1.招待状
サントハイム王女ミリーナ(17歳)と王子ハリスト(16歳)は、両親に呼び出された。
母は現サントハイム女王であるアリーナ、父はその夫であるクリフトである。
バン!
ミリーナは、両親の居室のドアを乱暴に開けた。
(ミリーナ)「おふくろ、何の用だ?」
(クリフト)「ミリーナ、ドアは静かに開けなさい」
(ミリーナ)「こんぐらいじゃ、壊れやしないって」
クリフトは、ため息をついた。この娘は、何から何まで、愛しの妻の若いころとそっくりだ。だから、何度いっても無駄であろうということは分かってはいた。しかし、それでもいわずにはいられない。
ハリストが、父娘の言い合いを無視して、仕切りなおしの質問を発した。
(ハリスト)「母上、ご用件は何でしょうか?」
(アリーナ)「UKBE(ボンモール・エンドール連合王国)から、こんなものが届いたんだ」
アリーナは、二人に書状を渡した。
それは、アリーナがかつて出場して以来、ずっと中止になっていた武術大会を、数十年ぶりに開催するという知らせだった。観戦来賓として、サントハイム王家を招待する招待状もついていた。
(アリーナ)「なかなか面白そうだろ? 行ってみるか?」
(ミリーナ)「見るだけじゃつまらん。私も出るぞ」
アリーナは、娘の反応があまりにも予想通りであったため、思わず笑い出しそうになった。
(アリーナ)「簡単には、出させないぞ。条件が一つある」
(ミリーナ)「なんだ?」
(アリーナ)「自力で、会場のエンドールまで行ってこい。大会は一ヶ月後だ。それまでに出場登録をしないと出場できないぞ」
エンドールまで一ヶ月。日程的にはギリギリだ。
(ミリーナ)「なーんだ。そんぐらい、ちょろいもんだ」
(アリーナ)「ハリスト、おまえもついていけ」
(ハリスト)「なぜ、私まで?」
(ミリーナ)「足手まといはいらんぞ」
二人の抗議の声が、絶妙にハウリングした。
(アリーナ)「ミリーナ一人じゃ、暴走したときに手がつけられんからな。おまえは、フォロー役だ」
(ハリスト)「また、姉上の尻拭い役ですかぁ?」
(ミリーナ)「誰の尻拭いだって?」
(ハリスト)「いえいえ、何でもありませんよ、姉上」
(アリーナ)「命令だ。行ってこい」
(ハリスト)「かしこまりました、母上」
(ミリーナ)「よーし、やってやるぞう」
ミリーナが意気揚々と部屋を出て行き、ハリストが一礼してそのあとに続いた。
アリーナは苦笑した。
(アリーナ)「なあ、クリフト。おまえも、若いころは、内心ではハリストみたいに不満たらたらだったのか?」
(クリフト)「いえ。愛しい相手のお世話に不満などありましょうか? でも、アリーナがもし姉か妹だったら、あるいは……」
(アリーナ)「そんなもんか」
(クリフト)「でも、本当にあれでよかったんですか? ミリーナとハリストには、招待出場選手としての招待状がきているのに」
ミリーナは回復魔法も使える武闘家として、ハリストは父親の特徴をついで神官戦士として、かなりの腕前である。だから、招待出場選手として招待状がきていたのだ。それなのに、アリーナはわざとその招待状を見せなかったのである。
(アリーナ)「いいじゃないか。ちょうどいい機会だ。世間を見て回るのも悪くはあるまい。それに、自力でたどり着けないような情けない奴を出場させる気もない。サントハイムの恥さらしだからな」
女王秘書官が、謁見に訪れた。
(秘書官)「日程の調整がつきました。これが日程表になります」
秘書官は、無駄な口上は述べずに結論だけを述べた。アリーナが無駄な儀礼や美辞麗句を極端に嫌うので、一般臣民や来賓がいない場では自然とそういうことになっていた。
アリーナは、日程表を一瞥した。武術大会の観戦を日程に組み入れたため、それ以前の日程がきつくなっている。
(アリーナ)「窮屈だぞ。なんか外せるもんはないのか?」
(秘書官)「どれも大切なご公務でございます。なにとぞご理解を」
クリフトも、日程表を一瞥した。これでも公務がだいぶ削られている。この有能な秘書官は、関係各所とかなり折衝を行なったに違いない。
(クリフト)「分かりました。それでよろしいです」
(アリーナ)「ちょっと待て!」
(クリフト)「私も尽力いたしますので、ご理解を」
クリフトは、微笑みながらそういった。
(アリーナ)「ちっ、分かったよ」
アリーナは、クリフトのこの微笑みながらの懇願に弱いのだ。
バトランド。
ライアン、マーニャ夫妻と、その娘ラーニャ(15歳)は、国王に呼び出されていた。
ラーニャは、この年齢で既に近衛隊員という重い任務を授かっている天才少女だった。父と母の両方の才能を受け継いで構成された実戦剣舞と攻撃魔法の組み合わせによる戦技は、隣国ガーデンブルクの屈強な女兵士でさえ恐れをなすほどのものであった。
(国王)「UKBEから、招待状が届いている」
国王は、招待状をライアンに手渡した。
