【第291話】

オルテガの意志


竜神は母なるドラゴン。

そのドラゴンがこの世の者でなければ

新たなドラゴンは生まれない。

私はこの場を去ることにした。




「・・・・・お待ちなさい」


「?」


「あなたは・・・・何故自分をそこまで犠牲にするのですか?」


「正義のため言うつもりはないのだが・・・

 人間が明るく暮らせる世界が来て欲しい。

 そう切に願う。


 ・・・・・・・私には妻と娘がいる。

 もう何年も会っていないが・・・・・


 妻と娘が安心して暮らせる

 そんな世界をつくりたい、それだけでは理由にならぬだろうか?」


「・・・・・・・・・・・・・娘さんはおいくつ?」


「18歳になったかと思う。

 もしかしたら娘は私のことをうらんでいるかもしれない。

 小さい頃から娘をほおりだして、

 旅に出て何年も帰っていないのだから。

 しかし妻は理解してくれた。

 私が旅立った意味を。

 そして娘も理解していると信じたい」


目の前の竜神は私を見つめていた。

心を見透かされるような目だ。

私も竜神から目をそらさなかった。


「きっと・・・・・・・娘さんは理解していると思うわ」


そう一言つぶやいた。


私は妻に娘に平和な世界を見せてやりたいのだ。

魔物におびえない世界を見せてやりたいのだ。


そのために命を落とすかもしれない。

しかし誰かがやらなければ、何も変わらないのだ。


大魔王の支配におびえないで暮らす人々を

私の手で妻と娘に見せてやりたいのだ。


「・・・・・・わかりました。

 あなたの慈愛の心にかけてみます。

 大魔王の島に渡るための手段をあなたに授けましょう」


「本当か?」


「あなたに私の持っている竜の力を授けます。

 先ほども言ったように私はもうこの世に実体を持ちません。

 だから 竜騎士のためのドラゴンは生めません。

 ただし私の竜としての魂、竜の力を授けます。

 あなたそのものがドラゴンとなるのです」


「私自身がドラゴンになるということは・・・もう人間に戻れないということか?」


「それはわかりません。

 あなたの意志の力によります。

 あなたにドラゴンの魂を与えますが、

 それを制御するのは、あなたの力によります」


「そうか・・・・・ドラゴンの魂を失ったあなたはどうなる?」


「私の魂と思念はなくなります」


「なんだと?

 ではできない」


私はきっぱり答えた。

自分が元の姿に戻れないかもしれないというのは

どうでもいい。

しかし・・・・


「誰かの犠牲を伴うことはできない」


「あなたは家族に平和な世界を見せたかったのではないですか?」


「それはそうだが、だがあなたはどうする?」


「いいのです。

 私は命を失っている身。

 この世に思念を送ることももうすぐままならないことになるでしょう。

 それであれば信念ある心の持ち主の力になれれば本望です」


「・・・・・・・・・」


「ただ1つある方に渡しておきたいものがあったのです。

 その方を待つため私はここにいました。

 それをもし旅先であなたが出会うことがあったら

 私の代わりにその方に渡して欲しいのです」


「私がその者に会えるかはわからないが・・・・・・」


そして目の前の女性がいくらもうこの世のものではないとはいえ

やはり心苦しいものはあった。


「いえ、あなたは必ずその方に会うことになります」


竜神は私の言葉を聞いて、うなづくと手を振った。

礼拝堂の天井から一つの小さい青い石が光りにつつまれて

ゆっくりと降ってきた。


第292話 賢者の石

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