3.トーナメント一回戦

ミリアvsディアス

 エンドール魔法兵団に属する魔法戦士ディアスは、試合開始とともに、マホカンタを唱えた。
 ミリアは、右手を彼に向けると、なにかの波動を放った。
 マホカンタが無効化された。
 ディアスの顔が驚愕に染まる。

 驚愕は、特等席で観戦していた一行も同じであった。
(マーニャ)「あれって……」
(ユーリル)「いてつく波動だよね?」
(クリフト)「人間には身につけられないはずでは……?」
(ミネア)「そうでもないのよ。いにしえの文献を見ると、昔は様々な修行をつむことでいろいろな特技を身につけることができたらしいわ。あの子は、その仕組みの一部を解き明かして、いくつかの特技を身につけたの。あれもその一つよ。
 あの子は、まさしく天才よ」

 ミリアは、メラを連続で放った。
 ディアスは、無数の火球をなんとかかわした。いや、かわしたつもりだった。
 なんと火球の軌道が曲がり、彼を追いかけてきたのだ。その間にも、メラの火球は増える一方。
 彼は、メラで対抗した。火球に火球をぶつけて、なんとかしのぐ。
 しかし、追いかけてくる火球は増える一方。
 足元に迫った火球をジャンプしてかわした。
 着地する瞬間。
 ミリアは、着地点にイオを放った。
 バン!
 ディアスは、足をとられて転んだ。そこに殺到するメラ百数発。
 たかたがメラとはいえ、百発以上も食らえば、大ダメージだ。
 ディアスは、なんとか立ち上がったが、ミリアが足払いを食らわしたため、また地面に転がされた。
 喉元に杖が突きつけられる。杖の先は、メラミを放つ準備が完了していた。
「勝負あり! ミリア殿勝利!」
 ミリアは、ディアスにベホマをかけた。
 酷い火傷があっという間に回復した。
(ミリア)「大丈夫ですか?」
(ディアス)「あっ、ああ……」
 しばらく、会場は静まり返っていた。あまりに鮮やかな魔法さばきに、誰も声が出なかったのだ。
 そして、歓声があがった。
 ミリアは、何事もなかったかのように、その場をあとにした。

 ミリアが特等席に戻ってきた。
(マーニャ)「ミリアちゃん。余裕の勝利だね」
(ミリア)「いえ、たまたま相手に恵まれただけです」


シグルドvsティンリー

 ガキン!
 試合開始とともに、剣と剣がぶつかり合った。
 開始早々、激しい剣戟の響きが続く。
(シグルド)「さすがは、噂に名高いガーデンブルクの女兵士。なかなかの腕前だね」
 強烈な勢いで振り下ろされた剣を、ティンリーは何とか受けとめた。
(ティンリー)「くっ」
 こやつ、できる!
 ティンリーは、そう認めざるを得なかった。
 彼女とて、伊達にこの大会に出ているわけではなく、城内の無差別の選考で若くして一番となったからこそ、国の代表としてここにいるのだ。
 それほどの腕前をもつはずの彼女が、この男にはまるで歯が立たなかった。
(ティンリー)「貴様、何者だ? おまえほどの腕前をもつものが無名なはずが」
(シグルド)「さてね。知りたかったら、まずは私に勝つことだ」
 シグルドは、余裕の表情で、彼女の剣撃をさばいていった。

(ライアン)「あの御人、ただ者ではないな」
(ユーリル)「ライアンさんもそう思う?」
 ミリアは、シグルドをずっと凝視していた。
 間違いない。あの男だ。あのときすれ違った三人組のうちの一人。
(マーニャ)「ミリアちゃん。随分と熱心に見てるじゃん。もしかして、あの男に惚れちゃった?」
(ミリア)「次の対戦相手になるであろう相手の戦術を観察しているだけです」
(マーニャ)「でも、魔法は使えないみたいだし、あんただったら余裕じゃないの?」
(ミリア)「使えないのではありません。使ってないだけです」
(マーニャ)「あの男からは、魔力もかけらも感じないよ」
(ミリア)「魔力の気配を消してるんです」
(ミネア)「ミリア?」
(ミリア)「私には分かります。彼は、膨大な魔力を隠しています」
(シンル)「なんだ。そうだったのか。なんか違和感あると思ってたけど、そういうことだったんだ」
 ミリアは、シンルの方を見た。ようやく同志を見つけた。そんな感じの視線だった。
(シンシア)「言われてみれば、ミリアさんのいうとおりかもしれませんね。わずかに、ほんのわずかにですが、魔力の気配を感じます」

