――
みんながヤケに大騒ぎしていなかったかしら?
迷子になった私たちのことを、そっちのけで……」
ローザは、手を額に当てた。
遠い記憶を掘り起こそうと試みる。
そうだ。確かあの日、私たちの行方不明とは全く別の
何か飛んでもない事件が起きて……。
「確か……何かが盗まれたとか、なんとか……」
顔をハッとさせる……それって、まさかっ!
ローザが視線を送ると、カインは楽しげに笑った。
まるで――やっと思い出したか――と言わんばかりに。
「ご名答。あの時、もう一つ事件があったんだ。
この――花嫁のヴェールが盗まれたというね」
カインは得意げに頷き、親指で自らを指差した。
「そして、盗んだのは俺とセシル……そういうことさ」
ローザのギョッとした視線に
カインはイタズラの成果を誇るガキ大将の笑みだ。
ローザは、噴き出すように笑うと、ちょっぴり呆れてみせた。
「――でも、どうしてそんなことを?」
今度はカインの方が噴き出す。
「ははは、何を言ってるんだい。ローザ。
理由は君じゃないか」
「えっ!?」
「君は、どうやら覚えてないみたいだけどね。
あのとき君が、俺達にネダったんだよ。
着飾った花嫁を見上げて『あのヴェールが欲しい』ってね。
――俺の知る限りで、たった一度の我が儘だな」
カインはそれだけ言うと、
噴き出すと、声を上げて笑い出した。
「ホントはちょっとだけ拝借して、
君が満足したら、すぐにでも返すつもりだったんだ。
けど、あの後、凄い大騒ぎになっただろ?
で、結局、君に渡せもせず、花嫁さんに返すこともなく、
今日まで俺が預かっていたというワケなのさ」
呆気にとられて大口を開けているローザ。
「そのときにセシルと約束したんだ。
持て余すことは分かり切っているくせに兄貴風吹かして、
『ローザに渡す日が来るまで俺が預かってやる』ってね」
カインは、「これが話の顛末さ」と肩の力を抜いた。
「でも、それじゃ……私のために……」
「君が気にする必要はないよ。
とっくに時効だし、俺達が勝手にやったことだからね」
「でも……」
それでも責任を感じて表情を曇らせるローザ。
カインはワザと明るい声で、
「俺もセシルも、君の笑顔が見たかったんだよ。
今思えば、伯爵には悪いことをしたけどね。
――ま、若気の至りとは言え、きっと必要だったんだ。
こんな悪事も予定調和の輪の中にあったんだよ。
今日、役に立つんだからね……それで納得できないかい?」
尚も眉を顰めているローザ。
カインは小さく嘆息する。
「ローザ。どんなに後悔しても過去は変えられないよ。
起こってしまった事実が変えられないなら、
俺は意味を大切にする。
意味なら後からでも変えられるはずだからね」
「……意味?」
「そうだよ。
俺とセシルは、君の笑顔を見たくてこれを盗った。
――盗んだ事実は、反省しても謝っても、
逆立ちしたって変わり様がない……でも、意味は違うんだ。
俺達は盗んだことを反省して、教訓という良い意味に変えたんだよ」
その顔は、優しさに満ちていた。
ローザには、そう見えた。
「だから、君は笑っていてくれ。
君が笑ってさえくれれば、
『君の笑顔が見たい』っていう当初の目的が果たせるんだ。
こんな悪事にも、もう一つ良い意味があったって言えるんだ。
……それに、いつだって笑顔で居てくれるなら、
俺も、セシルも……それが一番嬉しいから」
そう言って、カインは手本のように笑みを浮かべる。
ローザは、カインの表情に触発されて穏やかな微笑みを浮かべた。
それを見て、カインは満足げに頷く。
「……それでいい」
カインは眩しげに目を細める。
そして、ローザの背中を押し、
リディアの待つレストルームに送り出すと、くるりと踵返した。
――と、その足を止める。
「あ、そうだ」
カインは今思い出したかのように背を向けたまま、
片手を挙げた。
「ようやく古い約束を果たせたよ。
……ありがとう、ローザ」
「カイン……」
振り返ったローザは、閉じていく扉の向こうに消えていくその背中に、
何故かそれ以上、声をかけることができなかった。
☆
白き肌に白を乗せ、流麗な眉を描く。
切れ長の目筋には強調するようにラインを引き、
厚ぼったい唇には下品にならない程度の紅を引いていく。
