往き着く果て


 目が覚めると、周りを確かめた。何のことはない、自分が眠る前と同じ場所だ----見飽きた景色。しかし私自身の体は変化していた。人と成っていたのだ。願いが叶ったのだ。傍から見れば大いなる僥倖を手にしたとでも言うのだろうか。確かに嬉しい。ただ、何処かに疑懼の念を抱かずにはいられなかった。今ある此の体は刹那的なものではないのか。次の瞬間には体が水泡のように消え、元に戻ってしまうのではないか。狭霧に如く儚いものなのではないか。また、体は人なれど、心はホイミスライムの儘なのだろうか。しかしこのような気持ちを内包しているのだと悟った時、やはり私は完全にとは言えないまでも人に成ったのだということを認識した。と同時に後戻りも出来ないことを。

 私は洞窟を出た。そしてバトランド城下町へ行き、雑踏の中に紛れ込んだ。まるでモンスターから逃げるように。そして自分の姿が人であることを再認識するかのように。

 ライアン様と共に旅をしていた頃は、私がホイミスライムだったばかりに多大なる苦労を掛けてしまった。しかし今は違う。人々の間にいても後ろ指を指されることはない。体を心を入れる器だとするならば、器が変わっただけで人はこうも態度を変えるものなのか----こう思わずにはいられなかった。ただ、だからといって人に対して瞋恚の炎を燃やすことはしなかった。そんなことをしても仕方がないことは解っていたから----そもそも自分も既に「人」なのだから。

 バトランドに居たのだが、そこで人の醜い面を垣間見た。唖然、茫然、愕然、慄然----しだいに私は思索に耽るようになっていった。暫くしてこの地を逃げるかのように後にする。旅の吟遊詩人として生きていくことにしたのだ。何者にも囚われたくはなかった。未だに残る僅かなホイミスライムの心は、人の醜悪なる面を容認することを許さなかったのである。

 他人を信用することに臆病になったのだろうか。ただ、人の良い面を見ることを忘れないよう努めることはした。その為かもしれないが、ある時期を境に、無性にライアン様に再び逢いたくなったのだ。「人」の素晴らしい所を教えてくれた人に。

 世界各地を巡り、ライアン様が、捜していた伝説の勇者と共にキングレオ城付近にいるという噂を耳にした。私は早速そのキングレオ城という所へと赴いた。辿り着くと程なく旅の一行が現れた。どうやらその一団が噂の勇者一行のようだ。さあ、行ってライアン様に逢おう----こう思ったのだが体が進まない。

 ライアン様は私がホイミンであるということが解るのだろうか。
 外見は全く変わってしまっている。
 解ってはもらえまい……。

 一種絶望的諦めがそこにはあった。自分を認識してもらえなかったときの悲しさを怖れるあまり、体が動かなかったのだ。「逢いたい」「逢いたくない」という矛盾する心が此処にあった。正に二律背反の渦中にあったのだ。

 臆病な私は結局逢わなかった。そしてゴッドサイド付近の小さな今居る島で余生を送ることにした。独りひっそりと。そして、時は流れた。もうかなりの歳となった。もうすぐ私は死ぬだろう。そして魂は消滅する。魂を失い、心と体は分離され、体は朽ち果て心は神界へと昇るだろう。このまま自分の生涯について誰にも知られることなくこの塵界から消えてしまうのも悪くはない。ただ、自分の足跡を全く残さないというのも淋しい----こう感じるのも凡そ自分が人の心を持っているからであろうが----自分の辿った途を記するのも悪くはないだろうと思い、これを認めた。いつの日かこの手記を見つけた方に、この処分を託すことにする。

ホイミン

あとがきへ



パステル・ミディリンのトップページに戻ります