 試合は一方的に進んでいた。
(シグルド)「そろそろ、降参しないかい? 美しく気高き女性を傷つけるのは、あまり好みではない」
(ティンリー)「戯言を!」
 ティンリーは一気に間合いをつめた。こうなったら捨て身の攻撃しかない。
 目前に迫った敵の姿が一瞬で消えた。
(ティンリー)「えっ……?」
 バサッ……。
 シグルドの剣が、彼女の長髪をばっさりと切り落とした。
(シグルド)「髪は女の命というそうだね。君は、命をとられた。君の負けだ」
(ティンリー)「ふざけるな!」
 ティンリーは、バッと振り向いたが、それ以上動けなかった。
 彼女の喉元に剣がつきつけられていた。少しでも動いたら、喉に突き刺さる。
「勝負あり! シグルド殿勝利!」

(シンル)「結局、魔法を一つも使わずに勝っちゃったね」
(ミリア)「彼の正体は、二回戦で、私があばきます」
(シンル)「正体は誰だと思う?」
(ミリア)「確信はありませんが、心当たりはなくはないですね。シグルドというのは、おそらく偽名でしょう」
(マーニャ)「心当たりって、誰なのさ?」
(ミリア)「それは、あとのお楽しみです」
(マーニャ)「あんた、やっぱり、ミネアの娘だね。そういうケチなところがそっくりだよ」
(ミリア)「お褒めに預かり光栄です」
 ミネアは苦笑した。
 この言葉のやりとりは、マーニャの負けだ。
 しかし、ミリアの言葉は気になる。ミリアは、あの男に何を見たというのだろうか。

 
シンルvsミリーナ

(ミリーナ)「さぁて、いっちょやるか」
「試合はじめ!」
 ミリーナは一気に間合いを詰めた。
 炎の爪が、シンルを襲いくる。
 シンルは、盾でそれを受け止めると、剣撃を放った。
 ミリーナは、余裕でそれをかわす。
(シンル)「なかなかやるね」
(ミリーナ)「そっちこそ」

(ハリスト)「やっぱ、姉上は、戦ってるときが一番楽しそうですね」
(アリーナ)「私の娘だからな」
(クリフト)「無茶しなきゃいいですけど」

 二人の戦いは延々と続いた。
 なにせ、お互いに回復魔法が使える。
 多少のダメージを与えたところで、すぐに回復されてしまうのだ。
 だが、さすがに戦闘が三時間も続くと、疲労が蓄積されてくる。疲労は、回復魔法では回復できない。
 動きに精彩がなくなり、足取りがややおぼつかなくなってくる。
 接近戦。
 お互いが再接近したところで、二人の体がもつれた。
 顔と顔が、鼻がふれあわんばかりに近づいた。
 目と目がもろにあう。
 お互い、そのまま固まってしまった。
 なんというか、瞳の中に吸い込まれそうな感覚……。
 ハッと我に帰ったのは、二人同時だった。
 間合いを開く。

(アリーナ)「なぁ、ユーリル。今のどう思う?」
(ユーリル)「脈ありってところかな?」
(クリフト)「脈ありって、なんのことですか!?」
(アリーナ)「おてんばミリーナにも春が来そうだ、ってことさ」
(クリフト)「は、ははは、はる、春って……」
 うろたえるクリフトを、マーニャがあおりたてる。
(マーニャ)「父親なんだから、しっかりしないと。婿さんになめられるよ」
(クリフト)「む、むむむ、婿?」
(ミネア)「姉さん。あんまりからかうもんじゃないわよ。結婚するとしても、まだ先の話でしょ、あの感じじゃ」
(クリフト)「けっ、結婚!」
(マーニャ)「そういうあんたが、思いっきり、とどめ刺してんじゃないの」

 親世代が馬鹿話をしている間に、勝負はついた。
 シンルの勝利だった。
 ミリーナは、負けたというのになんか変な気分だった。いつもだったら、負けたら悔しいはずなのに、なんかもやもやぁとした気持ちに支配されていた。
(ミリーナ)(なんか変だな……)
 その変な気持ちは、容易には晴れなかった。