「やっぱりローザって化粧映えするね~」
リディアは手を止めて、感嘆の吐息。
ローザの顔に化粧を施しながら、そんな感想を洩らしていた。
今、リディアはローザに施す化粧で夢中だ。
ローザは最初、自分で薄化粧を施して終わりにするつもりだったのだが、
結局リディアは「自分がやる」と頑として聞かなかったのだ。
彼女曰く――「化粧は女の戦装束」とのこと。
断ろうとしたのだが、曲がりなりにも結婚という大勝負の時に
気合いを入れないとは何たることだ!と押し切られてしまったワケだ。
その剣幕にローザは苦笑を浮かべてしまったが、こればかりは正論である。
「はい、これで化粧は完了だよ」
リディアは、手落ちがないか正面から確認して、
その出来映えに満足げに頷いた。
「よしよし。じゃ、次は髪を結うね」
ローザがコクリと頷くと、リディアは私の後ろに回り、
髪を痛めないように優しく梳き始めた。
ローザは終始無言だった。
メイクは兎も角、髪を結い上げている最中もずっと。
それはリディアの目が赤いことに気づいたからだ。
すでに施されている彼女の化粧の下に透けて見える、
涙の後を擦って消したであろう、頬の赤みに気づいていたからだ。
そして、その理由にも気づいていたから……。
……ローザは今、
彼女にかけるべき言葉を見つけられないでいる。
ローザは、リディアの気持ちに以前から気づいていた。
地底で再開して以来、彼女のセシルに向かう想いが、
兄を慕うのモノから、それ以上に強くなっていくのを
理屈ではなく、肌で感じ取っていた。
――それは秘められた想い。
リディアは、恐らく自分を思い量って隠していたのだろう。
決して表へ出さないように心に鍵をかけて。
だが、ローザも同じ人を見つめ、想う、同じ女だ。
気づくな、と言われる方が無理な相談だった。
さり気ない仕草や言葉の中に染み出た想いの色は、
如何に隠そうとしても淡くそれらを彩ってしまう。
同種の想いを持つ者が、それに気づかぬはずもない。
また、同じ人を想っていれば尚更だった。
とはいえ、リディアの気持ちを酌み、
ローザは今日までずっと気づいていない振りを続けてきていた。
が、しかし――ローザとリディアの想いには、
今日一つの結果が出てしまった。
ローザの想いが叶い、リディアの想いが破れるカタチで。
この結果が勝ち負けでないことは解っている。
でも、解っていても割り切れないのが人の心だった。
ローザは、どんなに言葉を労しても
リディアを傷つける言葉になってしまいそうで
喉まで出かかるたびに言い淀んで、
結局、抱いた焦燥ごとそれを飲み下してしまう。
――そんなことを繰り返していた。
(このままじゃ……いけない……)
ローザには解っていた。
どんな結果になったとしても、
今度こそ自分が言わなくてはならないことを。
二人だけで居る、このチャンスを逃してはならないことを。
「これでよしっ! これで髪もOKだね」
――今しかない。
ローザは小さく深呼吸して、意を決した。
「ねぇ、リディア」
「なぁに?」
「…………」
「なぁに?」
「……あなたは」
「?」
「……ううん、あなたも……セシルのことを……」
そこでローザは息を止めた。
これが精一杯の勇気だった。
拙い言葉――伝わっただろうか、伝わらなかっただろうか。
ローザは瞼を固く瞑り、答えを待った。
心臓が早鐘を打ち、時の刻みが遅くなるのを知覚する。
そして、背中に小さな吐息を感じた。
「……うん」
「…………」
「…………」
今、リディアが小さく笑った。
ローザは、見えるはずもない背後にいるリディアの様子が
手に取るように分かる気がしていた。
リディアは、笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「それ以上――もう何も言わなくていいよ、ローザ。
あたし、わかってるから……
あたし……ううん、わたしは大丈夫だから……」
細い腕が回されて、
ローザは後ろからぎゅっと抱きすくめられた。
「わたしは、いつだって『わたし』でいるから……。
だから安心して。ねっ、ローザ」
ローザは、回された腕に手を当てて応えた。
肌と肌で伝わる――わかってる――という想い。
リディアは腕を解くと、手早くヴェールと髪飾りを付け終えた。
