4.二回戦

一回戦終了の日の夜。

 明日に備えてぐっすりと寝ていたハリストの部屋に、来客があった。
 ラーニャだった。
(ハリスト)「鍵はかけたはずですが……」
(ラーニャ)「ミリアが開けてくれんたんだよ。いにしえの呪文に、鍵を開ける呪文があるんだってさ。最初会ったときは、無愛な奴って思ったけど、なかなかいいとこあるよ」
(ハリスト)「夜分に、男の部屋に押しかけるなど、若いの女性のすることではないと思うのですが」
(ラーニャ)「相変わらず、ツレないね。嫌いなら嫌いって、はっきり言ってよ。そしたら、あきらめるからさ。あたし、あいまいなままなのが、一番いや」
(ハリスト)「随分とせっかちな性格なのですね。あいにく、私は、物事を慎重に考えたいタチなもので」
 ラーニャが、いきなり急接近してきた。
(ハリスト)「なっ……」
(ラーニャ)「そう、あたしはせっかちなの。いやなら、突き飛ばしたって構わない。だから……」
 唇が唇でふさがった。

 それを扉の隙間からのぞいている者が二人。
 ささやき声で会話をかわす。
(マーニャ)「婚約決定だね。いつ発表する?」
(アリーナ)「一年ぐらいは様子を見てもいいだろ。それに、王宮ってとこは、何をやるにも段取りが必要だ。その時間もとらなきゃならん」
(マーニャ)「了解」
 二人は、その場からそっと離れた。

 アリーナが自室に戻ると、クリフトのほかに、ミリーナがいた。
 我が愛しのクリフトをさんざん質問攻めにしたあとという感じがうかがえた。
 おそらく、クリフトはまともに答えはしなかったのだろう。
(ミリーナ)「おふくろ、どこ行ってたんだ?」
(アリーナ)「ちょっと用足しにな。こんな時間に、どうした?」
(ミリーナ)「いや、なんか、心がもやもやぁというか、よく分からん感じなんだよな。おふくろは、こんなことってあったか? 親父に聞いても、まともに答えくれないし」
 アリーナはわずかに苦笑した。この娘は、自分以上の鈍感女だ。
(アリーナ)「心当たりはあるが、教えてやらん」
(ミリーナ)「なんでだよ?」
(アリーナ)「自分で気づかないと無意味だからな。おまえの場合は、別に切羽詰っているわけでもないし、ゆっくり考えることだ。私の場合は切羽詰ってたからなぁ。何もかもが急展開で、数ヶ月で終わっちまったか。別に後悔はしてないが、ゆっくり考える時間があったらなぁ、とは思う」
 ミリーナは、顔一杯に?マークを浮かべていた。
 まあ、今の段階では、アリーナの言葉の意味は全く分からないだろう。
 クリフトは真っ赤な顔してうつむいていた。

 シンルは、夜の街を散歩していた。
 本当なら、明日に備えて、体を休めるべきなのだうろが。寝付けなかったのだ。
 思い浮かぶことは、あの試合のあの瞬間のことだった。
 彼女の瞳は、とても綺麗だった。
 自覚したとたんにため息が出た。
(シンル)「さて、どうしたものかな?」
 相手は、王女様。しかも、色恋には、非常にうといように見える。
 これは、強敵だ。
(シンル)「長期戦かな」
 そう覚悟を固めると、気持ちが楽になった。
 今なら、眠れそうだ。
 シンルは、自室に戻ることにした。


