【第437話(最終話)】

王位継承


私は青空の中、感情を抑えきれず、泣き崩れた。

ひとしきり泣いた後、私は涙を拭い、空を再度見上げる。


もう泣くのは終わりだ。

悲しむのは終わりだ。


はぐりんが言ったように、今は取り戻した世界を見て回ろう。




「お久しぶりです、ガライさん」


「チェルトさん、よくご無事で…」


私はメルキドにいるカンダタに会いにいった。

そうしたら、メルキドの街の復興の手伝いをしていたガライさんに出会った。


ガライさんは私の手を握った。

楽器を弾く詩人の手とは思えないほど

その手はとてもゴツゴツしていた。


ガライさんの手は銀の竪琴を弾くため、

とても繊細な指をしていたのに、

今のガライさんは、街の復興のため、手は薄汚れてあちこちに傷があった。

でも、ガライさんの手は…とても暖かった。


ガライさんは涙を流しながら、私を抱きしめてくれた。


「ついに、大魔王を倒したのですね…」


「えぇ…」


「本当によくやってくれました…」


「これも…ガライさんの協力があったからです」


ガライさんには本当にお世話になった。

王者の剣、勇者の盾の話を聞かせてくれ、私はその情報を元に神器を手に入れることができた。

またクラーゴンの時には銀の竪琴を奏でて、たくさんの人を救ってくれた。


彼は唄という力で、人々に力を与えてきた。


メルキドの街はまだ復旧というにはほど遠かった。

それでも、メルキドの街は活気にありふれていた。


人々の顔が笑顔だった。


ガライさんは私を離してくれた。


「たくさんの犠牲が出ました。

 でも、それももう終わりです。

 あの方々の笑顔を取り戻したのは間違いなくあなたの力です。

 未来の希望も、子供達の未来も大きく変えてくれました」


「私だけの力だけではないです。

 ガライさん、メルキドの皆さんの協力、他にもいろいろな方にお世話になりました。

 きっと、誰か一人が協力をしてくれなかったら、今の世界はなかったかもしれません」

 

私は本音を語った。

 

「それでもです。

 あなたは、このアレフガルドの英雄なのです。

 私はこの街の復旧のお手伝いをしたら、旅に出てあなたのことを伝えようと思います」

 

「それは恥ずかしいのですが…」


ほめてもらえたのは嬉しいけれど、私はなすべき事をしただけだ。


でも彼は詩人だ。

止めたとしても、自分の想いがあれば、きっと唄うだろう。

だから私は止めることはしなかった。

 

「それともう1つお伝えしたいことがあります。

 あなたはラダトームには行きましたか?」

 

「いいえ、カンダタや、他のお世話になった人々に会ってからラダトームに行こうと思っていたので」


「カンダタなら、この街に今はいません。

 今はマイラの村の温泉で療養しているはずです」


そうだったのか。この後マイラに向かわないと…。


「話が逸れてしまいましたが、お伝えしたいというのは、

 ラダトームの王が、あなたに王位継承をするという話があります」


「え?」


最初、いったい何のことを言われたのかわからなかった。


王位継承?


つまり、ラダトームの王の座を継承すると…


「私が王様になるってこと?

 そ、そんなの無理ですって!」

 

私の驚きを余所に彼は淡々と話す。


「あなたの功績を考えれば、反対するものは誰もいないでしょう。

 あなたが救ったこの世界を、別の形で統治し、守ることができるのです。

 悪い話ではないと思います」


「でも…」


ガライさんは私が王位継承を受けることを賛成しているようだ。


「今いきなり言われても、結論を出すのは難しいと思います。

 ただラダトームに戻れば、きっとその話が挙がりますので

 それまでに考えておいたほうがよいでしょう」

 

「わかりました」




私はリムルダールに来ていた。


武器屋主人のところに訪れていた。


彼には、ブルーメタルの兜と命の指輪をもらい、

父さんの兜についていた魔法石を

ブルーメタルの兜にとりつける作業を行ってくれた。


本当にお世話になった。


命の指輪は、武器屋主人の魔物により亡くなった奥さんの形見だ。


私はそんな大切なものはもらえないから、

大魔王を倒したら、命の指輪を返す約束をしていた。


「指輪、ありがとうございました。

 奥さんには何度も命を助けられました。」

 

