【第12話】

神の裁き


「な、なんでこんなことが・・・・」

 小林さんが、うつろな目でつぶやいた。

 ぼくと俊夫さんは全員を応接間に集め、美樹本さんの惨殺死体の話をした。時間は夜中の1時だ。

「犯人が中に入りこんできたんやないか!?」

 香山さんは夏美さんの背中をさすりながら落ち着かせようとしていた。

「それはありません・・・正門は閉じたままですし二つの窓も開けられている形跡もありません。開かずの扉もそのままでした」

 ぼくと俊夫さんはみんなを応接間に呼び寄せた後、先ほど作ったバリケードを確認したがそのバリケードが動かされた様子はなかった。

「この中に犯人がいるのよ!!!」

 可菜子ちゃんが、泣き叫んだ。

 ぼく達が館の中で念入りに調べたときにうまく隠れたということも考えられたが、可能性は低かった。相当念入りに調べたのだ。可菜子ちゃんの言う通り犯人がこの中にいるのだろうか。

「安孫子氏が・・・・・この中に・・・いるのか・・・・」

 うめくように俊夫さんがつぶやく。

部屋には沈黙がおとずれる。

その無言の間に堪えられずボクは1つの疑問を口にした。

「そういえば・・・・・・キヨさん、安孫子氏とはどういう人なのでしょう?キヨさんならご存知でしょう」

 ぼくは前々から疑問に思っていたことをキヨさんに聞いてみた。

「それが・・・・・申し訳ありません。わたくし自信、主人とはまったく面識がありませんでして・・・・」

 ある程度想像はしていた答えだった。もし我孫子氏とキヨさんが面識があったら、この中に我孫子氏がいるという疑惑が挙がったときにすぐに否定をするだろう。

「わたくしは半年ほど前・・・この島に来ました。みなさんもご存知の我孫子武丸氏からこの島にある三日月館の清掃や管理などをして欲しいと手紙で承りました。手紙と共に前金として一年分の賃金、それは結構な額になりますが小切手で同封されていまして。その手紙には我孫子氏は私の遠い親戚にあたり、急遽三日月館を離れる用ができ、信頼できる私にお願いしたいということを書かれていました。しかし私には我孫子という名前の親戚に心当たりありませんでした。どうしようか迷いました。しかし、こんな老婆には職などございませんし、困っていてわたくしを頼って下さったのであれば、その申し出をうけようと思いました。一週間前に本日皆様が来るのでもてなしをしてほしいと、こちらも連絡を手紙でうけただけですので、その用意をしていたのですが・・・・・先ほど初めて主人からの電話で声をききましたが、男性にも女性にも聞こえるようで、実際にこの方の誰かの声とは違うようでした・・・・」

「そうだったのですか・・・・」

 キヨさんと我孫子氏は親戚らしいということはわかった。これが本当かどうかはわからないが。しかしキヨさん自信安孫子氏と面識がないのではどうしよもない。キヨさんはこの館にいる声とは違う我孫子氏の声を聞いたといっていたが声色はいくらでも変えられるため、これはアリバイにはならない。

 それにしても、完全に外部と遮断したはずの館で殺人がおきたということは、少なくともこの館の中に殺人鬼はいるのだ・・・・

「人殺しと一緒にいられないわ!私達は、自分達の部屋に戻ります」

 啓子ちゃんもかわいらしい顔をゆがませて泣いていた。可菜子ちゃんと啓子ちゃんは応接間から出ていった。

 辺りには再び沈黙した僕らが残る。

 この中に殺人犯がいるのか・・・・そのほうが強い。身内に殺人犯がいないと考えたくなかったが、そうも言っていられない。しかし、誰もが虫をも殺さないような人ばかりだ。真理は当然ながら、小林さんもシュプールのときからお世話になっているし、それを言えば、俊夫さんもみどりさんも、香山さんもみんなそうである。シュプールのときから知っているがそんなことをするはずがない。初顔は村上さん、夏美さん、キヨさんだけだが、とてもだが殺人を起こすような人には思えない。

