6.決断
アリーナは、夜、密かに抜け出して、公園のベンチにたたずんでいた。
問いがずっと回っている。
クリフトが死んでいたとしたら……。
そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。
でも、その気持ちは、我がまま極まりないこれまでの気持ちと何の違いがあるのだろう?
結局のところ、自分は、便利なクリフトをずっとそばにおきたいだけじゃないのか?
しかし、その気持ちは強まる一方だった。
クリフトが死んじゃうなんて、絶対に嫌だ。
理由なんてどうでもいい。絶対に嫌だ。
うん? 今、私はなんて思った……?
気配が、思考をさえぎった。
(クリフト)「姫様。夜風にあたられては風邪を引きますよ」
アリーナは、ただぼうっとクリフトを見上げた。
いつもと違う反応に、クリフトはやや戸惑った。いつもなら、「こんぐらい大丈夫だ」といった答えが返ってくるはずなのに。
(クリフト)「お隣に、失礼してよろしいでしょうか?」
(アリーナ)「あっ、ああ……」
クリフトは、アリーナの隣に座った。
しばしの間、完全なる静寂と沈黙が二人を包んだ。
そのころ、ユーリルの家では……。
(シンシア)「覗き見なんて、いい趣味とはいえないわ」
(ユーリル)「でも、気になるよ、あの二人。シンシアもそうでしょ?」
(シンシア)「確かにそうだけども……」
そこにいきなり来客があった。
(マーニャ)「ユーちゃん、久しぶり。元気してた?」
(ユーリル)「マーニャさん、ミネアさん、トルネコさんに、ライアンさんまで! こんな夜更けになぜ?」
(マーニャ)「だって、あの二人気になるじゃん。だから、みんな連れてきちゃったよ」
(ミネア)「まったく、そっとしておいてあげればいいのに」
(マーニャ)「そういうあんただって、結局ついてきたじゃない?」
(ミネア)「私は、姉さんが暴走しないように、監視についてきたのよ」
(マーニャ)「あたしって、そんなに信用ないかい?」
(トルネコ)「まあまあ、お二人とも……」
(ライアン)「ここまできて、喧嘩することもなかろう」
マーニャは、ライアンの一言で黙り込んだ。
ミネアが苦笑する。
(トルネコ)「それで、あのお二人は、いまどこに?」
(ユーリル)「公園かな? いまごろはちょうど……」
(マーニャ)「おっと、決定的場面を見逃しちゃうよ!」
マーニャが飛び出していった。
(ミネア)「ちょっと、姉さん。待ちなさい!」
ミネアも後を追う。
(トルネコ)「では、我々もいきますか」
(ライアン)「そうですな」
(ユーリル)「行くよ。シンシア」
(シンシア)「しょうがないわね」
再び公園……。
どきん!
クリフトの決定的な言葉に、アリーナは心臓が跳ね上がった。
(アリーナ)「……今……なんていった?」
(クリフト)「このクリフト、姫様のことをお慕い申し上げております。かないますれば、求婚を受け入れていただきたく」
クリフトは同じ言葉を繰り返した。一度言ってしまったのだ。もう怖いものなどない。
(アリーナ)「そうか……。そうか……」
アリーナは、なんとか落ち着きを取り戻すと、なにやら無性に笑い出したくなった。今まで悩んでいたことが何もかも馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。
(アリーナ)「ハハハハハ。そうか。そうか。おまえは腹をくくったか。どうやら、意気地なしだったのは私のようだな。ハハハハ」
夜空に響き渡る笑い声。
クリフトは、どうしていいか分からず、呆然としていた。
アリーナは、ひとしきり笑い終わると、クリフトの方を向いた。
(アリーナ)「よし。私も腹をくくるぞ。クリフト。私もおまえが好きだ。是非とも結婚をお願いしたい」
(クリフト)「本当にわたくしでよろしいのですか……?」
(アリーナ)「うん。おまえ以外の相手など考えられん。好きな相手以外と結婚するなど、論外だろ?」
(クリフト)「ありがとうございます」
(アリーナ)「いや、感謝するのはこっちの方だ。これからも迷惑かけっぱなしになるだろうが、よろしく頼む」
(クリフト)「はい」
(アリーナ)「さてと、まずは、親父を説得しないとな。なんかいい方法はないか」
(クリフト)「それは必要ありません」