シンルvsハリスト

 翌日。二回戦第一試合。
 試合開始とともに、延々と剣戟の響きが続いていた。
 ハリストはマホカンタで、シンルの攻撃魔法を封じ込めたので、あとは剣の勝負しかなかった。
 ただ、ラーニャvsハリスト戦とは違って、完全にハリストペースというわけではない。
 勇者の剣術のそれほど甘いものではない。
 ハリストの防戦一方の戦術では、だんだん苦しくなってきた。
 ハリストの剣の防御をかいくぐって、鋭い一撃が突き抜けてくる。
 多少のダメージは、回復魔法で回復できるとはいえ、押されているという状況に変化がない限り、いつかは限界が来る。
 シンルは、余裕があるのか、世間話を始めた。観客から大歓声の中なので、その会話は二人にしか聞こえなかった。
(シンル)「ねぇ、ミリーナってどんな人?」
(ハリスト)「見てのとおりのおてんば姫ですよ。母上の若いころにそっくりだと、評判ですが」
 ハリストは、必死に防戦しながらそう答えた。
(シンル)「ふーん。彼女の長所は?」
 世間話をしていても、その剣の鋭さはちっとも衰えない。
 まったくもって憎らしい限りだった。
(ハリスト)「破天荒で、明るくて、強くて、おてんばなところですか。短所と表裏一体ですけどね」
(シンル)「なるほど。ところで、彼女がどこかにお嫁にいくとしたら、誰か反対する人はいるかな?」
 ハリストは防戦一方。ほとんどヤケクソで答える。
(ハリスト)「父上ぐらいじゃないですか。あれでも、姉上を溺愛してるようですからね。他に反対する人なんていないでしょう。母上は自由放任主義者だし、私は姉上の尻拭い役から解放されるなら万々歳ですよ。貴族の方たちだって、姉上を政略結婚の材料に使えるなんて思ってもいないはずです」
 そして、ハリストは一言付け加えた。
(ハリスト)「それに、勇者家と縁戚になれるなら、みな良縁だと喜ぶでしょう」
 シンルの表情が少しだけ動いた。
(ハリスト)(いまだ!)
 それは、シンルが作った唯一のすきだった。
 このチャンスを逃せば、勝てる可能性は0になるだろう。
 懇親の力を込めた一撃。
 しかし、乾坤一擲の一撃は、盾によってはじかれた。
 逆に、ハリストにすきが生じる。
 シンルは、そのすきを逃さなかった。
 次の瞬間に、勝負がついた。
 シンルの勝利。


ミリアvsシグルド?

 二回戦第二試合。
 ミリアは、試合始めの合図とともに、いきなりシグルドの目の前に現れた。

(マーニャ)「あれって、なに?」
(ユーリル)「一瞬で移動したように見えたけど」
(ミネア)「短距離ルーラ。あの子の得意技よ。ルーラをあそこまで精密に制御できるのは、あの子ぐらいしかいないでしょうね」

 ミリアは、シグルドの目の前に現れるなり、いきなりいてつく波動を放った。
 絶対に逃れられない至近距離。
 シグルドと称していた男の姿が、美しき妖魔の姿に変化した。
 いや、正体を現れたというべきだった。人間の姿は、モシャスによる偽装だったのだ。
 ミリアは、間合いをとると一礼した。
(ミリア)「偉大なる魔族の王ピサロ陛下と慈愛あふれる妖精族の女王ロザリー陛下の間に生を受けし御子、ピロス殿下。お初にお目にかかります」
(ピロス)「やれやれ、正体ばらすのは決勝戦にとっておきたかったんだけどなぁ。君は、初めてすれ違ったときから気づいてたみたいだけど、どうして分かったのかな?」
 闘技場全体が騒然としている中、ピロスは飄々とした態度でそうたずねた。
(ミリア)「容姿どころか気配まで人間のものに偽装していましたね? その気配の偽装が完璧すぎたのです」
(ピロス)「どういうことかな?」
(ミリア)「人間の気配の平均値が完全に再現されていました。しかし、人間はそれぞれ個性をもった存在です。完全に平均値の人間など存在しえません。だから、違和感を感じたのです」
(ピロス)「なるほどね。今度からは気をつけるようにしよう。しかし、どうして、私がピロスだということまで分かったのかな?」
(ミリア)「私の知識の限りでは、このような高度なことができる方は、あなた方しか思い浮かびませんでした。両陛下もこの会場でご観戦なのでしょう?」
(ピロス)「まあね」

(ユーリル)「あれが、ピサロとロザリーさんの息子……」
「やれやれ、こんな早くばれるとはな」
 突然、彼らの前に座っていた夫婦の姿がゆがんだ。
 現れたのは、美しくも気高き妖魔とはかなげにも美しい妖精の姿だった。
(ユーリル)「ピサロ、ロザリーさん……」
(ピサロ)「久しぶりだな、ユーリル。どうやら気づかなかったようだな。あまりにも平和すぎて、感覚がにぶったか?」
(ユーリル)「そうかもしれないね」

(ピロス)「さて、タネ明かしはこの辺にして、試合を再開しよう」
(ミリア)「そうですね」

 なにか気づいたピサロが叫んだ。
(ピサロ)「ロザリー!」
 ピサロは、ロザリーの手をとった。二人の魔力を動員して、観客席全体に防御用の結界を展開した。
 その次の瞬間。闘技場は、猛烈な爆発の連続に包まれた。
(ピサロ)「あの娘。いきなり無茶をするな」
(ミネア)「一秒間に、イオナズンを十連発。確かに無茶よね」
(マーニャ)「ちょっと、ミネア。呑気なこといってないで、やめさせなさいよ! 今は、ピサロとロザリーさんが結界を張ってくれたからみんな助かったけど、もしこの結界がやぶれたら、どうすんのよ!」
(ミネア)「私には無理よ。あの子は、一線を越えてしまった。ああなったら、私ごときでは止められないわ。あの子の才能を見出したのは私。でも、あの子の暴走を私は止められない。母親としても師匠としても、私は失格だわ。それに気づいたときには、もう引き返せないところまで来てしまっていた……」
(アリーナ)「とにかく、なんとかしないと、やばいぞ」
(ミネア)「誰にも止められないわ。あの子は、本気になると周りが見えなくなってしまう」