「さてとっ♪」
それは弾んだ声で。
「それじゃ、待ちくたびれた新郎を呼んでくるね~」
戯けた口調でそれだけ言うと、
彼女は顔を見せないまま部屋を駆け出ていった。
ローザはそれを見送り、小さく呟く。
その言葉は、本人の耳にすら届かないほど掠れていて、
誰も聞き取ることは出来なかった。
☆
リディアは部屋を出たところで閉じた扉に背を預け、天井を見上げた。
「お疲れさん」
と、すぐにぶっきらぼうな声が掛かった。
ハッと横を見る。
「エッジ……」
彼は扉のすぐ横の壁に背を預け、
腕組みしたまま、天井へぼんやりと視線を向けていた。
一瞬、何故ここに!?という疑問がリディアの脳裏を掠めたが、
何となく自分への気遣いだとわかった。
不器用だね……リディアは可笑しさに笑みを洩らす。
すると潤みかけていた心の波が、その笑みで退いていく。
エッジはきっと知っているのだ。
崩れそうになっていた人が他愛ない笑みで支えられることを……。
(ホント、お節介なんだから……)
リディアは苦笑を手に当てた。
と、ふと疑問が湧いた。
「ねぇ、エッジ……一つ訊いてもいーい?」
「ん、なんだ?」
「エッジは、どこで気づいたの?」
ワケが解らず、丸くした視線を寄越すエッジ。
「何がだ?」
「――わたしの好きな人」
「はぁ?、え?、あ?」
余りにアッケラカンと言われ、エッジは面食らったようだ。
約面相のように目まぐるしく表情を変えて……最後に真顔。
とっさ、思いついた台詞を、
「そんなのいつも見――」
――と口走ったところで、我に返った。
興味津々、リディアが覗き込んでいるのに気づいたのだ。
ハッとしたエッジはすぐさま言葉を飲み込んで、
エッジは「さてね」と視線を泳がせた。
そして、すっとぼけた振りで幾ばくかの時間を稼ぐと、
名案を思いついたのかニカッと歯を見せて笑みを作った。
「いやまぁ、そんなのは言うまでもねぇな――」
得意げに親指を立てて、
「このエッジ様は、何でもお見通しって事よ!」
「……ふぅん、あっそう」
あからさまな半眼――
呆れたような視線を投げかけるリディア。
あっさり受け流されてしまい、エッジはちょっぴり怯んだ。
「な、なんだよ、文句あるのか?」
「ううん、な~んでもっ」
リディアはそう言って、失笑に口元を抑えた。
そして、クスクスと鼻をひくつかせる。
「じゃ、わたし、セシルを呼んでくるから。
エッジも、こんなところでサボってちゃ駄目だよ」
「お、おう」
「それから……」
真摯な笑みを浮かべて、
「ありがと。心配してくれて」
そう言い残し、鼻歌交じりに足取り軽く去っていくリディア。
固まったまま見送るエッジ。
その額には冷や汗がタラ~り――そして、苦笑が張り付いた。
こめかみをポリポリと掻く。
「これは、もしかして……バレバレ?」
はい、バレバレですっ♪
☆
「――セシル?」
ローザは、部屋の入口で目を剥いたまま銀の彫像のように
固まっているセシルを見つけた。
はにかんだ顔を見せて問いかける。
「どうかしたの?」
ハッと我に返る――ローザの言葉が魔法のように硬直を解き、
セシルは跋の悪い笑みを右手で覆い隠した。
「いや、その、何と言えばいいのか……」
「えっ?」
「――驚いた。あんまりにも綺麗だから」
セシルは、吐いたセリフの気恥ずかしさを誤魔化すように
明後日の方向に顔を背ける。
ローザは「あらあら」と笑みを零した。
「ありがと。お世辞でも嬉しいわ」
「――お世辞なんかじゃないさ。
僕がそんな器用なこと出来るはずが……
……ってこれ以上、歯の浮くセリフを言わせないでくれ。
全身がむず痒くなりそうだよ」
「そうなの?」
頭を掻くセシルにクスクスと笑う。
ローザには、そんな仕草さえも愛おしい。
「私はもっと言って欲しいんだけど……駄目?」
「は、ははは……」
甘える声に頭を掻きつつ笑って誤魔化すセシル。
ローザは、零れてしまう笑みを抑えて目を細めた。
そして、互いを見つめ合い、二人は笑みを重ねると――
セシルは急に感慨深げに吐息を洩らした。
「しかし、懐かしいな」
「何が?」
「そのヴェールだよ――」
セシルが腕を伸ばし、
ローザの顔を薄く覆ったヴェールの端に触れた。
「これ、カインから受け取ったんだろ?
