5.決勝戦

二回戦終了の日の夜。

 ミリアは、ピロスのもとを訪れていた。
(ピロス)「何の用だい?」
(ミリア)「あの口付けの意味を問いに参りました。あれは、本気だったのでしょうか? それとも違うのでしょうか?」
(ピロス)「違うといったら、君はどうするつみもりなのかな?」
(ミリア)「あなたを殺す日まで、あなたを追い続けます」
(ピロス)「本気だといったら?」
(ミリア)「婚姻の契りを結ぶ日まで、あなたを追い続けます」
(ピロス)「それは、本気なのか? 賢明なる君の言葉とはとても思えないな」
(ミリア)「いまだかつて、いかなる賢人とて、恋愛感情を制御するすべを見出した者はおりません」
 しばし、沈黙があたりを支配した。
(ピロス)「私は本気だよ。しかし……」
 いいかけた言葉を、ミリアはさえぎった。
(ミリア)「ありがとうございます」
(ピロス)「しかし、種族の違いが……」
(ミリア)「あなたのご両親も、勇者家も、種族の違いを超えた夫婦関係ではありませんか。種族の違いは障害にはなりません」
(ピロス)「本気か?」
(ミリア)「私は本気です」
(ピロス)「そうか……」
 再び、沈黙。
(ミリア)「ピロス様。明日の試合での勝利を祈念しております」
 ミリアは、一礼して去ろうとした。
(ピロス)「君の立場なら、養母のご朋友筋であるシンルを応援するのが、筋ではないのか?」
(ミリア)「さきほども申し上げましたが、いかなる賢人とて、恋愛感情を制御するすべを見出した者はおりません」
 ミリアは、そういい残して去っていった。
 ビロスの背後に、いつの間にかピサロがいた。
(ピサロ)「大変な娘に惚れられてしまったものだな。まあ、自業自得だが」
(ピロス)「確かに、父上がおっしゃるとおりです。自業自得ですね。でも、悪い気分ではありません」

 ミリーナは、シンルの部屋を訪れていた。
 なにやらすっきりしない変な気持ちは、どうやらシンルが原因のようだと思い当たったからだった。
 しかし、それだけでは原因の半分も分かったことにならない。なぜシンルなのか?という疑問が、新たに出てきたからだった。
 それがよく分からなかった。
 シンルと色々と話してみれば、何かつかめるかもしれない。そう思っての訪問だった。
(ミリーナ)「いよいよ、決勝戦だな」
(シンル)「そうだね」
(ミリーナ)「がんばれよ。魔族に負けんたんじゃ、勇者の名折れだ。それに、おまえに勝ってもらわんと、おまえに負けた私とハリストの面目が丸つぶれだからな」
(シンル)「負ける気はないよ」
 会話はそこで途切れた。
 静寂。
 どちらからも会話が切り出せない。
 何か切り出しにくいのだった。
 それが恋愛感情に伴う症状だということをシンルは自覚できていたが、ミリーナは全く無自覚だった。
 だからこそ、余計にやりにくい。
 なんとも気まずい雰囲気から逃れたくて先に口を開いたのは、ミリーナだった。
(ミリーナ)「話はそれだけだ」
 ミリーナは、そのまま去っていった。
 シンルは、ため息を一つついた。相手の手ごわさの改めて認識させられた。
 ミリーナは、なにやらすっきりしない変な気持ちがより強まっていることに気づいて、ますます訳が分からなくなっていた。


決勝戦シンルvsピロス

 翌日、いよいよ決勝戦。
 開始早々から、派手な攻撃魔法の応酬で始まった。
 イオナズンに、メラゾーマ、ギガデインなどなど……。
 その派手な応酬は、二時間ほどで終わりを迎えた。
 派手な最後を飾ったのは、本大会二回目のマダンテの炸裂だった。
 ピロスのこの強烈極まりない攻撃に、シンルは耐え切った。
 あとは、ひたすら剣と剣の勝負となった。

 すでに試合開始から四時間が過ぎようとしていた。
 ちょうど昼時。
(マーニャ)「この大会って、時間制限ってなかったっけ?」
(アリーナ)「確かなかったと思うけどな」
(ライアン)「決着がつくまで行なう。それが真剣勝負というものだ」
(ミネア)「決着つくのかしら?」

 六時間が経過。
 二人の勝負はまだついていない。
 互角の勝負が続いていた。
(ピロス)「なかなかやるね」
(シンル)「そっちこそ」
(ピロス)「なんだか、楽しくなってきたよ」
(シンル)「こっちもだ」
 はっきりいって疲れきっているはずなのに、なぜか心は浮き立った。
 本気で互角に戦える相手に巡り合った喜びなのかもしれない。

 八時間が経過。
 二人とも回復魔法をかける魔力すら残ってないので、全身血だらけだった。
 それでも、二人は戦い続けていた。
(ピロス)「いい加減、くたばれ」
(シンル)「それはこっちのセリフだ」

 二人の壮絶な戦いに、観客席でも次第に不安が募っていた。
(シンシア)「ユーリル。この試合をやめさせて。でないと、シンルが死んじゃうわ」
(ロザリー)「ピサロ様。このままでは、ピロスの命が……」
(ピサロ)「試合をやめさせることができるのは、当人たちか……」
(ユーリル)「……あるいは、この大会の主催者だけだね」
(シンシア)「国王夫妻に直訴してきます」
(ロザリー)「わたくしも一緒に」
 二人が席を外した。