ラーニャvsハリスト

(ラーニャ)「うーん。こうしてみると、やっぱりいい男だねぇ」
(ハリスト)「お褒めに預かり光栄ですが、容赦はしませんよ」
(ラーニャ)「随分とツレないじゃない? そんなこと言われちゃうと、本気で落としたくなるじゃないの」
(ハリスト)「真剣勝負なら、歓迎しますよ」
 微妙にかみ合わない会話の間に、数回ほど剣が交わっていた。
(ハリスト)「実戦剣舞ですか。さすがに美しいですね」
(ラーニャ)「綺麗な薔薇には棘がある、って言葉知ってる?」
(ハリスト)「その美しい舞には、ぴったりの言葉ですね」
(ラーニャ)「舞だけ? このあたしもそうよ。イオラ!」
(ハリスト)「マホカンタ」
 イオラが跳ね返され、爆発がラーニャを襲い掛かった。 
 ハリストがすかさず間合いを詰める。
 振り下ろされる剣。ラーニャは、なんとか態勢を整え、剣で受け止めた。
(ラーニャ)「マホカンタかい。これじゃ、攻撃魔法は使えないね」
(ハリスト)「先ほどもいったでしょう。真剣勝負なら歓迎します、と。」
(ラーニャ)「やってやろうじゃないの。あたしは負けないよ」

(マーニャ)「ラーニャ。ありゃ、本気だね」
(ライアン)「あれほどの腕前の相手であれば、真剣になるのが当然ではないか?」
(マーニャ)「違うよ。ハリストちゃんに本気で惚れちゃってる、ってこと」
(ミネア)「堅物好きは、姉さん似ね」
(マーニャ)「そうかもしれないね」
 マーニャは珍しく反論しなかった。
(ライアン)「……」
(マーニャ)「アリーナ。本気で聞きたいんだけど、障害ってある?」
(アリーナ)「私は、全然構わないが、貴族どもはどうかなぁ。一応、ハリストは次期国王だからなぁ。まあ、私の結婚騒動で悟りを開いちゃった奴らが多いから、それほどでもないか。ただ、小うるさい奴らは多少はいるぞ」
(マーニャ)「多少の障害なんてもろともしないよ、あの子は」
(アリーナ)「なら、問題なしだな」

 ラーニャの剣撃は、ことごとく防がれていた。
 ハリストの剣は、父親譲りの防御の剣術だ。まさに、鉄壁。
(ラーニャ)(なんで、当たらないのよ!)

(ライアン)「実戦剣舞の弱点がもろに出てしまっているな。相手も悪い」
(マーニャ)「どういうこと?」
(ライアン)「剣舞には、一定のパターンがある。実戦剣舞といえども、それは同様だ。それを読まれてしまうと、防ぐ方法も編み出されてしまう。特に、ハリスト殿下のような防御剣術が得意な方は、相手としては最悪だ」
(マーニャ)「なるほどね」

(ラーニャ)「あんた、なんで攻撃してこないのさ! 女だからってなめてんのかい?」
(ハリスト)「まさか。これが私の戦闘スタイルだというだけのことです」
(ラーニャ)「守ってるばかりじゃ、勝てないよ!」
(ハリスト)「そうですね。でも、あなたもそろそろ疲れてきたでしょう?」
(ラーニャ)「えっ?」
 ラーニャは、そういわれて、突然のように疲労を自覚した。体がずっしりと重い。
 彼女は、今まで、これほど長時間の戦闘は経験がなかった。どんな試合でも、短時間で勝利を収めてきたから。
 疲労を自覚させられた瞬間が、すきとなった。
 そして、ハリストは、そのすきを見逃さなかった。
 針の穴を通すような正確さで、彼女の左肩を剣で突き刺した。あっさり貫通する。
 ラーニャが、ドサッと崩れ落ちた。
 立ち上がらないうちに、喉元に剣を突きつける。
「勝負あり! ハリスト殿勝利!」
 ハリストは、ラーニャの左肩に手を当ててベホマを唱えた。
 傷が完全にふさがった。
(ハリスト)「大丈夫ですか?」
(ラーニャ)「ああ……。完全にあたしの負けだね」
(ハリスト)「勝負は時の運ともいいますが」
(ラーニャ)「優しいね。本気で惚れちゃったよ。本気で聞くけど、あたしのようなじゃじゃ馬は嫌い?」
(ハリスト)「そういう話は、後日にしましょう。疲労のせいで、そういうことをちゃんと考える余裕もありません」

 一日目の試合は、それで終わった。
 明日は二回戦。 
第4話 「二回戦」
第2話 「招待状」に戻ります
目次へ戻ります

 


パステル・ミディリンのトップページに戻ります