< 双月 >
- On the night before the decisive battle -
第1話 『銀の月』
自分の心のままにセシルを追うべきか、
セシルの想いを酌んで、この星に残るべきか……。
答えを迫るリディアの零した一言が、
ローザの埋もれた過去を呼び起こす――
Phase-3 道標
セシルが、ミストの村を飲み込んだ地震に巻き込まれ――死んだ。
そう父から聞かされた、あの日、
私は居ても立ってもいられず、家を飛び出していた。
「待ち続けるのは、もう嫌――」
あの時のことは夢中だったから余り憶えていないけれど、
そう叫んだことだけは記憶の片隅にぼんやりと残っている。
私はずっと耐えてきた。
望む変化――それを時間が解決してくれることを信じて、
待って、待って、待ち続けて……。
その迎えた結果が『セシルの死』だなんて、信じられるはずがなかった。
……信じられない……信じたくない。
だから、私は自分の目で確かめなくてはならなかった。
このままで終わらせるワケにはいかなかった。
このまま、何一つできないまま諦めてしまう自分は許せない。
ほんの少しでも希望があるのなら、まだやれることはあるのだから。
私は――これ以上、自分を嫌いになりたくなかった。
私は飛び出したその足でミストに向かい、
渦巻く絶望と一縷の望みを胸に秘め、カイポに渡った。
そして強行軍と心労で病魔に倒れ、昏睡から目を覚ましたとき、
……そこにセシルの顔があった。
私は……嬉しかった。
絶望の中で果たしたセシルとの再会にだけじゃない。
それに勝るとも劣らないほど、私には嬉しいものがあった。
――それは、おぼろげな実感。
その実感の正体は、何か分からない……
分かっているのは、今まで何一つできなかった自分が、
待っていては叶えることのできない望みを、たった一つだけど、
自分の行動で実を結ばせることができた事――
そして、その奥に感じられる――確かな何かの存在。
その見えない何かが、私の求めるモノではないか……?
……そのときの私には、そんな風に感じられた。
そして――そんな疑問を押し流すように私の旅は始まった。
クリスタルに導かれるように……。
私たちは定まらない風見鶏の如く、東へ西へと足を向けた。
初めて見る景色、初めて触る物、初めて接する人々……。
それは決して楽しいばかりじゃなかったけれど、
何もかもが新鮮で、私に無かったモノを与えてくれた。
それは幾たびも繰り返す辛い戦いもそうだった。
時には、敗北を喫し、
時には、囚われの身となり助け出され、
時には、大切な仲間を犠牲にして。
海を駆け、山を駆け、
何かを得、何かを失い、
そんな様々な苦難を乗り越えながら旅を続けて……
そんな中、私は――
気が付かぬうちに自分が変われたことを感じていた。
ずっとバロンの中で待ち続けた自分が嘘のようだった。
たった一歩、外に足を踏み出しただけなのに、
今まで見えていたモノまで、ことごとく違って見えた。
なんだ、こんなに簡単だったんだ――そう、私は思った。
手の届く範囲で何も変えられないのなら、
今は届かない所へ足を踏み出せばいい……たったそれだけのこと。
そう、私は知った――それが実感の正体なのだと。
他人の、自分の決めていた枠組みを踏み越えて、
やっと自分を変えることが出来るんだということを。
そして私は――それを身を以て証明することが出来た。
『嫌い』な自分は変えられる、自分の手で『好き』に変えていける。
……その実感は、いつのまにか私の大きな自信になっていた。
そして、私はもう一つ気が付いた――
嫌いな自分をずっと縛りつけていたのが自分だったのだと。
自分を変えたければ、自分を縛らなければいいだけなのだと。
……それは、私にとって何より大きな発見だった。
☆
(なのに――私はっ!)