(アリーナ)「どういうことだ?」
クリフトは、一連の事情を話した。
(アリーナ)「なんだ。親父とじいが、おまえをけしかけたのか。道理で、おまえの様子がなんか変だとは思っていたが。それにしても、滅茶苦茶な命令だな。帰ったら、親父に抗議してやる」
(クリフト)「抗議しても、笑顔で聞き流されるだけだと思いますが」
父とブライがけしかけたからこそ、こうして二人の気持ちが結びついたわけで……。
抗議をしてみたところで、まったく説得力がないことは確かだ。
(アリーナ)「……そうだよなぁ。くそ、あの二人、狸だ。まあいい、あとは馬鹿貴族どもの説得だけか。親父が賛成なら、ちょろいもんだな」
クリフトは、一息ついた。
そして……。
(クリフト)「そこの草むらに隠れている覗き見趣味のみなさん。そろそろ出てきてもいいですよ」
ガサリ。
草むらから、複数の人影が現れた。
(マーニャ)「あちゃー、バレてた?」
(アリーナ)「ユーリル、シンシアさん、マーニャさん、ミネアさん、トルネコさん、ライアンさんまで……」
アリーナはとたんに顔が真っ赤になった。今の場面を一部始終見られてたなんて……。
(マーニャ)「お姫様。真っ赤になっちゃって、かわいい!」
(ミネア)「姉さん。からかうのもいい加減にしないと」
(ユーリル)「おめでとう」
(シンシア)「おめでとうございます」
(トルネコ)「若いってはいいもんですねぇ」
(ライアン)「まったくですな」
アリーナは、なんとか冷静さを取り戻した。
(アリーナ)(それにしても、クリフトはいつから気づいていたんだ?)
自分は、考え事とクリフトの告白のことで頭が一杯で気配に気づかなかった。
それなのに、クリフトは、一世一代の告白のときですら、周囲の安全に気を配っていたことになる。
(アリーナ)(やっぱり、私はクリフトがいないと駄目だな)
改めてそう確信する。
(ミネア)「じゃあ、ユーリルの家に戻りましょ。そして、誓いの式をあげないと」
(アリーナ)「えっ?」
(クリフト)「ここでですか?」
(ミネア)「正式な結婚式は、サントハイムであげることになるけれども、ここで私たちに誓ってもらいます。誓いをやぶることは私たちへの背信行為になります。どうでしょう?」
(マーニャ)「いいねぇ。ミネアもたまには粋なこと考えるじゃん。あたしは賛成」
そして、次々と賛成の声があがった。
こうなっては、二人とも引き下がるわけにもいかなかった。それに、別に反対というわけではない。
ユーリルの家。
(ミネア)「クリフトは、悩めるときも病めるときも、アリーナを生涯の妻として添い遂げることを、ここにいる生死をともにした仲間に誓いますか?」
(クリフト)「誓います」
(ミネア)「アリーナは、悩めるときも病めるときも、クリフトを生涯の夫として添い遂げることを、ここにいる生死をともにした仲間に誓いますか?」
(アリーナ)「誓います」
(ミネア)「では、誓いの口付けを」
アリーナとクリフトが向かい合った。
アリーナがちょっと困った顔になる。
(アリーナ)「なぁ、クリフト。おまえ、口付けとかって経験あるか?」
(クリフト)「いいえ。私は、そういう経験は皆無なもので……」
(アリーナ)「そうだよなぁ。私も初めてだ。さて、どうしたものか……」
とたんに、大爆笑が沸き起こった。ミネアやシンシアまで、腹を抱えて笑っている。
(アリーナ)「笑うな! 私は真剣に悩んでんだぞ!」
しかし、爆笑は容易には収まらない。
ようやくのことで笑い終わったユーリルが、口を開いた。
(ユーリル)「最初は、不器用なのが当たり前だよ。気にすることはないと思うけど」
(シンシア)「ユーリルのいうとおりです」
なんか、微妙にのろけられたような気がするが。
アリーナは、意を決してクリフトの首に手を回した。
そして……。
確かに不器用ではあったが、かなり長いこと続いた。
(マーニャ)「ヒューヒュー。やかせるねぇ」
それが終わっても、二人はしばらく陶酔状態だった。
窓から外を見ると、空が徐々に明るくなり始めていた。
第7話 「再びサントハイム」
第5話 「ユーリルとシンシア」に戻ります
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