命の指輪はキングヒドラやバラモスゾンビ、大魔王との戦いで

常に傷を癒し続け、力を与えてくれた。


私は指輪をとり、主人の掌に手渡し、両手で優しく包み込んだ。


「本当に・・・ありがとう」


「わざわざ、こんなところまで訪れていただき、ありがとうございます。

 妻も、勇者様の力に慣れて、天国できっと微笑んでいると思います。

 本当に、ありがとうございました」


主人は涙しながら、微笑んだ。


「日の光がこんなに明るいなんてね・・・

 唯一の心残りは、この世界を妻と一緒に見ることができなかったことですが

 でも・・・この景色を天国で、見て、喜んでいるでしょうね」





「久しぶりだな、チェルト」


「うん、久しぶりね」


カンダタはマイラの温泉宿で、上半身裸で

木のイスに深く腰掛けていた。


「………」


「………」


お互い久々で、話したいことがあって、でも話せなかった。


先の動いたのはカンダタだった。


カンダタは木のイスから立ち上がった。


そして左腕で私の頭をぎゅーっと締め上げた。


「けっ、本当にやりやがったな、こんちくしょう!」


カンダタは笑っていた。


「い、痛いって!!!」


私も笑いながら抵抗した。


「さすが、勇者様だぜ」


「その、勇者様ってやめてよ」


カンダタは腕をゆるめ、私を離した。


年は倍近く離れているかもしれないが、旧友のようだった。


「そういえば、はぐ坊はどうした」


はぐ坊とは、はぐりんのことだ。


私ははぐりんが、雨雲の杖であったことや、

父オルテガと再会したこと、だけれど大魔王の城でキングヒドラとの戦いで命を落としたことなど

一連のことを話した。


「……そうか……

 あの後も、いろいろあったんだな。

 その雨雲の杖が、あのはぐ坊だったとはな。

 それに、オヤジさんのことは…残念だったな。

 俺には、物心ついた頃から親がいねぇから、

 気持ちがわかるとか言うとおまえに失礼だから、そんな軽い台詞は言えねぇ。

 だが、大事な人を失った人の気持ちは俺にもわかる」

 

そう言うとカンダタは黙り込んだ。


 

「うん、ありがと。

 でも、そんなに気を使わなくてもよいよ。

 気持ちの整理がついたか…と言えば嘘になるけれど

 でも、悩んでもしょうがないからさ。

 一通り、街に回ったら、リムルダールにいって、まだ虹の橋がかかっているか見てみるよ。

 もし、お父さんの遺体があれば、埋葬したいし」

 

「そうか。

 そういえば、おまえはこれからどうするんだ。

 ラダトームの王位継承を受けるのか?」

 

「ううん、私にはまだやることがあるから。

 はぐりんと約束したんだ。

 大魔王を倒したら、人間と魔物が共存できる世界を作るって。

 

 一国の王になれば、それもかなえられるかもって思ったんだけれど…


 それは今の王様にお願いをして聞き届けてくれれば

 私でなくてもできるかもしれないから。

 

 それに魔物がいるのはアレフガルドだけではないでしょ?」

 

カンダタは、私の言葉をよく理解できなかったのか

しばらく考えていた。

それから少し時間がたってから口を聞いた。

 

「もしかして…アレフガルドを出るのか?」


「うん。その可能性はあるかも」


「そうか…

 アレフガルドの外の世界に行き、人間と魔物がどのような生活をしているのか、

 それを調べるんだな。

 

 おまえは、とことんすげぇな。

 俺の考えること、一歩先に行きやがる」

 

「そんなんじゃないんだよ。

 一つの所に落ち着くと、きっとお父さんのこととかいろいろ考えちゃうかもしれないから

 じっとしていられないだけ。

 それと、親友との約束は果たしたい、そしてそれが私のしたいことでもあるから

 それだけなんだよ」


「ふん…

 面白そうじゃんかよ。

 もしおまえがアレフガルドの外に行くんなら、俺もついていくぜ。

 はぐ坊は、おまえの親友かもしれないが、俺にとっても友達だからな」


カンダタは照れくさそうに言った。


「まぁ、片腕だけじゃぁ、対して役にたたねぇかもしれないが

 それでも、いっぱしの人間よりは戦える。

 それに、洞窟や旅の知識はおまえ以上にあるからな」

 

