埃まみれの手記
ゴッドサイド近くの島に家が一軒だけあった。まるで人目を忍ぶかのように。そしてその家の書斎らしき所に問題の封筒が埃をかぶっていた。封筒の表側には「我が珍奇なる生涯を此処に語る ホイミン」と書かれている。この文書は長い間、ゴッドサイドの歴代神官が秘匿していたものであり、この場に於いてはじめて公開するものである。以下にホイミンの手記全文を掲載する。
私の名はホイミン。名前だけを考えるとするならば容易に推測されるだろうが、この世に生を受けたときはホイミスライムだった。だが、今現在、人として生き、文書を書いている。私は、ホイミスライムというモンスターから人へ変貌を遂げるという稀有な出来事を経験したのである。人へと変わるということは単純なことではなかった。体だけではなく心においても大きな変化が生じたのである。そう、風貌だけの問題ではなかったのである。
はじめて人と接したのはイムル南東にある古井戸の地下洞窟でだった。そこで私は人になるためには、人とともに過ごせばいいという安易な考えの基、誰かが来るのをひたすらに待ち侘びていたのだ。そしてライアン様と出会った。彼はバトランド王宮の戦士であり、そのときに起こっていた児童遭難事件を解決すべく私のいる洞窟を探検していたところであった。
会うや否や仲間にして欲しいと懇願し、ライアン様はしばらく考えた後に受諾した。今にして思えば、何を以て仲間にすることを承知したのかはわからない。バトランド王が戦士たちに対して互いに競うような言い方で事件解決を求めたために、単独行動を余儀なくさせられ、独り旅が淋しかったからだろうか。それとも単にホイミを唱えることができるからだったのだろうか----ただ、私はそのときはひたすらに喜んだのだった。
暫くしてライアン様とともに事件を解決する。この事件の真相は広く語り継がれているので、敢えて記することはしない。ただ、私にとってはこの件によってピサロ様が人を滅ぼそうとしているということがわかった。しかしそれでも尚、人になりたいという欲望が尽きることはなかったのだ。
事件後はライアン様と別れることにした。彼には彼のやりたいことが、伝説の勇者を捜し出すという目的があり、私の人になりたいという目的とは懸け離れているからである。そして、なによりも人と寝食共にしたからといって人になれるわけではないことに気づいたからだ。もちろんライアン様は一緒に旅をしても互いの目的を達成せしめることができるのではないかという言葉を懸けてくれたのだが、人になることしか頭になかった私は、その言葉を受け止めることができなかった。
独りになったはいいが、行く当てはない。目的地に向かうための目標を見つけることができなかったのである。そこで私の採った行動は----あの井戸へ向かうことだった。なぜはじめの場所へと還る気になったかは不可解極まりない。ただ、今私が人である以上、この行動が間違いではなかったことだけは確かだと言えよう。
ライアン様と出会った正にその場所に辿り着くと、私は深い眠りに就いた。そして長い長い夢を見るのであった。