私は居ても立ってもいられなくなって、身を乗り出す。
俯いたまま震えるリディアの両肩に手を回し、抱き締める。
そして、ぎゅっと力を込めた。
「――ロ、ローザ!?」
「ごめん、ごめんね……」
形振り構わず、ただ謝る。
自分が言うべき辛い言葉を、この娘に言わせてしまった。
私が、頑なだったばかりに。
私が、臆病だったばかりに。
私が自分の限界を勝手に定めて、
それを越えることから、また逃げ出したばかりに。
私は思い出した――
一度取り払ったはずの茨の枷の存在を。
私は再びそれを自らに課そうとしていたことを。
私は気づいた――
変わろうとするリディアに嫉妬して、
その彼女にまで同様の枷を施そうとしていたことを。
変わろうと、一歩踏み出そうとすべき自分から……目を背けるために。
「ごめんね、リディア……」
本当なら、私の方がリディアの手を引いて言うべきだったんだ。
何が何でも彼らに付いていこう――と。
共に一歩、踏み出そう――と。
その手を引いて……。
「ホントに……ごめんなさい……」
抱き締める……。
いや、しがみつくと言った方が正解かも知れない。
ワケも解らず、為すがままになっていたリディアは、
最初こそ驚いて躰を堅くしていたけれど、
子供のように許しを請う私の様子に、
「ローザ……」
と、小さく洩らしフッと力を抜いた。
その声は、慈愛に満ちていた。
見えない表情も、私の豹変への戸惑いこそ隠せないものの、
見た者を安心させるような微笑みを浮かべたのが分かった。
そして、抱き締める私の手に手のひらを重ねる。
「大丈夫よ、安心して……」――と。
伝わる温もりに――私は抱き締める手を弛めた。
互いに向き直る。
と、リディアの指が私の頬に触れた。
その指先は何かを拭いとっていく……涙だ。
私は気づかぬうちに泣いていたみたい。
自分でも、目元を拭う。
そして、視線が合う。
なんだろう……急に可笑しくなって笑みが零れた。
――なんて簡単なことだったんだろう。
正しい答えが見つからないのなら、迷うことはない。
捜しに行けば良かったのだ。
答え――それは、
残ってほしいと願う……セシルの想いでもなく、
付いていきたいと願う……私の想いでもない、
きっと、全然別のところにある――何か。
私はそんな……全く違う答えを捜しに行けば良かったのだ。
そのために目指すべきモノを私は、もう見つけている。
それは――旅の終わり。
だって、答えはいつだって何かの終わりにあるものだから……
私の望む答えも、きっとそこにある。
だから、旅の終わりが、もし月にあると思うのなら――
――私はそうすればいい。
抱く理由は、我が儘だっていい。
エゴだって、何だってよかった……。
だって、私の求める答えは……ここには無いのだから。
もし、そのためにセシルの願いを裏切ったとしても、
それは仕方のないこと。
私の得たいモノは、きっと捜しに行った先に在って、
旅の終わりの更に先で証明されるモノのはずだから……。
私の……私たちの旅は、まだ終わっていない。
まだ、自分に出来ることがある。
だから、終わりじゃない。
このまま終わらせてはいけない。
今――何もせず、
ここで終わらせたら後悔しか残らないのだから……。
だったら、私は一歩踏み出せばいい……探し出すための一歩を。
私が私の旅を終わらせるために、
私が私を嫌いにならないために、
今、自分に出来る事を……為してみせる。
答えがそこにあると信じて――掴み取るために。
……一歩、前へ。
リディアは、そのことを思い出させてくれた。
何気ない、たった一言で。
「ホント、魔法使いみたいね……リディアって」
笑みと共に口を突いて出る言葉――私はポロリと零す。
魔法……。
炎を生み出したり、傷を癒したりする魔法ではなくて、
それは私の目指した――人を変えられる魔法。
たった一言で私を変えてくれる言葉。
誰にでもなれる可能性があって……でも難しい、
そんな――本当の魔法使い。
「えっ?」
突然、噴き出すようなクスクス笑みと不可解な一言を零した私に、
リディアは困惑した表情を浮かべた。
「何が可笑しいの?