カンダタは傍らに置いてあった雷神の剣を手にとった。

 

「本当に、着いて来てくれるの?」


確かに知らない大陸に行くのなら、一人より、二人の方が心強い。


「わかった。

 じゃぁ、もし決心したら、あなたに声をかけるわ」

 



「ルピーさん、お久しぶりです」


「チェルトさん、よくぞいらっしゃいました」


私はカンダタと別れた後、ルーラでドムドーラに向かい、

そこから雨雲の杖を授かった祠で、妖精ルピーさんと再会した。


「チェルトさん、本当に…よくがんばりましたね」


「はい」


ルピーさんは私の手を握った。


「今回の戦いは、あなた方人間界だけでなく、

 精霊界、天界も巻き込むものでした。

 囚われた精霊ルビス様も助けてくださり、

 誰もが為し得なかったことを為し得た、

 本当に感謝しております」

 

私もルピーさんの手を握り返した。


「ルピーさん、本当にお世話になりました」


ルピーさんには落城するバラモス城の中でキメラの翼で助けてくださったり、

はぐりんとの再会、雨雲の杖の助力を頂いた。

今、このアレフガルドでもっともルビス様に近い位置にいる方でもある。


「でも、チェルトさんにとっては、まだ戦いは終わりではないのですね?」


ルピーさんには何でもお見通しだった。

まるで心を読みとられたようだ。


「えぇ、はぐりんとの約束があるんです。

 ルビス様が天空で作り上げた世界。

 魔物と精霊達が共存していた世界。

 私は地上でも、再現してみたい」


「そうですか。

 大魔王の呪縛がとけたとはいえ、言葉を持たぬ魔物が多いはず。

 その道は困難を極めるでしょう。

 ・・・ですが、チェルトさんが言うと、どんな不可能なことも可能にしてしまう、

 そんな気持ちになります。

 そしてチェルトさんなら、ルビス様や神々のご加護もあります。

 がんばってください。

 私もこの世界で微力ながらお手伝いします」


ルピーさんは暖かい笑顔を私に向けてくれた。

 




私はアレフガルドを回り、心の整理ができてから

ラダトームに戻ってきた。


「よくぞ・・・・戻ってきた!

 そして、よくぞ・・・大魔王を倒してくれた!」

 

ラダトーム王は玉座から立ち上がり、私を思いっきり抱きしめた。


「ホビット、エルフも協力し、種族を越えて作られた神器を持つお主でれば、

 きっとやり遂げてくれると信じておった」


たくさんの兵士がいる前で抱きしめられるのは少し気恥ずかしかった。


「大魔王の力は巨大でした。

 とても私だけではやり遂げることができませんでした。

 ですが、王が力を貸してくれました。

 アレフガルドの人々が力を貸してくれました。

 どれだけ、多くの人々に私が支えられたことか・・・」

 

私も遠慮がちに王の背中に手を回して、王に答えた。

 

「ラダトーム王には、太陽の石を頂き、

 ルビス様を助けるために、軍船を譲り受けました。

 そして王がアレフガルドの民をまとめて下さったおかげで

 人々は絶望の淵から立ち上がり、再度大魔王に立ち向かえました。


 民衆は立ち上がり、ルビス様を助ける手助けをして頂き、

 メルキドで戦って下さいました」


「何を言っておるか。

 群衆が立ち上がったきっかけは私ではない。

 そなただ。

 私は指示をしたに過ぎない。

 お主がいなければ、絶望にうちひしがれたまま、民衆は私の声に耳を傾けなかったであろう。

 ・・・本当によくやってくれた。

 お主が、このアレフガルドに来てくれたことに心より感謝する。


 それと、お主には、突然ではあるが、一つ話したいことがある。」

 

王は体を離し、私の目を見た。

 

「・・・なんでしょう?」


「私は、お主に王位を譲ろうと思っておる」


おぉぉぉぉ!


