【第4話】
三日月館
「ここが三日月館か」「少し不気味なところね・・・・」 ぼくと真理は顔を見合わせた。小林さんと香山さんとぼく達はそのあとまっすぐ三日月館にやってきた。 三日月館は海岸からちょっと歩いたところにあった。館というくらいだから、華やかなものを勝手に想像していたのだが薄暗く、館の人に失礼かもしれないが、少し気味が悪かった。「陰気臭いところやなぁ」 香山さんが直球の意見を言う。「しかし戻るわけにはいかないやろ。ほら、ノックするで」 香山さんはライオンの形をしたノッカーをゴンゴンと力任せに叩いた。しばらくするとドアが半開きし、感じのよさそうなおばあさんが出てきた。「おおきに。わいは香山誠一いうものや。我孫子氏という者から招待状をもろうてここにきたんやが、三日月館はここでいいんかい?」「これはこれは遠いところよく来てくださいました・・・・・主人からは聞いております。今扉をあけますのでお待ちください」 おばあさんはドアの鍵をはずし、ゆっくりと扉をあけぼく達を館の中に通した。おばあさんからはいいにおいのラベンダーの香りがした。「わたくし、菱田キヨと申します。ここの管理を任されているものでございます。至らないところ・不備などあるかもしれませんが今日から2日間皆様のお世話をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」 キヨさんと名乗った優しそうなおばあさんは深々と頭をさげた。「ぼくは矢島透と申します。香山さんと同じ招待状をもらってきました。こちらこそよろしくお願いいたします」 キヨさんのあまりに丁寧な挨拶にぼくも深々と頭をさげてしまった。「矢島様でございますね。こちらこそよろしくお願いいたします」 またまたキヨさんは深いお辞儀をした。「わたしは小林真理と言います。私も招待状をもらってこちらにきました。ご招待ありがとうございました。それとこっちが叔父の小林二郎です。叔父は招待状をもっていないのですが今回の催しに参加しても差し支えありませんでしょうか?」 真理も慣れない敬語でキヨさんに自己紹介をして小林さんのことをあらかじめ代弁した。「いえいえ、お客様が増えるのはいっこうにかまわないか思います。きっと主人も喜ばれるかと思いますので。小林様ですね、よろしくお願いいたします」 そういってキヨさんはぼく達を応接間の前に連れてきてドアをノックする。「失礼いたします」 キヨさんが部屋の扉をあけると懐かしいメンバーが出迎えた。「おぉ、透君に真理ちゃんじゃないか」「美樹本さん!」 最初に声をかけてきたのはがっちりとした体の美樹本さんだった。首からはカメラをかけていた。美樹本さんはフリーのカメラマンでいつもカメラを持ち歩いている。美樹本さんも一年半前のシュプール宿泊客である。「お元気そうですね。お久しぶりです。もうここの写真はとられました?」「あぁ、ここは自然の宝庫だね。しばらく無人島であっただけに緑もきれいだし、海も絶景だ。いい写真がとれているよ」 あごヒゲを触りながら美樹本さんは笑顔で答えた。「ここ無人島だったんですか?」 真理がちょっと驚いて尋ねる。「あぁ、もう50年以上も昔は人が住んでいたらしいが。この建物もそのときのものらしい。さっきキヨさんから少し聞いた」「へぇ・・・・・」 50年間無人島だったということはキヨさんはずっとこの館に住んでいたわけではないのだろうか。それをキヨさんに聞こうとしたら香山さんが途中で割り込んできた。「それにしても兄ちゃん、またでかくなったな」 確かに前々から美樹本さんはがっちりした体だったがさらに一回り大きくなったみたいだ。「えぇ、いろんなところに取材にいきましたからね。ずいぶん筋肉もつきましたよ。モロッコとゴビ砂漠とヒマラヤ山脈にいってきたんです。北海道で熊とマリモの写真もとりました」 いったいどんな取材だったんだ。「わい、マリモ好きなんや。あの緑色で小さい毛みたいのがぎょうさん生えているとなんともかわいくてなぁ。仕事で疲れているとき、なんか癒されるんや」 香山さんは意外にもマリモに興味を示した。「香山さん、わかります!?いいですよね。マリモは生命の神秘ですよ。今度創刊「マリモ大全集」という本が出てぼくの写真も載るんです」「それはすごいやないけ」 いつのまにか美樹本さんと香山さんはマリモ談義を始めてしまった。香山さん、意外な趣味があるんだ。「透君、おひさ!」 横から元気よく声をかけてきたのは篠崎みどりさんだった。ポニーテールがとてもかわいらしい。隣には久保田俊夫さんもいた。 二人はペンションンシュプールでバイトをしていて1年半前小林さん同様お世話になった人だ。