長編DQ考察 「鉄の剣と鋼の剣」
序論
DQ各シリーズにおいて勇者一行が必ずといっていいほど購入する戦闘の必須アイテムに鉄の剣と鋼の剣があります.しかしながら同じ鉄の仲間を材料としているにもかかわらず,これら二種類の剣は価格,攻撃力ともに大きく異なります.
では一体なぜこのような差が生じるのでしょうか.今回の投稿ではこのことについて,拙い知識ではありますが私なりの考察を述べさせていただきます.
第1章 鉄と鋼ってなにが違う?
もし「鉄」と「鋼」どちらが硬い,と聞かれたら皆さんはなんと答えますか? 私はといえば、ずっと「鋼」は「鉄」より硬いと思っていました.でも果たしてその認識は正しかったのでしょうか? 本章では「鋼」という言葉の定義,「鉄」という言葉の定義をそれぞれ明らかにしつつ,「鉄」という金属の性質について述べたいと思います.
1-1 鉄の定義,鋼の定義
「鉄」と「鋼」,この二つの言葉は本来同列に置くべきものではありません.「鉄」という言葉がさすもの,それは厳密に言えば原子番号26番,原子量55.85の金属元素Feで構成された金属「純鉄」を意味します.しかし,現在世の中で広く使われている「鉄」という言葉は,上記よりはるかに広い意味を持っているようです.
一般に鉄で出来ているといわれる多くの金属製品は,その素材にFe以外の多くの元素を含有しています.例えば建築物の鉄筋の中には炭素(C),シリコン(Si),マンガン(Mn)その他の元素が含まれています.このように一般に「鉄」という言葉は鉄元素Feを主成分とする合金,すなわち鉄系合金全般をさすものであるということが出来るでしょう.
本考察では便宜上,狭義の鉄を「純鉄」,鉄系合金全般を「鉄」と表記することとします.
では「鋼」とは何なのでしょうか.単刀直入に言えば「鋼」とは炭素含有量の低い「鉄」のことを指します.現在では0.02~2.14%(重量%)の炭素を含有する鉄系合金のことを「鋼」と呼びます.なお炭素含有量0.02%以下の場合,ほぼ無視できる値であることから純鉄とされ,2.14%以上の場合,鋳鉄とよばれます.
さらに鋼は炭素含有量によって低炭素鋼(0.25%以下),中炭素鋼(0.25~0.5%),高炭素鋼(0.5%以上)に分類され,用途によって使い分けられています.
このように「鋼」というのは「鉄」の一種であるわけです.
よく鉄鋼という言葉が使われるように,今日生産されている「鉄」の大部分は「鋼」です.ではなぜかくも「鋼」は多くつくられているのでしょうか? それは鋼という合金が金属材料として優れた性質を持っているからです。次節においてはこの鋼の優れた性質について述べたいと思います.
1-2 鋼の性質
1-2-1 鋼ってどんな鉄?
具体的に鋼の性質について述べる前に,まず本考察で材料を評価する上で重要と思われるいくつかの性質について,その定義を述べたいと思います.
① 強さ(strength)
材料に対して引っ張る力―引張り応力がかかった際にどれだけ耐えられるかという性質.およそ金属というものは,引っ張る力で破壊する(圧縮方向の力―圧縮応力では決して破壊しない)ため,この値は金属材料にとって非常に大切な評価基準となります.
(身近な経験から「おいおい、金属だって圧縮方向の力で壊れるじゃねえか!」と思った方がいるかもしれません.長くなるので詳しい説明は省かせていただきますが,その場合,外部からの圧縮方向の力で破壊したとしても,微視的には破壊起点部に引張りの力がかかっているのです.詳しく知りたい方は材料力学関連の参考書を一読することをお勧めします)
② 硬さ(hardness)
塑性変形に対する抵抗力の大きさを示す数値.
塑性変形とは,一度起こってしまうと元に戻らない変形のことで,これに対し加えられた力が取り除かれると元の形状に戻ることが出来る変形を弾性変形といいます.
針金を指で曲げることを考えてください.少しだけ曲げても指を離せばビヨヨンと元の形に戻りますが,グイッと大きく曲げてしまうと最早元には戻りません.この場合前者が弾性変形,後者が塑性変形となります.
硬い材料は簡単にはグニャリと曲がらない材料といえます。
③ 粘り強さ(靭性,toughness)
衝突による衝撃など,材料に急激な力がかかった場合の耐久力.
よく言われる例え話で,ダイヤモンドをハンマーで叩いたらどうなるかというものがあります.世界でもっとも硬いダイヤモンドのこと,いくら金属なんかで叩いてもびくともしないだろうと思うとさにあらず,あっさりと木っ端微塵に砕けてしまうそうです.
つまりこと靭性という点においては,最高の硬度を誇るダイヤモンドといえど必ずし も金属より優れているとはいえないわけです.
このように硬さと粘り強さは比例するとは限りません.
④加工しやすさ(延性,ductility)
粘り強さに近い性質で,塑性変形させても壊れにくい性質をあらわしたもの.
延性のよい金属は叩いて薄く延ばしたり,形状を整えたりしやすい.
さて1-1で述べたように,鋼とは鉄を炭素含有量で分類した場合の呼称のひとつです.では炭素含有量は具体的には鉄にどのような影響を及ぼすのでしょうか.
一般に,鉄の中に含まれる炭素の量が増えれば増えるほど,鉄は硬くなっていきます。炭素含有量の低い鉄である鋼は,純鉄と比較すれば硬いものの鋳鉄から見れば柔らかいといえます.