三人は頭をつき合わせて、その招待状を読んだ。
武術大会の招待出場選手として、ラーニャが指名されていた。
(ラーニャ)「面白そうじゃん」
(マーニャ)「なかなか楽しそうなことになりそうだねぇ」
(ライアン)「国を代表して出場するのだから、少しは真面目に……」
(ラーニャ)「楽しければいいじゃない。なんかいい男に出会えそうな、よ・か・ん」
(ライアン)「ラーニャ! 陛下の御前であるぞ!」
娘は容貌も性格も、まったくの母親似。
近衛隊員になったら、少しはわきまえるかと思ったが、期待はまったく裏切られている。
(国王)「いえ、いいのですよ、ライアン。充分に楽しんできてください」
(ライアン)「王国の威信を傷つけぬよう努力いたします」
(マーニャ)「あんたが努力してもしょうがないじゃないの。出るのは、ラーニャなんだから」
ライアンもマーニャも、論点が微妙にずれている。
ラーニャは、そんな両親にはかまわず、心うきうきであった。
ユーリルバーグ。
ユーリル、シンシア夫妻のもとにも招待状が届いていた。
息子のシンル(18歳)と一緒に、招待状の中身を読んだ。
(シンル)「世界中から強い人が集まるんだ。面白そう」
(ユーリル)「なら、出場することで決まりだ」
(シンシア)「そんなあっさり決めちゃっていいの?」
(ユーリル)「シンシアは、反対なのかい?」
(シンシア)「そうじゃないけど」
(ユーリル)「なら決まり。よし、大会に向けて特訓だ」
(シンル)「特訓って、そんなの必要ないよ」
(ユーリル)「勇者の息子があっさり負けたら、格好悪いじゃないか」
(シンル)「そんな心配、いらないって」
(ユーリル)「そういう油断が命取りだ。いいから、やるぞ」
(シンル)「やだなぁ……」
(シンシア)「シンル、お父さんのいうとおりですよ」
(シンル)「分かったよ」
ユーリルとシンルは、特訓のため郊外に出かけていった。
シンシアは苦笑した。
ユーリルは、一人息子のシンルが可愛くて仕方がないのだ。それは、自分も同じであるが。
モンバーバラ。
ミネアは、自宅の庭先にたたずんでいた。
そろそろやってきそうだという予感があった。
ミネアが、右腕を空に伸ばすと、その手のひらに伝書鳩が止まった。
(ミネア)「ご苦労様です」
ミネアは、伝書鳩の足にくくられた書状を取り、読んだ。
(ミネア)「ミリア」
そう呼ぶと、呼ばれた相手はすぐにやってきた。
(ミリア)「なんでしょうか、お養母様」
養女のミリア(16歳)である。
ミネアは独身であったが、このミリアを養女として引き取っていた。
そうすることに決めたのは、ミリアに天賦の才を見出したからだった。回復魔法と攻撃魔法の両方を自由自在に使いこなせる賢者としての才。さらに、それだけには止まらない。
ミネアは、ミリアに書状を渡した。
ミリアは、一読して、こう答えた。
(ミリア)「ご招待は、お受けいたします」
(ミネア)「では、その旨、回答しておきます」
ミネアは、回答書を書き上げると、伝書鳩の足にくくりつけて、空に解き放った。
久しぶりにかつての仲間と再会できそうな、そんな予感がした。
某辺境、某塔。
今はあえて名前はふせるが、その夫妻のもとにも招待状が届いていた。
(妻)「どうなさるのですか?」
(夫)「出場させる。長く無沙汰にしている彼らにも会ってみたいしな」
(妻)「でも、私たちの姿は目立ちます」
(夫)「モシャスで化ければ、よいだろう。息子もモシャスで化けて偽名でも使えばいい」
(妻)「分かりました」
エンドール。
トルネコは、国王夫妻、すなわちリックとモニカに謁見していた。
(リック)「招待客からは、すべて返事来ました。どれもよい返事ばかりです」
(トルネコ)「ありがとうございます」
(モニカ)「ただ、サントハイムの招待選手の方は、自力で来られるとか。大会までにたどり着けないと、出場はできません」
(トルネコ)「大丈夫ですよ。あのアリーナ女王のご息女・ご子息なのですから、全く心配はいりません」
(モニカ)「そうですね」
(リック)「うまくいくといいですね」
(トルネコ)「きっとうまくいきますよ。これだけの招待選手を集めれば、世界中から観客が押し寄せるでしょう」
武術大会の開催を国王夫妻に提案したのは、トルネコだった。
一大イベントを催して、世界中から人を集め、集まった人々に対して様々な商売を行ない、収益をあげる。飲食の販売と土産物の販売だけでも相当な売り上げになるはずだ。そのうえ、出場選手は武器や防具を買っていくだろう。莫大な収益があがることは間違いなかった。
停滞気味の景気を回復させるカンフル剤となるはずだ。
景気が回復すれば、UKBEの税収も増えるだろう。
こうして、一人の商人のアイデアから、史上最高レベルの武術大会が開かれようとしていた。
第2話 「集合」
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