「・・・・・Sow the wind and reap the whirlwind・・・・・・」

 そのときに村上さんがぽつりと英語をつぶやいた。

「なんですか、その・・・英語?」

 村上さんの言葉を聞きとめてぼくは聞いてみた。

「いや・・・・・あの正岡や美樹本という男の殺され方が、ある歌に出てくる殺され方だったからな。ちょっと思いだしていたのさ」

 村上さんはうめくような声を出した。

「どんな意味なんですか?」

「windって・・・風ですよね」

 真理が口を挟んだ。

「ことわざでは"悪事が元でひどい報いを受ける"という意味だ。whirlwindには直訳すると”旋風(つむじかぜ)”という意味もある。激しく渦巻状に吹く風で竜巻よりも規模が小さく直径50メートル以内の風のことをつむじ風と言う。なかには何も触ってないのに鎌で切ったような切り傷ができる現象のことも言うらしい。厳寒時小さな旋風の中心に生じた真空に人体が触れて起こるといわれる。日本ではかつては、イタチのような魔獣の仕業とされたこともある」

「それは・・・・”かまいたち”・・・」

「そうだ。元々かまいたちとは日本語の独特な言い回しだから英語にそういう言い回しはないが、海外でも強風が吹き荒れたときに、刃物で切れたように傷ができるという現象が各地であったそうだ。まぁ私は科学者ではないので真否のことはわからんがな」

 村上さんの強風という言葉で応接間では、偶然にも外の強風がかすかに聞こえてきた。

「しかし、かまいたちや旋風によって人が殺されることがあるのでしょうか。真空がおき、鋭い刃のようにきりつけられて・・・本当に人が殺せるのでしょうか・・・せめて、切り傷じゃないんですか?安孫子氏が作った”かまいたちの夜”というゲームにいろいろなかまいたちにまつわるエピソードがありましたが・・・・」

 ぼくは村上さんの言葉に疑問を感じた。

「いや、まだこの話には続きがある。ゲームの方はやったことがないので知らないが、その歌にそういう記述があるのを思いだしたのだ」

「歌って、わらべ唄や民謡の類ですか?」

「ギリシャ神話の1つだ。手に杭を埋め込まれて死んでいただろう・・・あの傷に、あの姿、何か見覚えは・・・・ないか?」

 村上さんは鋭い目でぼくをにらんだ。

 手に杭を打たれた、壁に張りつけられた、そしてギリシャ神話・・・・

 その言葉を聞いて真理がハッとした。

「イエス・キリストの傷!キリストが処刑されたときに、両手に杭を手にうちこまれて張りつけにしているイラストがよく教科書にも出てきたわ!」

「そうだ。私はキリスト教の信者で、キリストの詳しい歴史も多少は知っている。それと作曲のため、ギリシャの歌を調べたことがあった。そこに”whirlwind”という記述がある歌があってな。キリストを処刑した、またはそれに携わったものは、後にキリストと同じ傷跡があらわれ、数ヵ月後に、強風が吹く日に体をばらばらに刻まれて殺されるという謎の事件があったようだ。あくまで神話なのでその信憑性はわからないが・・・キリストの呪いだとも言われている。そのときの話が大きなかまいたちに刻まれたような傷跡からその呼び名がついたらしい。だから、さきほど食事のときに、女性の方々に手のひらにアザがあったので驚いたのだ。一人ならいざしらず、三人も同じアザを持っている者がいたからな」

 そのことを聞き、応接間にいるみどりさんと夏美さんがびくっとする。食事のときに、手のひらを見せあっていたが、みどりさんと夏美さん、それと部屋に入った可菜子ちゃんには手のひらにアザがあったのだ。こんな偶然があるものかと驚いたが、何故村上さんが食事の席を突然立ったのかがわかった。

「あ、あんた・・・・・うちも殺されるかも・・・」

「なに、言うとる。そんなの迷信や。おまえは悪いことを何もしてへん。それにおまえはわいが、命にかえても守ったる」

 香山さんは夏美さんの肩を抱いた。

「しかし・・・・・それにしては変ですね・・・三人の方にはたしかに手のひらにアザがありましたが、美樹本さんにはそのようなアザがなかったかと思います。正岡さんはわかりませんが・・・」

 そのことが気にかかった。

「あぁ、わたしもそのことは気になった。手に跡があるものは無事で他の者が殺されるというのなら無差別なのかもしれない。しかし何故死体が首、胴部や腹部など刻まれていたのか・・・・それがわからない」

 村上さんを腕組みをしながら考え込む。

「そんなこと、わからんでもええがな。それより明日の夕方までどうやって生き残るかというのが先やろ」

 香山さんの言うことももっともだ。

「・・・あんた・・・・」

 夏美さんが香山さんの肘をつっつく。

「なんや」

「みなはん、すいまへん。ちょっと席をはずさせてもらうさかい」

 そういって夏美さんは香山さんをひっぱって応接間を出ていった。ドアの外側から香山さんと夏美さんの話声が聞こえてきた。

「どうしたんや、夏美」

「うち、こんなとこいるのもうイヤや・・・・」

「そやかて仕方ないで。明日の夕方まで船が来るまでの辛抱や。それにわいはクルーザーで来たから夕方まで待たんでも、日がでてくれさえすれば帰れるさかい。それまでの辛抱や。みんなでここにいたほうが安全や」