あいつ、ちゃんと持っててくれたんだな……」
そう言うと、ローザに微笑みかける。
「ヴェールの由来は訊いたかい?」
「ええ、訊いたわよ。泥棒さん♪」
「はははっ、そりゃひどいな。
それじゃ命令した君は泥棒の女頭領だよ」
「まぁ」
顔を見合わせて笑い合った。
「……でも、今思えばあれが僕らの始まりだったんだよな。
あのときの僕たちが居てこそ、今の僕たちが居る」
セシルは笑みをおさめると、目を瞑った。
ローザもそれに倣うように、同じく目を瞑る。
二人は、これまでの道程を反芻する。
そして、これから二人で分かち合う道程を思い描いて瞼を開いた。
「そして、今の私たちが居てこそ、明日の私たちが居るのね。
そうやって未来を紡いでいけば、その先にきっと永遠があるんだわ」
「そうだね」
セシルは相槌を打った。
「なら、僕たちはまず『明日』を手に入れようか。
僕たちの永遠を手に入れるために……」
「……はい」
ローザは、厳かに応える。
明日を手に入れること――それが二人の始まり。
そして、今ここがたった一つの可能性を連ねるための始まりの地。
その可能性とは――きっと「在る」モノではなく、「信じる」モノ。
人と人との狭間に育まれるモノを信じること――
愛であり、友情であり、未来……それが同じモノであると信じることが、
きっと『絆』を結ぶということなのだろう。
今の自分なら、セシルと育てる愛と共に歩む未来……それを信じること。
ローザは、そう思っていた。
だから、今の返事に忍ばせておいたのだ――信じることの誓いを
何よりも先にまず、セシルに向かって誓っておきたかったから……。
「さあ、カインたちが待ちくたびれているかもしれない。
――そろそろ行こうか」
新郎はそれだけ言うと、
何を思いついたのか悪戯じみた笑みを浮かべた。
そして、コホンと一つ咳払いを挟んで汚くもないのに手埃を払うと
新郎は花嫁に向かって、恭しくもサッと手を差し伸べる。
「それでは花嫁さん、この泥棒奴に盗まれてやってくれますか?」
ダンスを誘うかのように、深々と下げる礼――そして戯けた顔を上げた。
その芝居掛かった仕草にも口調にも、思わず噴き出すと、
花嫁はちょっぴり澄ましたような顔になって、ゆっくりと首を横に振った。
「それは難しい相談ね。
だって私の心は、疾うの昔に盗まれてしまったもの」
そして、ギョッとしている新郎に向かって花のように顔をほころばせると、
こちらも芝居掛かった手付きで新郎の手に自分の手を恭しく重ねた。
「もちろん――貴方にね♪」
・最終話 『二つの月が重なる刻』 -絆-
・最終話 『二つの月が重なる刻』 -双月交想-に戻ります
・双月まえがきに戻ります
・小説目次に戻ります
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