<エドガンとの出会い>

 

私の名前はべス。たった今、父を、母を、祖母を失った。魔物たちに殺されたのだ。

「けっけっけ。たわいもねぇな。どうする?大ミミズ。こいつも喰っちまうか?」

「お前の判断に任せるよ。いたずらモグラ」

 ・・こんなところで死んでしまうのか・・・

 べスは、涙を流した。独りぼっち・・つらい。悲しい。苦しい・・・

(もう、いい。殺してくれ。ひと思いに)

「いたずらモグラ。この犬、もう観念しているようだぞ」

「ひゃっはっは。そうか、お前もそう思うかァ?よぉし、おい、犬。殺してやるよ。喰ってやるよ。おばあちゃんたちとあの世で幸せになぁ!」

(情けない・・魔物の手にかかって死ぬとは・・・)


「先生。犬が・・魔物に襲われています」

「む?おぉ、あれは・・・」

 先生と呼ばれた中年の男と、彼を先生と呼んだ大男が、べスを殺そうとしている魔物達に近づいた。


「死ねえぇぇ!」

「待て」

 中年の男が、魔物の行為を止めようとした。いたずらモグラは、ぴたりと行為を止めた。

「なんだ貴様わぁ?」

「落ち着け、いたずらモグラ。・・何か用か?」

「魔物たちよ」

 中年の男が、大男を、腕を横に伸ばして止めて、言った。

「生命を失った肉体を清めるのは、構わない。だが、まだ生命ある弱きものを殺めるのは、見過ごすわけにいかぬ・・欲をかくな。立ち去るが良い」

「んだとこの野郎ぉ?人間風情が図に乗りやがってぇ!」

「黙っていろ、いたずらモグラ」

 大ミミズが、いたずらモグラの口を塞いだ。

「・・いいだろう。この犬は不味そうだ。好きにするがいい」

 中年の男の顔が、パッと輝いた。

「わかってくれるか・・・」

「何言ってやがんだ大ミミズ! この犬が不味そうだとぉ!? てめぇの目は節穴かぁ!?」

「もういいだろう、いたずらモグラ」

 大ミミズが、振り返った。

「食い過ぎだ。身体によくないぞ」

「ちっ・・この爬虫類野郎が・・・。命拾いしたな、犬。それと、人間・・・」

 魔物達は、帰って行った。

(あの男・・ただ者じゃない。もし戦えば確実に殺られる・・・)

 大ミミズは、帰りながらそう思っていた。


「もう・・大丈夫だ」

 中年の男が、べスを抱き締めた。

(あなたは一体・・・)

「エドガン先生」

 大男が、殺された祖母達を見て、首を横に振った。

「そうか・・残念だな、お前・・・」

(やはり、祖母は、父は、母は・・死んだのですか・・・?)

「そう悲しい顔をするな・・うむ・・・」

 エドガンは、難しい顔をして、そして、大男に言った。

「飼ってやるかオーリン。この犬を」

「先生の意見には反対しません」

 オーリンが答えた。彼にとって、エドガンの命令は絶対であった。

「よかったな。お前のような可愛い犬が家に来れば、娘たちもさぞ喜ぶことだろう・・・」

(娘がいるのですか?)

「マーニャとミネアが帰りを待っている・・・。ゆくぞ、オーリン」

「ははっ」

 そして、ベスと、二人の男は、愛らしい娘の待つ小さな村へと帰って行く。


「いいかい。人間には近づくんじゃない。奴らは非情な生き物だ。とんでもない悪魔だ。人間をみかけたら、すぐさま逃げるんだよ」

 亡き祖母がよく私に言っていた。非情? 悪魔? 何を馬鹿なことを・・むしろ天使のようだ。あぁ、エドガン様。一生ついていきます。


「エドガン先生、村です」

 オーリンが、低く、静かな声で言った。

「うむ。さぁ、帰ろう」

 エドガンの足が自然に速くなった。


「あら、エドガン様、オーリンさん、お帰りなさい」

「マレーニ殿」

 一人の女が、エドガンに声をかけた。見るからに、親切そうな女性だ。

「例のアレは、見つかったのかい?」

「残念ながら、今日も・・・」

 エドガンが、顔を曇らせた。

(アレ?なんのことなのだろうか・・・)

「アレさえあれば、錬金術の研究がもっとはかどるんだろう? 早めに見つけたい代物だねぇ・・・」

(錬金術・・・? エドガン様とオーリン様は、錬金術士なのですか?)

「ま、そう世の中甘くはありません。竜神様も、地道にやりなさい、と言っているかも知れない・・・」

「マスタードラゴン様も頭が固いんだねぇ」

 三人の間に、笑いが起こった。べスも、嬉しくなった。

「エドガン様、そろそろ・・・」

「あ、うむ。それではマレーニ殿。私はこれで・・・。黄金の草のことは気にしなくてもよいのですぞ。いずれ、きっと、見つけてみせましょう。はっはっは」


「パパー! お帰り!」

「ぱぱ、おかえりぃ。おーりんも、おかえりなさぁい」

 二人の可愛らしい娘が、エドガンの足下に駆け寄って来た。

「ははは。マーニャ、ミネア。いい子にしてたかい?」

「マーニャ様、ミネア様。ただいま戻りました」

「そうだ! お父さん、あたしお皿洗いしておいたわよ! えらい?」

「ほほぉ。そうかそうか。偉い偉い。パパはなんにも言ってないのにねぇ」

「み、みねあだって、しゃらあらいしたもん!」

「ミネアはなんにもしてないでしょ!」

「みねあだってしたも~ん。 えぇ~ん」

 ミネアが泣き出した。エドガンが微笑み、オーリンが戸惑った。マーニャはそっぽを向いている。

「おいおいミネア。泣かないでおくれよ。パパが困っちゃうじゃないか」

「だってぇ~、みねあだって、さりゃあらいしたのに~!」

「ミネアのウソつき泣きムシ! まったくぅ。お父さん、いい子にしてたから、何かおみやげちょうだい!」

「みねあもちょうらい!」

 ミネアも、泣きながらダダをこね始めた。

「よし、わかった」

 エドガンがしゃがみ込んで、言った。

「この子犬をあげよう」

(マーニャ様! ミネア様! 初めまして!)

「かわいい~~!」

「かぁいい!」

 マーニャとミネアが、全身で喜びを表現した。マーニャは踊りまくり、ミネアはべスに挨拶した。

「今日から、この子は家族の一員さ」

「名前はなんていうのぉ?」

「え?名前?・・う~む」

 エドガンは急に悩み始めた。名前を付けることなど全く考えていなかった。

「名前はな~に?」

「名前・・う~ん・・・」

 その時、ミネアが声を張り上げて、言った。

「ぺすた!」

(ぺすた?)

「ぺすたがいい!」

「ペスタって・・この前村にやって来た旅芸人の名前かい?」

「私もペスタがいい!」

 マーニャも賛成した。

「だって、ペスタ、すっごく面白かったもん! ペスタ大好き!」

「うむ。よ~し、それじゃ、今日からこの子の名前はペスタだ!」

「やった~~~!」

 こうして、ペスタは、エドガン家の飼い犬となった。


第2話 「人間になる」へ


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