第8幕 後醍醐天皇と大岩と
ここ笠置は京都府内ではあるがどちらかというと完全に奈良に近い位置に存在する。
故に実際言うならば、京都OFFと言うよりは奈良OFFという方が感が近いかもしれない。
さてここ笠置は、鎌倉時代の最後期の折、幕府、すなわち北条家(執権は北条時高)に反抗を企てる後醍醐天皇側の城・笠置山が存在した場所であるそうだ。
1331年、一時後醍醐天皇自身もここに拠ったと言われる。
その後当然のように北条方の攻撃を受ける事になるのだが、その際強弓を引く鎧武者やら、大岩を持ち上げる怪力坊主やらが山側に味方していたようであり、その伝説は今も受け継がれている。
笠置の駅前にはこの伝説に乗っ取った像、というか模型というかそのときの闘いぶりを示す像が建っていた。

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奮闘する男達の像 |
しかし結局は笠置山側は敗れてしまったようであるが…。
ちなみにこの後醍醐天皇対鎌倉幕府の最終的な結末は、ご存じの通り、緒戦で何度も後醍醐天皇は敗れ、配流(島流し)の憂き目などを見るもそのつど復活し、楠木正成、新田義貞さらには鎌倉方から足利高氏(後の尊氏)の寝返り等もあり鎌倉幕府側に不屈の勝利。
源氏3代、執権北条氏8代に及ぶ鎌倉幕府は滅亡となった。
1333年のことである。
もっともこの後、建武の新政やら南北朝の対立やらで後醍醐天皇中心の南朝と足利尊氏が庇護し建てた北朝の争いになだれ込むのであるが…。
余談ついでに。
この笠置という地名は日露戦争において活躍した巡洋艦の名前として付けられている。
当時の船名は有名な例を挙げれば大和や武蔵、富士など地名や山名などが付けられていた。
その名前として用いられるのだから実は結構有名な山であったりするのだ。
と話が逸れた。
元に戻そう。
一行はこうしてとうとう目的地の終着点である笠置に降り立ったわけである。
笠置を前にしてまず感想は…。
良かった!
人の息吹がする!!
前もって下見に来られた2人衆のウチの1人、LATUさんは
「凄い田舎ですよ。」
と言っておられたが、何の何の。
あの悪夢のGWを体験した関東陣の一部にとってここは全然、いや天と地ほどの差があった。
まずここに車での電車。
ディーゼルカーという点はあの時と一緒であったが、こちらの場合はステンレス張りの新鋭車であった。
次に、PHSは電波が来ていなかったが、携帯はバリバリ入っている状況であった。
私のJ-PHONEはしっかり電波3本という状況であった。
そして何より、店や人家がある、ということであった!
あそこは店はおろか人家すらもまともに見あたらず…。
いや、あのときの記憶はミディリン規約第128条第2項適用にて抹消となったのだ。
最早これ以上何も言うまいて…。
さて一行はここでようやく初日の最終形態を迎えることとなる。
京都より直接現地へ参戦のM365さんが登場と相成ったのであった。
第1回OFF会参加者にとってはお久しぶり、今回初参加者にとっては初めまして。
お互い挨拶、そして握手を交わしあったのであった。
こうして無事合流を果たし後は宿へ行くのみである。
宿は何でも笠置山の山頂付近にあるとかで、駅まで送迎バスが来るようである。
その前に、一行は買い出し隊を選抜、宿に着いてからの食料その他を購入しておくこととなった。
買い出し隊のメンバーはしまっぺさん、剛気皇、LATUさんと、そして私。
オイオイ。
このメンバーで良いのか!!??
このメンバーだとどうなるかわかっているじゃない!!
しかし止める者はおらず、結局期待を裏切らない買い出し隊の買い物となった(とどのつまり酒が1箱とか…。)。
買い出し隊が買い物を終えると宿へ電話、車を出してもらうこととなった。
電話してからしばらく時間が過ぎる。
やはり結構遠いのだろうか?
その間笠置駅で記念撮影をしたり、前出の像の矢に射殺されたり、悪役覆面レスラーとその悪徳覆面マネージャーが現れたりした。
それにしてもRushさんが持ってきたザ・デストロイヤー(青)の覆面、サイン入りとは。
わかる人にとってはかなり凄いことである。
そうこうしているウチに車到着。
総勢12名+それぞれの荷物&食料はギュウギュウ詰めになりながら、それでも何とか全員乗り込んだ。
車発進。
駅から少し行ったところ。
笠置山への登山口にさしかかる。
とここからからいきなり急坂&急カーブのオンパレード。
やはり山なんだな!!と思わせる。
しかしそれを難無く通過しひたすら山頂目指して走り行く宿車。
途中完全に向きが入れ替わるヘアピンカーブにさしかかった。
笠置下見2人衆のもう一人剛気皇・藤原さん曰く、
「ここをどう曲がるか楽しみだ。」
との事であった。
しかし宿車は全くモノともしない。
あっさりカーブを切ると苦もなく通過してしまった。
道幅もそんなに広いわけではないのに…。
この運転技術は流石であった。
こうして山道をどんどん登り、さらに罠を2つ(途中にやはり宿があり、一行に「ようやく着いた~。」と思わせた。これが2度。)越えた、さらに進んだ終着地。
山頂わずかに手前。
車が行けるのはここまでらしい。
ここで運転手さんにお礼を述べ下車。
さらに階段を数段上った先。
すなわちそこが本当の笠置山の山頂になるのだが。
ここに、第2回のパステル・ミディリンOFFの宿「松本亭」はあった。

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これが松本亭だ!! |
こぢんまりとした中にどこか優雅さを感じさせる入り口。
創業は1890年とのことである。
1世紀以上の歴史を持つが故の重みもまた感じ取れた。
そして女将さんが迎えてくれた。
お世話になります!!
一行は靴を脱ぎ、そして荷物群と共に部屋へと案内される。
一行には3部屋をあてがわれた。
6畳1間。
ここに3人。
ここは喫煙者組(しまっぺさん・神楽坂さん・Rushさん)の人数とほぼ一致したので、喫煙者組の部屋。
ヤニーズ事務所が設置された。
所属はとなると、これにさらにリュートさんも加わるのだが。

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ヤニーズ事務所総本部 |
さらに8畳が1部屋。
ここにも3人ぐらいか。
そして圧巻だったのが最後の部屋。
15畳ほど、いやそれ以上あろうか。
一応10人という事になっていたが、3人3人だと10人より少なくなる。
しかし10人泊まっても全然余裕の部屋であった。
一行部屋に各々満足し、荷物を置く。
さらに食堂、風呂、そして我々が音楽に使う大ホール等の案内を受ける。
そしてこちらからはビール等酒の冷蔵、氷の冷凍を申し入れる。
そして一通り仕事が終わったところで、夕飯の依頼が来、一行は夕飯となったのであった。