兵士達がどよめいた。


噂話では、アレフガルド中に広まっていたのだが

正式な話が王からあったのがこれが初めてなのかもしれない。


事前に話を聞いてはいたので、驚きはしなかった。

私はあらかじめ決めていた答えを言う。


「王様・・・お気持ちは嬉しいのですが、お受けするわけにはいきません」


「チェルトよ。

 そう、結論をすぐに出さずともよい。

 まずは、じっくりと考えてもらえぬか。

 このアレフガルドのために。

 お主ほど王にふさわしい人間は他にいないのだ」


「いえ、じっくり考えた上での結論です。

 失礼ながら、王位の話は、アレフガルドを渡り歩いていたときに、

 噂は聞いておりましたので。


 私は王になれる器ではありません。

 それに私には成すべきことがあります。」

 

「その、成すべきこととは、なんだ?」


王は真剣な顔で私の答えを待つ。


「私は、今までの旅で、とても大切な友人ができました。

 特にそのうちの一人は・・・心がつながっている人です。

 その友人とは、ルビス様の加護を受けた者です。

 私は彼との約束を守るため、私はアレフガルドから出て、

 外の世界を回ろうと思っています」


私は、はぐりんとの出会いや、会話、

魔物達との共存の話をした。


「魔物の友人・・・だと?

 魔物との・・・共存・・・だと?」


さすがに王は驚いていた。


「驚かれるのは無理もありません。

 まして、魔物に家族を殺された家族は、この考えには反対するでしょう。理解し難いでしょう。

 怒りで我を忘れる方もいるでしょう。

 

 しかし、私は彼と約束をしました。


 魔物がすべて悪ではないのです。

 一つは魔王に心を支配されていたから、このような歴史になったのです。

 

 そして人間にも善と悪がいるように、魔物も同じなのです。


私はスライムの歴史や、幸せの靴のために

人間達に惨殺されたスライム達の話をした。


「私はアレフガルドを回り、そしてアレフガルドの世界を回り、

 魔物との共存について、模索してみたいと考えています」

 

私が一通り自分の考えを言うと、辺りは静まった。

兵達も驚きを隠せないようだった。


王は考え込んでいる。


「・・・」


「・・・ですから、王位の話は、お受けできません。

 本当に・・・申し訳ありません」


私は頭を下げた。


「・・・うーむ・・・

 信じがたい話だが、お主が嘘をつくわけはないし、

 嘘をつく意味もないからの。

 

 今すぐにその考えをアレフガルドに広げるのは確かに無理であろう。

 であるが、お主の考えはよくわかった。

 

 平和を維持するため、残った魔物の討伐を考えていたが、

 それはお主の考えに反するようだから、取りやめにする」

 

「ありがとうございます」

 

「それに、だからこそ、お主のような旅人が、世界を回り成し遂げられることなのかもしれんの。

 

 王位の件は残念だが、あきらめるしかなかろう。

 

 だが、いつでも、このラダトームに戻ってくるがよい。

 私はお主を友人として、どんなときでも出迎えよう。」

 

王は強く私の手を握りしめた;


「はい!」


私も王の手を握り返した。


「まずは、この平和になった世界を共に楽しもうではないか。

 今宵は宴を行うぞ。本当は日の光を見て、このアレフガルドが大魔王の呪縛から解かれた事を知ったが

 お主が帰還するまで待っておったのだ。まずは宴だ、宴だ!!!」

 



私は今、カンダタとリムルダールの岬に来ている。


ラダトームで歓迎を受けた私は、数日の滞在後、

別れを惜しむ、王と国民達を前に、旅だった。


大魔王の島で、父の遺体を探そうとしたが、

既に虹の橋はなく、島に渡る手段が存在しなかった。


私はお墓をリムルダールの岬に作った。

石を積み重ねただけ簡素な墓。

カンダタも手伝ってくれた。


私は手を合わせて祈る。


カンダタは後ろで見守っていた。



私…お父さんに何をしてあげられたかわからないけれど

でも、父さんの意志は引き継いで、目的は達せたと思う。


だから父さん、私、行くね。

今度は私の目的のために。


父さんとの旅の間に、私が見つけた目的。

それを実現するために。


私は立ち上がった。


「…行こうか」


「もういいのか?」


「…うん」


私は雨雲の杖を握りしめた。


「行こう、カンダタ。

 今度は私たちの旅に!」


<終>


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