 ミリアの攻撃は止まるところを知らなかった。
 イオナズン十連発のあとに、メラゾーマを二十連発。さらに、ギガデインを五十連発。
 その嵐のような攻撃が収まったあと、もうもうとあがる土煙の中から現れたのは……。
(ピロス)「いきなり派手にやってくれるね」
(ミリア)「やはり、これぐらいでは死にませんか」
(ピロス)「死にはしなかったけど、結構こたえたよ。ベホマ」
 ピロスのダメージが回復した。
 ピロスは、一気に間合いを詰めた。
 剣を振り下ろす。しかし、剣は空を斬った。
 ピロスの背後に短距離ルーラ。至近距離からのメラゾーマの連発。
 ピロスはとっさにベホマをかけた。

 二人の激闘は、二時間にもわたった。
 そして……。

(ピロス)「君の魔力は、いったいどれぐらいあるんだい? いい加減疲れてきたよ」
(ミリア)「それよりも、あなたの体力と魔法耐性がどれぐらいあるかの方が気になりますね。いくら強力な攻撃魔法を連打しても倒れないとは……」
(ピロス)「あきらめたらどうかな? 君には私は倒せない」
(ミリア)「いいえ、私はあきらめません。あなたのような倒しがいのある敵に会ったのは初めてですもの」
 ミリアは、禁断の呪文の準備に入った。

 それに気づいたミネアが立ち上がって叫んだ。
(ミネア)「ミリア! それだけは駄目!!」
 ピサロが、叫んだ。
(ピサロ)「おまえらも、魔力をかせ!」
 ピサロとロザリーは、防御結界の展開範囲をエンドール城下町全体に広げ、さらに強度をあげた。

(ミリア)「マダンテ!」
 ミリアは、自分の全魔力を放出した。
 その威力は、エンドール城下町級の都市一つを吹き飛ばすに充分な威力だった。
 エンドール城下町自体は、みんなで力をあわせた防御結界によって守られたが……。

 閃光が収まったあと、闘技場の真ん中には、まだ二人の姿があった。
 ピロスは、倒れていた。
 ミリアは、へたり込んでいた。
(ミリア)「倒せた……?」
 しかし、しばらくして……。
(ピロス)「ベホマ」
 ピロスが立ち上がった。
(ピロス)「危ない、危ない。あとちょっとで死ぬとこだったよ」
 ピロスは、間合いを詰めて、剣を振り下ろした。
 魔力を消費し尽くしたミリアは、短距離ルーラもできない。
 杖でがっしりと受け止めた。
 おそらくスカラが幾重にかけられた杖なのだろう。剣を受け止めてもビクともしない。
(ピロス)「まだ、抵抗するのかい?」
(ミリア)「こんなに全力で戦えるのは初めてですから、私は最後まで戦います」
 ミリアの顔は歓喜で満ち溢れていた。
 ピロスは、このミリアという人物についてようやく理解することができた。
 彼女は、自分の才能と力を極め、その才能と力を全開にすることにしか、生きがいを見出せない。そんな人間なのだろう。
 このままでは、彼女は死ぬまで戦い続けるかもしれない。
 やめさせる方法は、何かないか。
 何か別の生きがいを与えてやればいいのかもしれない。
 彼は、一瞬のすきをついて彼女をいきなり抱き寄せた。
(ミリア)「えっ……?」
 ミリアの口が何かしらの言葉を発しようとしたが、それはピロスの唇によってふさがれてしまった。
 長き静寂が終わったあと、ミリアはその場に崩れ落ちた。
 それで勝負がついた。

(マーニャ)「うひゃー。さすがは妖魔。一撃で轟沈かい……」
(ピサロ)「さすがの私も焦ったな。ロザリー、大丈夫か?」
(ロザリー)「はい。なんとか。魔力は切れてしまいましたが」
(ユーリル)「ありがとう。君たちのおかげで助かったよ」
(ピサロ)「おまえらには色々と助けられたからな。これで貸し借りなしだ」

 その日の日程は、それで終了した。
 
第5話 「決勝戦」
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