5.ユーリルとシンシア
そこは、かつて名無しの村だった。せいぜい呼び名があるとすれば、「山奥の村」という程度のものだった。なぜなら、そこは隠し里だったから。
しかし、今は違っている。そこは町と呼ぶふさわしい規模をもった所になっていた。
勇者の名にちなんでユーリルバーグと呼ばれているが、当の勇者殿がその町名をこばんでいたので、正式には名無しの町であった。
(アリーナ)「よっ、ユーリル。久しぶり」
(ユーリル)「アリーナもクリフトも、久しぶりだね」
ユーリルとシンシアが住んでいる家は、質素なものだった。庶民が暮らす普通の家。
この町で国王級の待遇を受けているはずの勇者殿の家にしては、質素すぎる造りだった。
会話が弾む。
数時間も話し込んでしまった。
(シンシア)「あっ、もうこんな時間。夕飯の買出しにいかないと」
(アリーナ)「私もつきあおうか。この町の中、色々見てみたいし」
いうが早いか、二人で行ってしまった。
(ユーリル)「さてと、ところでクリフト。アリーナとのことどうするの? この前、ブライさんから手紙が来てた」
(クリフト)「どうするもなにも、ここでどうにかしなきゃいけないんですが……」
(ユーリル)「悩んでる?」
(クリフト)「ええ、情けないことで悩んでますよ」
(ユーリル)「断れたらどうしよう、って?」
(クリフト)「ええ、その通りです」
(ユーリル)「でもね。伝えられるうちに伝えておかないと、後悔するよ。僕がそうだった……。シンシアが一度死んだとき、僕は後悔ばかりで……」
(クリフト)「……」
クリフトは、返す言葉がなかった。
(ユーリル)「暗い話になっちゃったね。ごめん。でも、クリフトには後悔してほしくない。そう思っていることは事実だよ」
(クリフト)「ありがとうございます」
そうだ。伝えることが不可能になってから後悔するのでは遅い。
決断するなら、今しかない。
玉砕したらそれでもいいではないか。すべての愛情を神への愛に切り替えて、一生を過ごすことだってできる。できるはずだ。
シンシアとアリーナは、連れ立って歩いていた。
四人分の食材をアリーナが両手で持っていた。
(シンシア)「すみません。お姫様に荷物持ちをさせてしまって」
シンシアはしきりに恐縮している。
(アリーナ)「いいっていいって。馬鹿力だけが取り柄だからな。ここは公園か」
(シンシア)「この町の憩いの場です。ここで少し休みましょう」
二人はベンチに座った。
(アリーナ)「いいものだな。我がサントハイム城は、ほとんど城だけだからなぁ。サランまでいかんと、こんなところはない」
(シンシア)「そうなんですか。一度行ってみたいですね」
(アリーナ)「ユーリルもつれて、一度来るといいよ」
(シンシア)「できれば、近々にご招待願いたいですね。お姫様の結婚式のときにでも」
(アリーナ)「知ってたのか?」
(シンシア)「ここは、世界中の旅人が立ち寄ります。風の噂に色々なことが聞こえてきます。ここはそういうところです。
何をお悩みですか? クリフトさんのことですか?」
すべて図星。
そういえば、シンシアには、なんとなくミネアと似た雰囲気がある。能力的にも似通ったところがあるのかもしれない。
アリーナは、悩みをあらいざらい話した。
(シンシア)「クリフトさんに対する自分の気持ちが分からない。そうですか。とても単純なことのはずなんですけどね。では、最も残酷な例えをしましょう。ユーリルから聞いたのですが、クリフトさんはミントスで重い病にかかったことがあったそうですね?」
(アリーナ)「ああ」
(シンシア)「そのとき、クリフトさんが死んでいたとしたら?」
(アリーナ)「……」
(シンシア)「考えたくない? そうでしょうね。でも、考えてみなくてはいけません。結論を出すべきときは、もう間近に迫っている。いますぐに結論が出せなくても、近いうちには出さなければなりません」
シンシアは、立ち上がった。
(シンシア)「そろそろ行きましょう。夕飯の準備をしなければなりませんから」
夕飯はシンシアの手料理だった。
会話は相変わらず弾んでいたが、実のところ、アリーナとクリフトはうわの空だった。
アリーナの頭の中では、さっきのシンシアの問いがずっと回り続けていた。
クリフトは、一世一代の行動の段取りをどうすべきかで頭が一杯だった。
第6話 「決断」
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