心の深奥
気がつくと私は深い森の中を独り彷徨っていた。右も左もわからず、しかし立ち止まることもなくただひたすらに歩いた。まるで何かに惹き寄せられるかのように。そして辿り着いたところは、一筋の滝が流れ落ち、小さな川ができているところだった。滝の傍に近づこうとすると、微かに声が聞こえた。辺りを見回したが誰もいない。幻聴かと思いそのまま滝へと向かう。
ホイミン----。
今度は確かに声が聞こえた。いや、聞こえたという言葉は正確ではない。直接頭に語りかけてきていたのだった。声の主を捜すかのように滝の方へ目をやる。すると、そこには先程まで誰もいなかった筈の所に人が居て、優しく私に微笑み懸けていた。
あ…あなたは? そしてここは?
しかし、こう問い掛けはしたものの、私には応えが解っていたのかもしれなかった。
わたしの名前はルビス。人はわたしのことを精霊ルビスと呼びます。
そしてここは----ホイミン、あなたの心の世界。
夢…ですか?
そうでもあるし、そうではありません。
というと……。
あなたの心と体を繋ぐものが魂であり、普段はこの魂によって両者は一つになっています。
しかし、今あなたの心は魂の助けにより一時的に体という呪縛から逃れています。
ただ、魂から離れたわけではありません。
自己というものは存在しているのです。
が、体から切り離されたことにより自我というものが曖昧になっています。
意識と無意識が同時に存在しているのです。
そして、この状態こそ夢を見ている状態なのですが、今わたしの心もあります。
二つの心が混在しているのです。
普通に考えれば俄には信じがたいことであろう。ただ、この時の私には何の躊躇いもなく素直に受け止めることができたのだ。そこに理由など存在しなかった。
ホイミン、あなたは何故「人」になろうとするのですか?
いざ訊ねられると即座に答えることができなかった。どうして人になることを切望していたのだろうか。ホイミスライムであることに対して一体何が不満だったのだろうか。答えることができなかった私はただただルビス様を真っ直ぐに見つめることしかできなかった。
「人」の良い面ばかりを見ているのではないですか?
----そうかもしれません。
ライアン様と出逢い、人であることの素晴らしさを知りました。
ただ、最初は曖昧だった「人へ成ることへの欲求」が強くなったのは事実なのです。
わたしは、「人」というものは二律背反的な生き物だと思っています。
「にりつはいはん」とは……。
相互に矛盾し対立する二つの命題が、同じ権利を持って主張されていることです。
----そして「人」は「人」である以上この枷から逃れることはできないと思っています。