【第269話】

勇気を与えし者


騎士からの報告があり、大魔王の魔物たちが

このメルキドに向かっているとのこと。

明日にはこのメルキドへの総攻撃が始まるだろう。

魔物の数は1000を超えるとのことだった。




「チェルト様・・・・

 実はチェルト様にお願い事があるのです」


「・・・・なに?」


ラダトームの騎士隊長さんは真剣なまなざしを私に向けた。


「明日の決戦、皆が不安がっています。

 全員が皆殺しにされるのではないかと・・・・」


「それは・・・わかるわ」


私だってそうだ。

明日の戦いで勝てるとかそんなことわからない。

大魔王と戦う前に朽ち果ててしまうかもしれない。


「そこで・・・・・

 無理を承知で、チェルト様に皆に勇気を与えて欲しいのです」


「私が?」


「はい。

 本来ならこの国の王であるラダトーム王がされるべきことなのでしょう。

 しかしラダトームも今は本国を守るだけが精一杯のため。

 誰かが道しるべにならないといけないのです。

 しかし、私達騎士達は本当にお恥ずかしながら力不足で

 これだけの多くの人たちの士気をあげることができません。


 それをできるのは太陽の石の力を取り戻した「神に選ばれし勇気ある者」である

 あなた様しかいないのです。

 どうかお願いします・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」




今、私の前には全軍のメルキドの戦士達1000人が立っている。

私は高台にあがり、隣には騎士隊長それとカンダタがいる。


この役、引き受けようか迷った。


全軍の1000人の前で演説するのが恥ずかしいとかそういうわけではない。


そうではなく・・・・・

私がみんなの前で話すことに意味があるのか・・・

そう考えてしまった。


台にあがると、兵士や騎士、そして傭兵など、

たくさんの者が不安そうな顔が見えた。


当たり前だ。

明日自分が死ぬかもそう思ったら

不安でない人間なんていやしない。


・・・私が話すことで・・・・少しでも

何かを与えられるのならそれでもいいのかと思った。

だからこの役を引き受けた。


しかし何を話せばいいのだろう。

考えた言葉は特にない。


私が台にあがっても何も話さないと、

周りがざわめきだして、さらに不安な顔になりだした。


そうか・・・・・・

誰かが勇気を示さないといけないんだ。

先頭に立って戦うものが必要なんだ。


それが「私」なのね。

私は「道」にならなければいけないんだ。


みんなの道しるべにならないといけない・・・


それだけは・・・・わかった。

メルキドの人たちを導かなければ・・・いけないんだ。




「みんな・・・・・」


私は、そう一言言った。

その一言で辺りは静まり返る。


静かな声なのに私の声は全員に聞こえるほど

辺りは静かだった。


「最初私がここで何を話せばいいか迷った。

 私がみんなに勇気を与えられるほどの力を持っているのか。


 私自身太陽の石の光をよみがえらせたといっても、

 実際に”神に選ばれし者”の自覚がないの」


みんなはまた不安そうに私のことを見つめている。


「勝手にこういう運命を背負わされてしまった。

 そんな重い運命はいらない・・・

 そう思ったこともある。


 最初は弱かった。

 でもその弱さというのは、ただ強さを追い求めただけの弱さ。

 最初から強い人なんていやしない。


 でもね・・・・私は絶対に人には負けないっていうものは1つだけある。

 それはね、”あきらめない”こと。

 意思の強さでは絶対に負けない。


 何があっても、私はあきらめたことは今まで一度もなかったわ。

 それは、結果としてできなかったことはある。


 けれど、自分が納得するまで絶対に悔いが残らないよう、

 私は行動してきた。

 今までそうやって生きてきた。


 これからもそう。

 私はこれからも悔いが残らないように生きる。

 絶対に屈しないわ。


 私は魔王バラモスを倒すことを

 旅立つときに、一番最初に心に秘めて戦い続けたわ。

 そして倒してみせた。


 それは純粋な強さだけで勝ったわけじゃない。

 いろいろな人の助力、そして、想い、

 それが私を力づけ、強くし、魔王を倒せた。


 みんなから期待されていることはわかる。

 私もその期待にこたえられるようがんばる。

 次も勝ってみせる。


 大魔王ゾーマを倒すと私は以前自分自身に誓ったわ。

 絶対に倒してみせる。


 そのためには、この戦いに私達は勝利をおさめないといけないの。


 みんなの力を私に貸して!


 家族を守るために!!


 私達が生き残るために!!!


 平和を取り戻すために!!!!


 闇に閉ざされたアレフガルドに太陽の光を取り戻すために!!!!!」


私は全軍の前で鞘から稲妻の剣を天にかかげ、そう叫んだ。


一瞬の静けさのあと、皆が歓声をあげた。


私の声に応えて、みんなが私の名前を呼んでくれた。

歓声は地鳴りのように響き、いつまでもやむことはなかった。


第270話 戦前夜

前ページ:第268話 「ルビスの塔」に戻ります

目次に戻ります

ドラゴンクエスト 小説 パステル・ミディリンのTopに戻ります