一方で,鉄は炭素含有量が大きくなると粘り強さを失い脆くなってしまいます.また炭素を豊富に含有した鉄は硬くボロボロとした材質になり加工が難しくなってしまうのです.
このように,鉄は炭素含有量が大きくなり硬くなればなるほど,脆くなってしまうという性質を持っているといえます.
炭素含有量の低い鉄である鋼は,鋳鉄と比較すれば多少柔らかくても粘り強く加工がしやすい,一方で純鉄と比べれば硬く簡単には変形しないという,ちょうどよい性質を持った材料なのです.
1-2-2 鋼と熱処理
鋼にはもう一つ,他の金属材料にない長所があります.
それは熱を加えることによって,前項で挙げた材料の性質を変化させることが出来るということです.これを熱処理といいます.以下その代表例について述べたいと思います.
①焼なまし(焼鈍,annealing)
鋼を赤熱するまで過熱し,その後炉の中でゆっくりと冷却(徐冷)する処理.
この処理を行うと鋼は非常に柔らかくなり,加工しやすくなります.
②焼きならし(焼準,normalizing)
焼鈍しよりもやや低い温度まで加熱し,空気中で冷却(空冷)する処理.
材料内部の硬さが均一になり,強さや靭性その他の性質が向上します.
③焼入れ(quenching)
鋼を赤熱するまで過熱し,その後水や油によって急速に冷却(急冷)する処理.
刀鍛冶が焼けた刀をジュッと水につけるあの工程のことです.
この処理を行うと鋼は非常に硬く脆い材質へと変化します.一般に鋼の炭素含有量が高ければ高いほど硬くなる度合いが増していきます.そのため純鉄はたとえ焼入れをしてもほとんど硬くなりません.
また焼入れによる硬さの向上は炭素含有量0.8%程度で頭打ちとなり,さらに炭素が増加すると逆に低下してしまいます.
④焼戻し(tempering)
焼戻しとは,焼入れをした材料をもう一度適当な温度まで再加熱する処理.
焼入れによって硬くなった鋼は非常に脆いため,この焼戻しという処理によって粘り強さを与えてやらなければ実用材料としては使用できません.そのため,この処理は焼入れとセットで「焼入れ焼戻し処理」と呼ばれえることもあります.
剣のような刃物のように材料に硬さと粘り強さの両方が求められる場合150~200℃程度の低温焼戻しを行います.
このように鋼は熱処理を行うことでその性質を多様に変化させます.このため材料としての用途が非常に幅広く,さまざまなニーズに対応できる優れた金属材料なのです.
1-3 剣の材料としての鉄と鋼
剣を作る際,材料には粘り強さと硬さの両方が求められます.それぞれの性質が剣の性能に及ぼす影響について以下に考察したいとおもいます.
①硬さ
硬さは剣自体の丈夫さ,切れ味に関係します.
材料が十分に硬くない剣は,切ったり突いたりして乱暴に扱うとグニャリと曲がって使い物にならなくなってしまいます.また,刃の部分が十分に硬くないとそこが変形してしまい,刃の断面が丸まって刃角が鈍くなってしまいます.こうなると剣の切れ味は大幅に低下してしまいます.一方で材料が硬すぎる剣は研ぐのが困難になり,実戦で使用するには適しません.
②粘り強さ
粘り強さは剣自体の丈夫さに関係します.
脆い材料で出来た剣は,切り結んだり盾や鎧に当たったりして強い衝撃を受けると簡単に刃こぼれしたり,場合によってはポキンと折れてしまいます.
では剣の材料に求められる具体的な性質はどのようなものになるのでしょうか.参考までに現在の刃物の硬さをいくつかあげてみます.硬さの単位としては鉄鋼でよく使われるHv(ビッカース硬さ)を用います.
はさみ 550~600程度
カッター 800~900程度
果物ナイフ 500~600程度
洋包丁 500~700程度
和包丁 600~800程度
これに対し,製造したての鉄の硬さは以下の通りです.
鋼 およそ200以下
鋳鉄 およそ300以下
鋼はおろか硬いはずの鋳鉄でさえ刃物にははるかに及びませんね.
ご覧の通り,刃物に要求される硬さというのは非常に高いということがわかります.製鋼炉から取り出したままの鋼は100円ショップで買うような安物果物ナイフ(あの刃がすぐ寝てしまう使いづらいやつです)よりもはるかに柔らかいのです.
そこで登場するのが前節で紹介した焼入れ焼き戻し処理です.この処理を行うと鋼の硬さを刃物としての使用に耐えうる程度まであげることが出来ます.高炭素鋼では,場合によっては1000(Hv)近くまで向上させることが可能です.
しかも鋼は焼き戻しによって,適度な粘り強さを与えることも出来ます.
このように高性能の刃物には鋼という材料が不可欠なのです.
もし純鉄や鋳鉄で剣を作ったらどうなるでしょう.
純鉄は鋼よりもさらに柔らかいため,これで作られた剣は切れ味が大変悪くなってしまいます.剣同士が切り結べばグニャリと変形して,使えないどころか鞘にも納まらなくなってしまうでしょう.
鋳鉄の剣は大量に含まれる炭素の影響で脆くボロボロしています.この剣はふとした衝撃で簡単に刃がこぼれ,乱暴に扱えば刀身がポキンと折れてしまいます.
DQでいわれる「鉄の剣」の「鉄」とは,この純鉄か鋳鉄のいずれかを指していると考えられます.
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