ワケがわかんないよ、ローザぁ?」
「ふふっ、別に。あなたはわからなくていいのよ」
「え~、なによそれ~」
教えてよ~と詰め寄るリディア。
せがんでくる仕草――
それは姿形は大きく変わったものの、幼い頃と変わっていない。
……いや、違う。
その輝きは、衰えるどころか増しているのではないか……。
私はそう思い至って苦笑する。
(人は変わらない……でも、変えていくのね)
一歩一歩、それは良くも悪くも。
だからこそ、悪かったモノを良いモノへ……
良いモノは、更に良いモノへ変えていきたいと望む。
それを最良のカタチで体現しているんだね――リディアは。
(私が教えてあげるようなことは何もないわ)
私は心の中で、そう独りごちた。
そして、怪訝な顔をしたリディアを見つめながら思う――
(でも……いつか話すときが来るかもしれないね。
それはきっと私が、私の答えを見つけたときに……)
また溢れ出す笑みを堪えきれず、零した。
「あ~ん、もうっ。
独りで意味深に笑わないでよ~、気になるぅ~」
そんな風にまだせがむリディアを軽くいなしながら……
ピンッと、ある事を思いついた。
ワザとからかうような調子で言ってやる。
「そんなに聞きたい?」
「うん、聞きたい聞きたいっ!」
「ん~、そうねぇ……」
興味津々のリディアの前で
勿体ぶる仕草で顎に手を当て、焦らすように黙考。
でも、すぐに笑みを洩らした。
「じゃあ、私たちの旅が終わったら、そのとき教えてあげるわ♪」
「そんなぁ、答えになってないよ~。
ローザって、実はすごく意地悪なんじゃ…………」
間にシワを寄せた眉がハの字、口がへの字。
喜悦の笑みの私とは対照的に、リディアはそんな顔で放つ不平……
が、はたと止まった。
「……っ!?」
突然――声にならない声を洩らした。
最初は戸惑ったような顔。
そこにみるみる変化が現れて……
最後には、どんな宝石より深い色合いの翠玉を二つ――
――濃い草色を湛える双眸が大きく見開かれた。
その下にある半開きになった口も、どれほど驚いたかを物語っていた。
どうやら私のセリフ……そこに込められた意味に気づいたみたい。
私はクスリと笑みを洩らす。
そう――私は言った。「私たちの旅が終わったら」と。
リディアは、私の真意を確かめようと凝視してくる。
目が痛くなるんじゃないかって心配になってしまうほど、強く。
半信半疑……そんな顔付きのまま、彼女は口を開いた。
「それって、まさか!?」
問い立ではない。
確認ですらなかった。
示された事実を言葉というカタチにする――それを待っているだけ。
それは期待に満ちた視線も同様だった。
「ええ」
私は笑みに決意を湛えて頷く。
そして、誓いを立てるようにハッキリと言った。
「私も往くわ……月へ」――と。
途端――リディアの顔がパァーッと輝いた。
感極まったように震えつき、
弾かれたように飛びついて首にかじりついてきた。
「ローザ、大好きっ!」
鼻をくすぐる春の薫り――
ぎゅっと力いっぱい抱き締められて、
ちょっぴり苦しくて……でも、私の笑みは崩れない。
「ち、ちょっと苦しいわ、腕を弛めて……」
「いや♪」
「ふふ……もう、しょうがない子ね。ホント」
私は苦笑を洩らしながら、抱き締め返す。
この子供のように無邪気で、大人のように強くて……
妹のように愛しくて、母親のように暖かい……
そして、友人であり、何よりも大事である仲間――
私はそんなリディアを抱き締めた……ぎゅっと。
――そのとき、リディアは耳元で甘えるように囁いた。
「ねぇ、ローザ。
あたしたち、セシルたちを助けること――できるよね?」
――それに私は微笑みを湛えて、こう答えた。
「――ええ、出来るわ。
ううん、違う……私たちにしか出来ない、きっとっ!」
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