「イヤや!殺人犯がこの中にいるかもしれんのにそんな連中とおられるさかい!」

 どうやら、夏美さんはぼく達の誰かが殺人犯と思っているようだ。夏美さんが廊下を走っていく音が聞こえた。

「待つんや、夏美!」

 ドカドカとまた足音が聞こえた。夏美さんのあとを香山さんが追っていったらしい。そのあと、二人の声は聞こえなくなってしまった。

「私も部屋に戻らせてもらおう」

 そういって村上さんも立つ。本音をいえば、ギリシャ神話による呪いではなく誰かの殺人だと思っているのだろう。実際ぼくもそうだ。

「私達も戻りましょう」

 みどりさんが俊夫さんにいった。

「しかしみんな一緒の部屋にいたほうが・・・・」

 と俊夫さんが言いかけたが、口をつぐむ。みどりさんの涙を浮かべた表情を見たからだ。みどりさんは内心村上さんの言葉がひっかかっているのかもしれない。信じられない殺人劇、偶然にしては、恐ろしいほど三人の手のひらのアザ、

それにギリシャ神話の歌にでてくる旋風(かまいたち)の歌。普通だったら不安でしょうがない、気が狂うかもしれない。今は唯一信じられる存在、夫の俊夫さんだけにいてもらいたいのだろう。

「あなた・・・・・いきましょう」

「あぁ・・・・」

 俊夫さん、みどりさん、村上さんも部屋を出ていった。

「透、どうしよう・・・・」

 真理も泣きそうな顔をしている。部屋にいるのは、ぼくと真理、小林さん、キヨさんの4人になってしまった。こんなときこそ全員協力しなければいけないのに、みんなバラバラである。

「仕方ない、ぼく達4人だけでもここにいよう。部屋に戻っても4人もいると狭いだろうし、応接間に鍵をかけて日があけて夕方になるまで凌ごう」

「申し訳ありません・・・・・わたくしも部屋に戻らせていただいてよろしいでしょうか・・・・」

 キヨさんが遠慮がちに声をかけた。もしかしてキヨさんもぼく達を信用していないのだろうか。

「今回、私の不届きのせいでこのようなことが起こってしまい皆様にはあわせる顔もございません」

「そんな!これはキヨさんのせいじゃないですよ」

 ぼくはキヨさんをひきとめようとした。

「それにみんなと一緒にいれば安全です」

「わたくしはこの先、皆さんより人生先が短いです。頼る娘も孫もみんな先立たれ守るものもございません。いつ死のうとわたくしはかまいません。ただ、死ぬのでしたら、あの自分の部屋がいいのです。孫の写真をかざってあるあの部屋で私は最後を迎えたいたく思います。本当に、申し訳ありません・・・・」

 キヨさんはそういって部屋を出ていった。

 娘や孫がいたが、先立たれたということは亡くなったということなのだろう。きっとキヨさんにもつらい過去があるのだと思う。ただ、それを詮索してはいけないような気がした。キヨさんの心の傷を広げてしまいそうだから。

「しょうがない・・・・ぼく達3人はこの応接間にいよう・・・・」

「うん・・・」

 ぼくと真理はお互いに寄り添った。

「透君・・・・・これからどうする?」

 小林さんがぼくに聞いてきた。

「何人乗りかわかりませんが、朝になったらすぐに香山さんのクルーザーでこの島から抜け出したほうがいいのではないでしょうか」

「そうだな・・・・じゃぁ、私は香山さんにそのことを話してくるよ」

 そういって小林さんは応接間の扉に手をかけた。

「待ってください。一人では危険です。殺人鬼が館内にうろついているのです。ぼくも一緒に行きます」

 村上さんが旋風の歌を聞かせてくれたがとてもあれが風の仕業とは思えない。普通に考えればあれは人による殺人なのだ。

「君は真理を一人にする気なのかい?」

 小林さんはちょっと怒ったようにぼくのことを見た。

「それは・・・・・」

「大丈夫だ。二階まで香山さんにちょっと話してくるだけだ。すぐに戻ってくる。真理を守れるのは君だけだ。しっかりと君が真理のことを守るんだ。わかったな」

 小林さんはそう言って応接間からでていった。広い応接間にはぼくと真理の二人だけが取り残された。


第13話 聖痕

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