俊夫さんは髪が長く、背が高いスポーツマンタイプで真理とシュプールに泊まったとき、真理を俊夫さんにとられないかと心配したがどうやら俊夫さんはみどりさんに気があるらしくその心配は無用に終わった。 しかし俊夫さん、相変わらずかっこいい。実はぼくは俊夫さんが結構好きである。心の中で「アニキ」と呼ばしてもらっている。変な意味じゃないぞ。 当時、自称大学6年生の俊夫さんは、長髪で後ろ髪をしばり遊び人っぽく最初あったときは結構軽薄そうでナンパな男性に見えたが、実はかなりの情熱家でみどりさんに対する思いやりや、大好きなスキーやスキューバーダイビングなどスポーツの話しをしている熱心な俊夫さんが誰から見ても好意がもてる。小林夫妻が俊夫さんをバイトで雇っているというのも納得できる好青年だった。「お久しぶりです、みどりさん。それに俊夫さんもお元気そうで」 俊夫さんも手をあげて挨拶する。そのあと俊夫さんは小林さんの方に頭をさげた。「オーナー、お久しぶりです」 お久しぶり?二人はシュプールでバイトをしていたのではないだろうか。「あぁ、元気そうだね。二人ともうまくいっているのかい?」 小林さんは俊夫さんに優しく尋ねた。「えぇ」 二人は笑顔でハモって答えた。 うまくいっているということはついに二人は付き合い出したのかな?真理のほうを見たら、真理もぼくのほうを見た。俊夫さんはシュプールにいる頃、みどりさんに気があるのがバレバレだった。「私達、結婚したんです」 みどりさんがニコニコした笑顔で言う。「えぇ!?」 ぼくと真理は驚きの声をあげた。 1年半前につきあってもいなかったのにもう結婚したのか?と驚いたが、愛し合っていれば年は関係ないかとも思って一人で納得した。「それはめでたいやないか」「オワッ!」 いつのまにかマリモ談義を終えた香山さんが背後霊のように出現した。オヤジ、どこから沸き出てきた。「オーナーにも結婚式出てもらいたかったんですけれど・・・・」 みどりさんが小林さんの方を見てちょっと残念そうな顔をした。「すまんね、ちょうどわたしたちもペンションに客がはいって抜け出すことができなくてね。本当に二人には悪いことをした」「そんな!オーナーがいなかったら私達もあそこで働いていなかったわけですし出会ってもいなかったですもの」「叔父さんは二人のキューピットなわけね」 真理が小林さんの腕をつかんでほほえむ。「というわけで、これからは久保田みどりになるからよろしくね」 みどりさんはかわいらしいウィンクをした。みどりさん、かわい~い。「ちょっと私達も話にまぜてよ」 次に割り込んできたのは渡瀬可菜子ちゃんだった。彼女も1年半前のペンションシュプールの宿泊客でOLをしている。ちょっとイケイケギャル風だが、グラマーで美人だ。そのとなりには少しぽっちゃりした北野啓子ちゃんだ。こちらも以前のシュプール宿泊客でOLをしている。「可菜子ちゃん、啓子ちゃん、お久しぶり」 啓子ちゃんは会釈で返事を返したが可菜子ちゃんは両腕を前にだして、ぼくの前でもじもじしだした。「覚えていてくれてたんだ。うれしいな。実は私、シュプールであってから透さんのことずっと気になってたんだ」「え!?」 可菜子ちゃんはぼくをじっと見つめた。突然の可菜子ちゃんの告白で、ぼくは驚き心臓の鼓動がはやくなった。たった1日会っただけなのに。しかし男としてこんなことを言われてうれしくなわけがない。 も、もしや・・・む、ムフフ・・・・い、いや、ぼくには真理がいる。浮気はいかんぞ、透。しかし・・・可菜子ちゃんのような美人とお近づきになれるチャンスがあるなんて、これはこれでいいではないか。 ちょっと横目で真理を見ると・・・・・ひいぃぃぃ~!!!!!大魔人真理様がすごい目でぼくを見ている。ぼくがどうしようかしどろもどろしていると「やぁ~だぁ、冗談よ!」と可菜子ちゃんは笑った。「は、はぁ?」「あぁら、透、残念ね」 真理はくすくす笑いながらぼくの背中をたたいた。 ぼくは何も言えず黙るしかなかった。真理と可菜子ちゃんは顔を見合わせて笑った。それを見てみんなも笑った。ちぇっ・・・なんだよ・・・・ 一通り、ぼく達が再会の挨拶が終わると「皆様、ご面識が以前にあられたのですね。今お菓子をお持ちしますのでこちらでおくつろぎください」 キヨさんはまた深々とお辞儀をして笑顔で部屋をでていった。「すごく感じのよいおばあちゃんね」 真理がキヨさんを見てそんな感想をもらした。「そやな、最初は陰気臭いところで勘弁かとおもうたがなんかいい感じやんか」 久々にみんなと再会したこととキヨさんのおかげで暗い館の雰囲気がとても暖かくかわった。
第5話 香山夫妻
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