第2章 鉄と鋼の製法考 前章では鉄と鋼の基本的な性質を示しました.しかし、鉄の剣の正体については,明確な答えが出ていません.果たして鉄の剣とはフニャフニャ柔らかい純鉄で出来た剣なのか? それともポロポロ刃こぼれする鋳鉄の剣なのか? 本章では人類に繁栄をもたらした一大発明,製鋼法の歴史を振り返りながらその答えに迫ろうと思います. 2-1 鉄と人類の出会い
人類が手にした最も古い鉄,それは隕鉄(鉄で出来た隕石)であるといわれています.しかしこの鉄は当然のことながら数が少なく,実用にはいたりませんでした. やがて,人々はその精製の優しさから銅を,そして銅とすずの合金である青銅を道具として使うようになります.この時代は青銅器時代とよばれ,石器しか使えなかった人類が初めて金属の使用を開始した黎明の時代です. 紀元前1600年,歴史上に忽然と一つの国家が姿をあらわします.中東で猛威をふるい大国エジプトを脅かした強力な国家,ヒッタイトの台頭です.彼らの軍事力を支えたもの,それは鉄製の武器であったといわれています(この説には異論あり). しかしヒッタイトは鉄の製法を独占し,その技術は周辺諸国には伝わりませんでした.したがってこの時代は鉄器時代には分類されません. 権勢を誇ったヒッタイトもやがては滅び,その製鉄の技術はギリシャなどに受け継がれていきました.やがて製鉄法は広く知られるようになり,人類はその優れた性質の恩恵にあずかるようになります.これ以降の時代を鉄器時代とよびます. 2-2 製鉄法の概要
鉄は自然界でどのように存在しているのでしょうか.それは鉄で出来た製品を屋外に放置しておけば分かります.ピカピカと光っていた肌はたちまち真っ赤に錆びてしまうでしょう. 錆びるとは空気中の酸素と鉄が結びつく酸化という現象で,こうして出来た化合物を酸化鉄といいます.自然界の鉄はおよそこの酸化鉄として存在しており,人類が鉄の原料として利用する鉄鉱石もこの酸化鉄(Fe2O3,Fe3O4)です. 鉄を作るには酸化鉄を鉄にしなければなりません.製鉄法とはつまり「酸化鉄から酸素を取り除いてやる(還元する)方法」にほかならないのです. では人類はいかにしてこれを行ってきたのでしょうか.実は製鉄には異なった二つの方法があるのです. 2-2-1 古代西洋における製鉄
製鉄というとドロドロに溶けた溶鉱炉を想像する方もいるかもしれません.確かに現在造られている鉄鋼はほとんどが鉄を液体状にするという工程を経ています. しかし実は西洋では14世紀にいたるまで鉄を液体にする技術がありませんでした.それはなぜか,簡単に言えば鉄を溶かすほどの高温を出す炉が作れなかったのです. そこで人々は鉄を液体にすることなく還元しなければなりませんでした.これこそ鉄を還元する一つ目の方法,酸化鉄である鉄鉱石を固体のまま還元する直接還元法です. この直接還元法による製鉄の過程を以下に説明します. ①
木炭などの炭素と酸化鉄を炉にいれ、フイゴによって送風しながら炉内を1000℃以上に加熱する. ② 炉内の高温によって炭素Cは酸素O2と結びつく(燃焼)が,このとき酸素濃度が十分でないため不完全燃焼によって一酸化炭素COが発生する. ③
一酸化炭素COは非常に強い還元作用を持つ(簡単に言えば酸素と化合し,より安定な物質である二酸化炭素CO2になろうとする)ため,酸化鉄から酸素を奪い鉄へと還元する. ④
このようにして精製された鉄は酸素以外の不純物を多く含有しているため,さらに1200℃程度まで加熱して不純物を槌などでたたき出す必要がある。この工程から直接還元法で精製された鉄を錬鉄または鍛鉄という. こうして書くと分かりにくいと思われるかもしれませんが,ようは鉄と木炭を炉の中で加熱してやるのです.すると酸化鉄の中の酸素が炭素と結びついて,鉄だけが残ります. この製鉄法の欠点として以下の事があげられます. ・鉄を固体のままで扱うため還元(酸素を取り除いてやる)反応や不純物の除去に時間がかかること ・同じ理由から,製鉄工程が煩雑で技術を要し大量生産が困難であること この方法で得られる錬鉄は炭素がほとんど含有しない純鉄であるため,この材料を用いて剣を作るとフニャフニャ柔らかい切れ味の大変鈍いものとなってしまいます. 武器として満足できる硬さを得るためには,この錬鉄(純鉄)に炭素Cを加えて鋼にしなければなりません. 以下にその工程を説明します. ①