 ピロスとシンルがほぼ同時に倒れた。
 観客席から、「勇者、立てー!」といった声が一斉にあがった。
 だが、シンルは立ち上がることがなかなかできなかった。疲労もケガももう限界だった。気が遠くなっていく。

 なかなか立ち上がらないシンルを見ていて、ミリーナはなんだかイラついてきた。
 思わず立ち上がって叫ぶ。
(ミリーナ)「シンル! 立てあがれ! おまえはそれでも勇者か!」

 その声がシンルの耳に届いた瞬間。なにか気力が蘇ってきたような気がした。

 ピロスは、歓声を他人事のように聞き流していた。聞こえるのは、シンルを応援する声ばかり。
 それは当然だろう。魔族はしょせんは嫌われ者。応援してくれる人間などあろうばすもない。
 この場で、自分を応援してくれているのは、父と母だけだろう。
 絆といえるのは、父と母だけ。
 父と母が死んでしまえば、自分は孤独になるのだ……。

 ミリアがすくっと立ち上がった。
(ミリア)「ピロス様! 全世界を敵に回そうと、私だけはあなたの味方です!」

 その声は、なえかけていたピロスの意識を覚醒させた。
 ああ、そうか。あの少女は、私のことを本気だといってくれたあの少女だけは、私の味方でいてくれるんだ……。

 シンルとピロスは、よろよろと立ち上がった。
 よろよろと歩き出す。
 二人の距離が徐々に徐々に縮まっていった。
 剣を構える。
 お互いに間合いに入ったその瞬間だった。

 主催者であるリック王の大きな声が闘技場全体に響き渡った。ロザリーが魔法で拡声したのであった。
(リック)「試合やめ! 本試合は、主催者権限により、引き分けと判定する!」
 観客席からは、いくつかのブーイングの声が起こった。
 しかし、それらの声は、やがて大きな拍手の音でかき消されていった。

 シンルとピロスは、その場にバッタリと倒れた。
 ミリアが短距離ルーラでその場に降り立ち、ピロスにベホマを十連発した。
(ピロス)「ミリア。ベホマは一回で足りるよ」
(ミリア)「あまりのおケガでしたので、一回では足りないかと思いまして」
 魔法のことを知り尽くしてる賢明なるミリアの言葉とは、とても思えなかった。
 ピロスは、ゆっくりと立ち上がった。
 血まみれで倒れている好敵手に視線を送る。
(ピロス)「そいつも治してやってくれ」
(ミリア)「かしこまりました」
 ミリアは、シンルにベホマを一回だけかけた。
 シンルが立ち上がる。
(シンル)「結局、どうなったのかな?」
(ミリア)「両者引き分けです」
(ピロス)「この勝負はお預けというわけだ。また、なんかの機会があれば、再戦といこう」
(シンル)「そうだね」
(ミリア)「いやです」
 ピロスとシンルの視線が、ミリアに集中した。
(ミリア)「ピロス様が死にそうなケガをしているところを見るのは、いやです。ですから、シンル様は、ピロス様と仲良くすると約束してください。そうでないと、私は、シンル様を殺そうとする衝動を抑えきれなくなりそうです」
 ミリア暴走の危険を感じ、シンルの背筋に悪寒が走った。
(シンル)「これからは、俺たちは親友だよな」
 シンルが手を伸ばした。
 ピロスも握り返す。
(ピロス)「ああ、そうだな」
 とりあえず、そういうことにしておく。親友になったからとて、損があるわけでもない。
(ミリア)「ああ、よかった……」


試合後。

 シンルとピロスの同時優勝を祝う盛大な晩餐会が開かれた。
 ラーニャは早くもハリストにベタベタしまくりで、ハリストは親世代から冷やかしの集中砲火を浴びてすっかり参っていた。
 シンルとミリーナは、最初はなんだか気まずそうだったが、酒の酔いがすっかり回ると、なにやら大声で意味の通じない会話の応酬を始めた。
(アリーナ)「なぁ、シンルって酒弱いのか?」
(ユーリル)「からっきし駄目だよ。ミリーナだって弱いんじゃないの?」
(アリーナ)「ああ、あいつも全く駄目だ。ハハハ、なんだかんだいっても、気が合いそうだな、あの二人は」
(ユーリル)「そうだね」
 ピロスは、ミリアの姿が見られないことに気づくと、席を外した。

 ミリアは、城のテラスでたたずんでいた。
(ピロス)「ここにいたのか」
 ミリアは、振り返った。
(ミリア)「ピロス様」
(ピロス)「君には、感謝しないとな。あのときの君の声援は、とても心強かった」
(ミリア)「はい」
(ピロス)「君は、これからどうするんだ?」
(ミリア)「もちろん、ピロス様についていきます。既に、お養母様にはお話してお許しを得ております」
(ピロス)「そうか。なら、私も父上と母上に話を通しておかないとな」

 翌日。
 招待客と招待選手たちは、それぞれエンドールを去っていった。
 それぞれ、なぜか、嬉しいながらも厄介な問題を抱えての帰還だった。

 残されたのは、国王夫妻とトルネコ。
(モニカ)「収益の状況はどうですか?」
(トルネコ)「大成功ですよ。ただいま集計させてますが、莫大なものになりそうです」
(リック)「それはよかった。税収ものびそうですね」
(トルネコ)「間違いありません」
 この大会の本当の勝者は、この三人なのかもしれない。
 
第4話 「二回戦」に戻ります
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