錬鉄を木炭とともに加熱する. ② 長時間加熱を行うと徐々に炭素が固体である鉄の中に溶け込んでいく. ③ 鉄の炭素含有量が増加し,鋼となる. このような炭素添加工程を浸炭といいます.この工程は炭素の表面からの侵入によるため,均一な炭素濃度を得ることが難しく時間もかかります. 現在ではこのような製鋼製鉄法はほとんど行われておりません. しかしながら,たとえ粗悪ではあってもこの鋼製の武器の性能は鉄製のそれをはるかに上回っていました. ギリシャ人の歴史家ポリュビオスは鉄製の武器しか持たなかったケルト人と,鋼の武器で武装したローマ人の戦いについて以下のような記述を残しています. 「ケルト人の武器は第一撃でしか切れずすぐに鈍くなって曲がるため,地面で立てて脚でまっすぐにする暇を与えなければ第二撃はその効果を失う」 2-2-2 古代東洋における製鉄
中国を中心とした東洋では,古代から西洋とは全く違う製鉄法が行われていました.優れた炉の技術を持った中国では,紀元前からすでに鉄を液体とすることが出来たのです. 一体それはいかにして行われたのか,以下にその工程を説明します. ①
炭素C(木炭)と酸化鉄(鉄鉱石)を炉の中で加熱する.このとき一酸化炭素が発生し酸化鉄を還元し鉄に変える.一方で炉内温度が1200度以上である場合,炭素の一部が鉄中に侵入する. ②
炭素が鉄に侵入すると鉄の融点が降下するため,やがて鉄は融解をはじめる.一方液体となった鉄中に侵入した炭素Cは,残存していた酸化鉄の酸素Oと結びつき二酸化炭素CO2となる. ③
炭素含有量が3~5%程度まで上昇すると,鉄は完全に液体となる.この溶けた鉄を銑鉄という.この銑鉄は炭素含有量が高い鋳鉄である. このように,まず鉄に過剰な炭素を与えて鋳鉄とする製鉄法を間接製鉄法と呼びます.この製鉄法は鉄を液体とするため,鉄が固体のままで行う直接還元法と比較して炭素Cの添加が容易で濃度も均一にしやすいという長所があります.この製鉄法は現在における鉄生産の大部分を占める高炉製鉄と原理的に同一であり,古代中国の製鉄技術がいかに優れていたかが分かります. 古代中国ではこうして大量生産された鋳鉄によって,鋳造(鋳型に鉄を流し込んで冷やし固めることで金属を成型する製造技術)による武器の大量生産を行っていました.しかしながら,先述したように鋳鉄は非常に脆く,焼入れ焼き戻しによって硬度を上げることも出来ないため,武器の材料として適しているとはいえません. さて,この鋳鉄から鋼を造るためにはさらに別の工程が必要となります.以下にその工程について説明します. ①
加熱し溶融した銑鉄(鋳鉄)を攪拌する. ② これにより空気中の酸素O2が溶融銑鉄中の炭素Cと化合し二酸化炭素CO2となって蒸発する. ③ 鋳鉄の炭素含有量が低下し鋼となる. この工程を炒鋼法といい,これと同様の原理による製鋼が西洋で始まるのは十八世紀におけるパドル炉の開発を待たねばなりません. なお,現在の製鉄では攪拌による空気中の酸素O2との反応促進の代わりに,転炉という炉内で銑鉄に酸素を吹き込む転炉法という製鋼法が行われています. 2-3 DQ世界における製鉄製鋼法の考察
2-2で述べた東西の製鉄法を以下にまとめます. ①
西洋型(直接還元法) ・工程 酸化鉄→(固体のまま還元)→錬鉄(純鉄)→(浸炭)→鋼 ・特徴 鉄製品の大量生産が困難である. 錬鉄,鋼の炭素含有量が不均一で良質な材料の生産が困難である. ・推測される鉄の剣の材料 錬鉄(純鉄)製の剣であると考えられる. ②
東洋型(間接還元法) ・工程 酸化鉄→(加炭昇温により溶融状態で還元)→銑鉄(鋳鉄)→(脱炭)→鋼 ・特徴 直接還元法と比較して大量生産が容易である. 生産される材料が良質である. ・推測される鉄の剣の材料 鋳鉄製の剣であると考えられる. ではDQ世界の製鉄法はこの二つのうちどちらでしょうか. 直接還元法と間接還元法を比較した際より原始的なのは前者であるため,もし間接還元法が行われていない場合DQ世界の製鉄製鋼法は直接還元法によるものと断定することが出来るでしょう. ではDQ世界では間接還元法が行われているのでしょうか. 実はこれを検証する簡単な方法があります.間接還元法を行うには,高炉という独特の炉を用いる必要があるのです.そして私の知る限りDQ世界には高炉はありません. したがってDQ世界で行われている製鉄は古代西洋と同様に直接還元法であると考えられます. DQ世界の鉄の剣は非常にフニャフニャで柔らかい,頼りないものであるということが出来るでしょう. |